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ムティー914年 - 974年)は、アッバース朝の第23代カリフ(在位:946年 - 974年)である。

ムティー
アッバース朝カリフ
在位 946年 - 974年

全名 アル・ムティー
出生 914年
死去 974年
ワシート
継承 ターイー
王家 アッバース家
王朝 アッバース朝
父親 ムクタディル
母親 マシュガラ
宗教 スンナ派
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生涯編集

第18代カリフであるムクタディルと口笛の名手として知られたスラブ系の女奴隷マシュガラとの間に生まれ、チグリス川の西岸のダール・イブン・ターヒルに住みすぐ隣にいた従兄弟(のちの第23代カリフのムスタクフィー)と仲が悪くよく争った。

ムスタクフィーが944年にバグダートで第22代カリフに即位すると従兄弟のムティーを捕らえようとしたが事前に危険を察してイランの大豪族であるブワイフ兄弟のもとへ逃げ出してしまっていたため、住宅を壊させ財産を没収された。945年には、ブワイフ兄弟の末弟アフマドがバグダートに入り、大アミールの称号を得て946年にムスタクフィーを退位させ、復讐で両目を潰させた。

代わってカリフになったが、実権はなく金すら自由にならず、ブワイフ家から一日に金貨100枚の手当てをもらって、それで自分も行き宮廷を維持していた。この頃、バグダートの物資欠乏は深刻で市民は飢饉に苦しみ、食糧価格は高騰して僅かのパンのために上流階級でも地方の広大な領地を手放すものも少なくなかった。

末弟アフマドが死にその子バフティヤールの時代となった973年にムティーは、バフティヤールから巨額の金を強請られ家具類などを売り払って渡した。974年に中風となって舌がもつれて言うことが分からなくなりバフティヤールに退位を勧告され従った。翌月、バグダート近郊のワシートで亡くなった。

参考文献編集

  • 『生活の世界歴史7 イスラムの蔭に』  河出文庫