ムンドゥット寺院

ムンドゥット寺院(ムンドゥットじいん、チャンディ・ムンドゥット[2][3][注 1]ジャワ語: ꦕꦤ꧀ꦝꦶꦩꦼꦤ꧀ꦢꦸꦠ꧀, Candhi Mendut: Candi Mendutは、インドネシア中部ジャワ州マゲラン県英語版ムンキッド英語版の村ムンドゥットインドネシア語版に位置する仏教寺院遺跡である。この寺院は、1991年ボロブドゥール寺院遺跡群として国際連合教育科学文化機関(ユネスコ、UNESCO)の世界遺産文化遺産)に登録された寺院遺跡の1つであり[4]ボロブドゥール寺院の東約3キロメートル (2.9km[5]) に位置し[6]、仏教寺院であるボロブドゥール寺院、パウォン寺院、ムンドゥット寺院は、すべて一直線上にある[1][7]。この3寺院には互いに宗教的な関連があるとされるが[8][9]、祭祀の過程については明らかでない[10]

ムンドゥット寺院
チャンディ・ムンドゥット
Candhi Mendut
Candi Mendut
Mendut Temple Afternoon.jpg
基本情報
座標 南緯7度36分17秒 東経110度13分48秒 / 南緯7.60472度 東経110.23000度 / -7.60472; 110.23000座標: 南緯7度36分17秒 東経110度13分48秒 / 南緯7.60472度 東経110.23000度 / -7.60472; 110.23000
宗教 仏教
宗派 大乗仏教
地区 マゲラン県英語版ムンキッド英語版
中部ジャワ州
インドネシアの旗 インドネシア
教会的現況 遺跡
建設
創設者 インドラ(ダラニンドラ英語版
完成 9世紀(8世紀末-9世紀初頭)
建築物
正面 西
横幅 24m
奥行 28m
最長部(最高) 26.4m
資材 石材安山岩[1]
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歴史編集

 
修復前のムンドゥット寺院遺跡(1880年)
 
ボロブドゥール寺院パウォン寺院、ムンドゥット寺院が直線上に位置する

ムンドゥット寺院は、8世紀末-9世紀初頭(780-830年[2]790-800年[11]〉)に建立され、パウォン寺院やボロブドゥール寺院を含む3寺院うち最も古い寺院であるともいわれる[12]。西暦824年カラントゥンガー碑文英語版[13](カランティナー碑文[11]、カランテナの銘文[12])に、Wenuwana(: Veṇuvana、「竹林」〈: ‘bamboo forest’〉の意[12])という寺院の建立について記されているが、オランダの考古学者ドゥ・カスパリス (J. G. de Casparis) はこれをムンドゥット寺院と同定した[注 2][14]。そしてシャイレーンドラ朝の王インドラ(ダラニンドラ英語版782-812年[15][16]〉)の治世のうちに建立されたとする[8][9]。その後、この仏教寺院は増拡により改変されており、かつての構造物は現存する主祠堂に内包される[17]

1836年に再発見された[6]ムンドゥット寺院の寺苑一帯は、ムラピ山の火山灰によると思われる泥に覆われていた[18]。寺院の修復は1897年オランダ領東インドの植民地政府により開始され、クロムロシア語版らにより1904年にかけて[19]、基壇と壁体部の復元が行なわれた。その後、1908年より考古学者ファン・エルプオランダ語版のもとで修復され[5]、事業は一時資金不足により中断したが1925年より再開されたことで終了した[6]

構造編集

 
階段北翼の「ジャータカ」の浮彫り

ムンドゥット寺院の遺構は、50×110メートルの寺苑の南側にあり、かつて北側には木造のヴィハーラ: Vihāra僧院)があったとされる[11]。現存する主祠堂の基壇は幅24メートル、奥行き28メートル[5][11]の曲折した方形で[20]、基壇の高さは約3.5メートル (3.7m) である[5]。頂部は失われていたが[11]、現在は修復が完了して全高26.4メートルとなる寺院の上部は[6]、48を数えるストゥーパ飾りにより装飾されている[11]。寺院は西(北西)向きで[20]、西側には突き出た階段があり、両側にマカラが装飾されており、階段の側面には仏教の教えを説き、寓話として動物の物語を描写する「ジャータカ」の浮彫りが刻まれている。

八大菩薩編集

 
八大菩薩の1体
文殊師利(マンジュシュリー)像

寺院の壁体を囲む方形の欄干(欄楯、らんじゅん)は、寺院を時計回りに周行英語版する右饒(うにょう〈プラダクシナ、pradakshina〉) の巡礼の礼法を行うためにあった[21]。その外壁にある菩薩(ボーディサッタ)の8体の仏教尊像の浮彫りの比定については諸説あるが[22]虚空蔵菩薩弥勒菩薩、除蓋障菩薩(じょがいしょうぼさつ)、地蔵菩薩金剛手菩薩文殊師利普賢菩薩、蓮華手菩薩(れんげしゅぼさつ〈観音菩薩とも〉)が装飾され、密教の八大菩薩曼荼羅を形成している[23]。また、正面以外の3方の壁面には、高さ2.7メートル、幅3.5メートルにおよぶ浮彫りがあり[5]、多羅菩薩(般若波羅蜜[24]とも)、准提観音、観音菩薩(世自在菩薩[24]、虚空蔵菩薩[25]とも)とされる像がそれぞれ装飾されている[26]

前房内壁編集

 
前房北内壁の鬼子母神(ハーリティー)の浮彫り

かつての寺院には2房の部屋があり、前面の小室と中央に大きな主室を備えていたが、前室の前壁の屋蓋(屋根)および壁面の一部が欠損しており、おそらくはちょうどサジワン寺院英語版(チャンディ・サジワン、: Candi Sojiwan)のものと同じような形と大きさである仏塔(ストゥーパ)飾りがあったと考えられる。前房の内側壁は、子供たちに囲まれた鬼子母神(ハーリティー)とその反対側には毘沙門天クベーラ[27]パーンチカ[28]ヤクシャ[5]とも〉)の浮彫りが装飾され[29]、天空を飛ぶデヴァター英語版(天人像)や[5]、カルパタルの樹(カルパヴリクシャ英語版、如意樹)も描かれている。

釈迦三尊編集

 
ムンドゥット寺院の釈迦三尊
釈迦牟尼仏像(中央)
観音菩薩像(左)、金剛手菩薩像(右)

主室(内陣)には3体の大きな石造の彫像が安置されている[28]。中尊である高さ3メートルの釈迦牟尼仏大日如来[30]毘盧遮那仏[31]阿弥陀如来[32]とも)像は、帰依者を身業(しんごう)から解放するもので、脇侍である左の観音菩薩(世自在菩薩[29]、蓮華手菩薩[28]とも)像は口業(くごう)から解放し、同じく右の金剛手菩薩(文殊菩薩[32]勢至菩薩[33]とも)像は意業(いごう)から解放するものとされる[34]。これら三尊像の比定については諸説ある。マレー半島で発見された西暦775年リゴール碑文英語版に、シャイレーンドラ朝の王により、釈迦牟尼仏・蓮華手菩峰・金剛手菩薩を祀る寺院の建立が記されることにより、これらの尊像とする説も有力とされるが[28]、右の脇侍像は観音菩薩とするのが通説である[35]

三尊像は、インドアジャンター石窟[36]、特にエローラ石窟に見られる仏尊像の様式と類似しており[37]グプタ(グプタ朝後期[28])様式の流れをくむものである[36]。また、三尊像の同様の配置は、プラオサン寺院(チャンディ・プラオサン、: Candi Plaosan)の北プラオサン南主堂の中央内陣に安置されていた三尊像にも認められる[29]

安山岩によって彫られた中尊の釈迦牟尼仏は、椅子に腰を掛けて両足を下ろした倚像(いぞう)であり[38]、両足を蓮華(ハス)の花にのせている。法輪(車輪)を回す初転法輪印相(転法輪印[2]〈説法印〉[39])を結んでいることにより、鹿野苑(サールナート)で説法をする姿を示すものとされる[7]

脇侍の石造菩薩像はいずれも高さ約2.5メートル[5] (2.4m[2][40]) で、ともに片足を下ろした遊戯坐像(ゆげざぞう)である[38]。左の観音菩薩像は、右手にさまざまな願いをかなえる与願印(施与印)を見せており[38][39]、左手は蓮華を持とうとする形を示している[36]。右の金剛手菩薩像は、左手を地面につけた[38]触地印(そくちいん)をなし[39]、右手は金剛杵をのせる形を表している[36]。現存する石像は中尊と脇待2体であるが、かつては7体の仏像が祠堂内に安置されていたともいわれる[41]

祭祀・祈願編集

5月ないし6月の満月となる日に、インドネシアの仏教徒英語版は、毎年ウェーサーカ祭においてムンドゥット寺院からパウォン寺院を経てボロブドゥール寺院までおよそ4キロメートルの道のりを歩いて[42]参拝する[43][44]。典礼は、仏教祈願者が大集団となり、右饒(プラダクシナ)の礼法により寺院を周行する[45]

伝統的なケジャウェン英語版(ジャワ民族宗教)[46]や仏教徒にとって、ムンドゥット寺院における祈願は、病気からの救済といった願いをかなえるものと信じられている[47]。例えば子供のない夫婦は、子供が授かるように、伝統的なジャワの信仰において妊娠、母性の守護の象徴かつ子供の保護者である鬼子母神(ハーリティー)の浮彫りに祈願する[48][49]

ムンドゥット仏教僧院編集

ムンドゥット寺院遺跡の寺苑のすぐ外側には、ムンドゥット仏教僧院(: Wihara Buddha Mendut、ムンドゥット・モナストリー、: Mendut Buddhist Monastery)がある[50]。この仏教僧院(ウィハーラ、: Wihara)は、かつてカトリックの僧院であったが、1950年代に人の手に渡るようになると、仏教団体により土地が買われ、仏教僧院が創設された[51]。当初は竹材による粗末な建物であったが[52]1994年より徐々に改築され、およそ1ヘクタールを占める仏教僧院の境内には[51]、蓮池や[50]菩提樹の茂る庭、寮[53]、および仏塔(ストゥーパ)群や菩薩立像などがある。そのほかプンドポ英語版: Pendopo)様式の屋根を架した小堂に1体の釈迦牟尼仏像があり、この御影石(花崗岩)による坐像は、2002年に日本の寺院より寄贈されたものといわれる[54]。また、ムンドゥット寺院遺跡は、政府により管理・保全がなされているが、年に数回、この僧院による祭祀が行なわれている[52]

脚注編集

注釈編集

  1. ^ Mendut の日本語表記として、ムンドゥ、ムンドゥー、ムンドゥト、ムンドゥッなどとも記される。
  2. ^ この説には異論があり、通説ではムンドゥット寺院の東方にあるヌガウェン寺院英語版(チャンディ・ヌガウェン、: Candi Ngawen)とされた。

出典編集

  1. ^ a b 松長 (1991)、44頁
  2. ^ a b c d 『インドネシアの事典』 (1991)、427頁
  3. ^ チャンディ・ムンドゥット”. コトバンク. 朝日新聞社. 2020年4月9日閲覧。
  4. ^ Borobudur Temple Compounds”. World Heritage List. UNESCO World Heritage Centre. 2020年4月10日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h 井口 (2013)、211頁
  6. ^ a b c d Candi Mendut” (インドネシア語). Kepustakaan Candi. Perpustakaan Nasional Republik Indonesia (2014年). 2020年4月9日閲覧。
  7. ^ a b 伊東 (1989)、24頁
  8. ^ a b デュマルセ (1996)、81頁
  9. ^ a b チャンドラ (1980)、64頁
  10. ^ J. L. Moens (1951). “Barabudur, Mendut en Pawon en hun onderlinge samenhang (Barabudur, Mendut and Pawon and their mutual relationship)”. Tijdschrift voor de Indische Taai-, Land- en Volkenkunde (Het Bataviaasch Genootschap van Kunsten en Wetenschappen): 326-386. オリジナルの2007-08-10時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070810210020/http://www.borobudur.tv/Barabudur_Mendut_Pawon.pdf. "trans. by Mark Long" 
  11. ^ a b c d e f 松長 (1991)、45頁
  12. ^ a b c チャンドラ (1986)、1頁
  13. ^ 岩本裕ボロブドールの仏教 (PDF) 」 『東洋学術研究』第102号、東洋学術研究所、1982年5月10日、 107-130頁、2020年3月19日閲覧。
  14. ^ Chihara, Daigorō (1996) [1916]. Hindu-Buddhist Architecture in Southeast Asia. Studies in Asian Art and Archaeology, Vol 19. Brill Academic Pub. p. 125. ISBN 9004105123. https://books.google.co.jp/books?id=wiUTOanLClcC&pg=PA125&lpg=PA125&dq=Venuvana+Mendut&source=bl&ots=e5zvmUZvT6&sig=_TY4-3uwD-djUcXsEHIvFc9qj0c&hl=id&ei=UX3bToH1IsLsrAeJhKjZDQ&sa=X&oi=book_result&ct=result&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false 2020年4月9日閲覧。 
  15. ^ デュマルセ (1996)、11頁
  16. ^ 『インドネシアの事典』 (1991)、407頁
  17. ^ 松長 (1991)、44-45頁
  18. ^ Degroot (2009), p. 348
  19. ^ Degroot (2009), p. 6
  20. ^ a b Degroot (2009), p. 347
  21. ^ 伊東 (1989)、27頁
  22. ^ 松長 (1991)、45-46・63-75頁
  23. ^ 松長 (1991)、64-67頁
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  30. ^ チャンドラ (1986)、4頁
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  54. ^ 井口 (2013)、213-214頁

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集