モスラ対ゴジラ

1964年公開の日本映画

モスラ対ゴジラ』(モスラたいゴジラ)は、1964年昭和39年)4月29日に公開された日本映画[13][15]ゴジラシリーズの第4作であり[出典 6]、『モスラ』の続編でもある[23][20]。製作・配給は東宝。カラー、東宝スコープ[出典 7]。併映は『蟻地獄作戦[出典 8]

モスラ対ゴジラ
Mothra vs. Godzilla poster.jpg
監督
脚本 関沢新一
製作 田中友幸
出演者
音楽 伊福部昭
撮影
編集
製作会社 東宝[出典 3]
配給 東宝[9]
公開
上映時間 89分[出典 5][注釈 1]
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 15億5000万円[24]
前作
次作 三大怪獣 地球最大の決戦
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初回興行時の観客動員数は351万人[27][注釈 2]。主要襲撃地点は名古屋

概要編集

タイトルのとおり、モスラとゴジラの闘いを初めて描いた作品[28]。明確に善・悪に分けた怪獣対決の図式を初めて導入し[29][28]、本作品でのゴジラはモスラに対する悪役であり[出典 9]、昭和シリーズで唯一、怪獣同士の闘いにおける黒星を喫している。また、ゴジラとしては初めて操演怪獣との対決となった[6][33]。第1作『ゴジラ』および『モスラ』を踏襲した描写が多く取り入れられている[29][34]

一見単純な娯楽作品の体裁をとりつつも、「観光開発ブーム」「背後の興行師による暗躍」「新聞の第三権力化」など、さり気なく当時の世相への批判が盛り込まれている[注釈 3]。主人公が新聞記者という設定は、当時の社会派推理小説ブームを反映しているものである[23][注釈 4]

本作の公開された1964年には『宇宙大怪獣ドゴラ』『三大怪獣 地球最大の決戦』と怪獣映画が3本公開されており、後の第一次怪獣ブームの土台を築いたとされる[出典 10][注釈 5]。本作品以降、ゴジラ映画が毎年製作されるようになった[2]

1972年頃には『モスラ』と『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』を編集した8ミリ映画と、ソノシートとセットの絵本「モスラ アタック東京!」が発売されており、本作の国内盤DVDの特典に収録されている。

ストーリー編集

 
ゴジラに尻尾で倒壊させられる名古屋テレビ塔

巨大台風8号が日本を通過した翌日、毎朝新聞[注釈 6]の記者である酒井と助手の純子は、高潮の被害を受けた倉田浜干拓地[注釈 7]で虹色に光る肉片のような物体を見つける。一方、静之浦[注釈 8]の海岸には巨大な卵が漂着する。ハッピー興行社の熊山は漁民から卵を買い取り、静之浦の海岸に孵化施設を兼ねたレジャーランド「静之浦ハッピーセンター」の建設を始める。

三浦博士と酒井らは巨大な卵を調査するが、彼らの目の前に双子の小美人が現れる。小美人たちによると、巨大な卵はインファント島に唯一残っていたモスラの卵で、卵を失った島の人々は悲しんでいるという。酒井たちは卵を返還するよう抗議活動を始めるが、熊山はそれに応じないどころか、小美人たちまで売るように言い放つ。実は大興行師・虎畑二郎が熊山の後ろ盾となっており、抗議活動は頓挫する。落胆した小美人たちは、インファント島へ帰ってしまう。

そんな折、酒井と純子は三浦に呼び出され、放射能洗浄を受ける。倉田浜で見つけた物体から、放射能が検出されたのだ。酒井たちは調査のために倉田浜干拓地へ赴くが、その眼前でゴジラが出現し、四日市市のコンビナート地帯と名古屋市を蹂躙する。酒井たちはインファント島へ飛び、原住民たちにモスラの力を借りたいと懇願するが、「悪魔の火」と呼ぶ核実験によって島を荒らされ、モスラの卵の返還をも拒まれた原住民たちと小美人たちは、激しい人間不信を抱いていた。しかし、酒井たちの必死の訴えを聞き入れたモスラは、寿命が近づく身を押して日本へ飛び立つ。

ゴジラは、金銭トラブルから熊山を射殺してしまった虎畑が滞在するホテルを破壊し、虎畑もその際に逃げ遅れて落命する。ゴジラがモスラの卵がある静之浦に迫ったところへモスラが飛来し、寿命と引き換えの武器である毒鱗粉をも用いた戦いを繰り広げるが、ゴジラへの決定的なダメージとはならず、逆にゴジラに放射熱線で羽を焼かれてしまったモスラは最後の力で卵をかばうように着地し、寿命により力尽きてしまう。

モスラに勝利したゴジラに対し、自衛隊は3000万ボルトに達する放電作戦で挑む。ゴジラは凄まじい電圧にもがき苦しむが、装置は限界を超えた放電を強行したために故障してしまったうえ、ゴジラの反撃によって特車隊も壊滅させられる。無敵となったゴジラが小学校の教師と生徒たちが残された岩島に迫り、小美人たちが祈りの歌を歌う中、モスラの卵が孵化し始める。

孵化した双子の幼虫モスラは岩島に向かい、ゴジラに糸を吹き付けて動きを封じ、撃退する。まもなく、無事に教師と生徒たちを救出した酒井たちは、インファント島へ帰っていく幼虫たちと小美人たちを見送りながら、人間不信のない社会を作ることを決意するのだった。

登場怪獣編集

ゴジラ
モスラ(幼虫・成虫)
怪骨[出典 11]
酒井らが上陸したインファント島の海岸に転がっていた巨大なカメのような生物の骨[18][21]
  • この骨について特に設定は存在しないが、後年になって「怪骨」と命名され、フィギュアやデザインTシャツなどの商品化が行われた[18]

登場人物編集

酒井 市郎さかい いちろう[39]
毎朝新聞社会部記者[39][40]
モスラの卵を独占しようとするハッピー興行社のやり方に対し、報道の力で世論に訴えかける[39][40]
中西 純子なかにし じゅんこ[41]
毎朝新聞の新人カメラマン[41][40]。写真には芸術性を求めるタイプ[41]
三浦博士みうら はかせ[42][注釈 9]
動物学を専攻する京南大学教授[42][40]。モスラの卵やゴジラの皮膚片などを調査する[42][40]
  • 準備稿では、登場が予定されていた原健也の師という設定であった[43]
中村 二郎なかむら じろう[41]
毎朝新聞社会部記者[41]。半熟ゆで卵が好物[41]
怠惰な勤務態度でデスクによく怒られているが、モスラの卵が漂着した際にはヘリで駆けつけたり、ゴジラが岩島に上陸した際には酒井らとともに住民を救出したりするなどの行動力を見せる[41]
虎畑 次郎とらはた じろう[32][44][注釈 10]
興行界を影で操るといわれる人物[44][注釈 11]。父親は政財界の大物である虎畑万造[44]
熊山の黒幕としてモスラの卵を中心に静之浦ハッピーセンターを建設し、一大レジャー事業を目論むが、ゴジラの出現により頓挫する[44]。大金を盗もうとした熊山を撃ち殺すが、自身もゴジラが破壊したホテルの下敷きとなり死亡する[44][40]
丸田デスクまるたデスク[45]
毎朝新聞社会部デスクで、酒井らの上司[45]
熊山くまやま[46]
ハッピー興行社の社長[46][40]。漂着したモスラの卵を網元から買い取り、見世物として大儲けを企む[46]
その後、虎畑の入れ知恵により静之浦ハッピーセンターの建設をはじめるが、ゴジラの上陸により計画が頓挫し、一文無しとなる[46]。虎畑のホテルから大金を盗もうとしたところを、虎畑に射殺される[46]
小林こばやし[47]
岩島分教場の女性教師[47]。ゴジラが上陸した岩島に生徒らとともに取り残されてしまい、洞窟に避難する[47]

登場兵器・メカニック編集

架空編集

人工雷発生装置じんこうらいはっせいそうち[出典 12]
ゴジラを撃滅するために自衛隊が行った「A作戦」と「B作戦」に投入された装置[出典 13]。送電用鉄塔の頂上に取り付けられており、変電所から電気を回してもらうことで、200万ボルトから最大3000万ボルトまでの電流を発生させ、それをゴジラに向けて発射する[出典 13]
「A作戦」では特に効果は与えられずゴジラに破壊されてしまうが、「B作戦」では帯電ネットとの組み合わせによってゴジラの全身に電流を浴びせ、もがき苦しむほどのダメージを与え、あと一歩で倒せるところまで追いつめる[48][40]。しかし、ゴジラに止めを刺そうと限界以上に電圧を上げたことで電線が焼き切れて電流が止まったうえ、最後は立ち直ったゴジラの放射能火炎によって溶解し、作戦は失敗する。
  • ゴジラに対する高圧電流作戦は、第1作『ゴジラ』以来の定番となっていたが、昭和シリーズでは本作品が最後となった[48]
特殊帯電ネット[48][51]
「B作戦」にて、人工雷発生装置の威力を高めるために投入された巨大ネット。電気を通す材質で作られており、これをゴジラの全身に被せることで、体中へ一度に強力な電流を浴びせることができる。KV-107II-4中型輸送ヘリコプターの4機編隊で1枚ずつ輸送され[48]、作中では3個編隊が計3枚をゴジラに向けて投下している。
フロンティアミサイル(ミサイル巡洋艦
海外版に登場。劇中の国連大使の説明によれば「高性能誘導弾」とのこと。国連の派遣した艦隊から発射され、浜辺を進むゴジラを転倒させたものの、それ以上のダメージには至らなかった。
ミサイルを発射した軍艦星条旗が掲げられている)は、前部甲板と後部甲板にそれぞれ2基ずつの単装式ミサイル発射機を備える一方、艦砲やヘリコプター搭載能力を有していないオリジナル艦。幹部将校を載せた旗艦の艦番号は29となっている。
  • 脚本では、『モスラ』に登場するロリシカ国の新兵器とされている[52]

実在編集

自衛隊編集

警察編集

民間編集

キャスト編集

参照[12][62][2][7][32]

※映画クレジット順

キャスト(ノンクレジット)編集

スタッフ編集

参照[12][13][32]

製作編集

前作『キングコング対ゴジラ』のヒットを受け、ゴジラシリーズが本格的に世界市場を目指すこととなり、対戦相手のモスラも登場作品の『モスラ』が世界配給され海外でも知名度を得ていたことから選ばれた[6]。企画に際し、『ゴジラ』の原作者である香山滋は、東宝のスタッフが本作品制作の挨拶に訪れたといい、香山はその義理堅さに感激したという[4]

海岸のロケは、静岡県下田市の弓ヶ浜で行われた[72]。同地の選定は監督の本多猪四郎からの提案によるもので、助監督を務めた梶田興治によれば砂浜や漁船を撮影できることを理由に挙げていたという[72]。同地では、モスラの卵の一部を実物大セットで組んでおり、設営には現地で手伝いを募ったという[72]

この頃の東宝作品で日本人俳優が南方の原住民を演じる際はドーランで黒塗りにすることが多かったが、本作品でのインファント島民は砥の粉に赤い塗料を混ぜたものを塗っており、赤みがかった色となっている[63]。インファント島民役の一人である加藤茂雄によれば、何人もこの塗料でかぶれていたという[63]

配役編集

小美人役のザ・ピーナッツは『モスラ』から引き続き登場した[73]。同一役での連続出演は『ゴジラ』と『ゴジラの逆襲』に山根博士役で出演した志村喬以来であり、メインキャラクターとしての連投は珍しいものである[73]。梶田によれば、2人のスケジュールは多忙であったが、『モスラ』がヒットしていたため渡辺プロダクションは出演を快諾したという[72]

一方で、同じく『モスラ』から続投である小泉博は、別役での出演であった[73]。『ゴジラ』の主演であった宝田明も、別役だが同作品以来のゴジラシリーズへの出演となった[72]

脚本の準備稿では、悪役である虎畑次郎は登場せず、虎畑役の佐原健二は準主役として動物学者の原健也という役でキャスティングされていた[43]。完成作品では、原の立ち位置は三浦博士に置き換えられており、この変更の結果、東宝特撮作品では珍しく佐原が悪役を演じることとなった[43]。監督の本多猪四郎が佐原に、前年の『マタンゴ』(1963年)の悪役が良かったので「またやってみるか」と薦めたという[72]。佐原は、それまで出演した東宝特撮作品では青年科学者のような役が多かったため、悪役に挑戦したと述べている[74]

そのほか、藤田進田崎潤田島義文など、特撮常連俳優が脇を固めている[72]

特撮編集

 
ゴジラに破壊される「名古屋城」

前年にオプチカル・プリンター1900が導入されたこともあり、小美人と俳優の共演場面やゴジラの都市破壊シーンなど、本作品では従来以上に合成を多用している[29]。一方で、モスラとゴジラとの戦いには合成はほとんど用いず、操演を活用している[75]。パノラマ画面を活かし、空陸の戦いをシチュエーションに合わせた様々なアングルで描写している[18]

冒頭の台風のシーンでは、12から13トンの水が用いられた[76]。助監督の中野昭慶によれば、卵の造形物がどこに流れるかわからず、カメラマンが苦労したという[76]

モスラの卵に近づく船舶や倉田浜干拓地の排水ポンプなど、実物さながらの精巧なミニチュアが用いられている[出典 21]

ゴジラが名古屋城を破壊するシーンは、特撮カメラマンの有川貞昌によると、撮影中に中島が転倒して城を破壊してしまったが、予算とスケジュールの両面から撮り直しは不可能だったため、編集で処理したという[77][注釈 23]

名古屋の中心部に現れたゴジラは、まず名古屋城の南東方向に位置するテレビ塔を倒壊させるが、名古屋城には城の北西方向から近付いている。

なお、東宝のビデオ『特撮未使用フィルム大全集』[注釈 24]には、ゴジラが名古屋城を壊そうとするものの模型が頑丈すぎて模型が壊れなかった映像が収録されている[30]

海外公開版との相違編集

1964年5月、ヘンリー・G・サパースタインが本作のアメリカ合衆国における配給権を取得し[79]アメリカン・インターナショナル・ピクチャーズが配給を担当した[79]

当初の海外版ではタイトルが『GODZILLA VS. THE THING』 となっていた[80][3]。「THE THING」は直訳すると「謎の物体」であり、モスラの卵のことを指している[80]。予告編ではモスラの存在が秘匿されていた[80]

セリフはすべて英語に吹き替えられており、田崎潤藤木悠の「卵も逃げたのか?」「いえ、卵には足がありませんから」というやり取りは、図らずも「エッグ(卵)」と「レッグ(脚)」をかけた洒落になっている。モスラの卵の売却価格は「94万38円」と改変されている[80]

米軍司令部のシーンでは、オスマン・ユセフハロルド・コンウェイらが出演している[80]

名古屋に現れたゴジラが名古屋城を破壊して海へ向かうカットの後、国連派遣の新鋭艦隊[注釈 25]が出動し、浜辺を歩くゴジラにミサイル攻撃を行なうシーンがある[出典 22]。海外版の完成フィルムでは、このミサイルが国連大使のセリフで「高性能誘導弾フロンティアミサイル」と説明されている。また、ミサイル艦隊の後尾で風にはためくアメリカの星条旗がアップになるカットがある[1]。ロケーションは静岡県浜松の中田島砂丘で、擬似夜景処理を施してオープン撮影で行われた[82][33]。国内版予告には、この浜辺を歩くゴジラの映像がある。当初、このシーンは海外向けの追加シーンとされていたが[1]、実際には決定台本にも存在しており、ロリシカ国の新兵器「誘導弾フロンティア」と紹介されている[52]

1990年代半ばにはこの海外版と日本版をセットにしたLDが発売され、2008年1月には5枚組DVD-BOX「ゴジラDVDコレクション I」の特典ディスクとしてDVD化された[83]

ビデオソフト編集

  • 1980年代初頭にVHSベータマックスが同時発売された。短縮版フィルムを使用し、画面もスタンダードサイズにトリミングされている。その後、ノーカット・シネスコサイズの完全版も発売された。品番 TG0847[2]、TG4290[84]
  • レーザーディスクは1985年に発売された。ノーカットフィルムだが、画角は左右に若干のトリミングが加えられている。1996年の再リリースで、オリジナルのシネスコ(東宝スコープ)版が発売された。品番 TLL2021[84]
  • DVDは2003年4月25日発売[85]。ノーカット、シネスコ収録。
    • 2008年1月25日発売のトールケース版「ゴジラDVDコレクション I」に収録されており[83]、単品版も同時発売。
    • 2005年4月22日発売の「GODZILLA FINAL BOX」に収録されている。
    • 2016年6月15日、東宝DVD名作セレクション版発売。
  • Blu-ray Discは2010年3月19日発売。
    • 2014年5月14日、60周年記念版発売。

漫画化編集

久松文雄作画により『冒険王』 1964年5月号別冊付録に掲載。

小説化編集

上田高正 『モスラ対ゴジラ』監修:田中友幸講談社講談社X文庫〉、1984年。ISBN 4061900080 

このノベライズ版では、岩島にはもし破壊されれば日本列島の大半が汚染される規模の原子力発電所があり、記者会見をする官房長官が国民に対して民族移動を決意するように呼びかけるなどの差異がある[86]

再上映編集

  • 1970年冬の東宝チャンピオンまつりで、経費を省くためにオリジナルネガが裁断され、尺を縮めた再編集版がリバイバル上映された[5]。上映時間は74分[10][25]。その後、オリジナルネガは復元されている。同時上映は『柔の星』(新作)『アタックNo.1 涙の世界選手権』『昆虫物語 みなしごハッチ』の3本。観客動員数は73万人[27]。1992年のLDBOX「ゴジラ激闘外伝」に収録されたほか[87]、2017年の『ゴジラ全映画DVDマガジン』でDVD化された。
  • 1980年には、冒頭部にハイライトシーンを加え、新たに再編集した短縮版が『ドラえもん』長編映画シリーズ第1作である『ドラえもん のび太の恐竜』との2本立てで再上映された[出典 23]。観客動員数は298万人[27]。この興行では、松本零士がゴジラを描いたイラストポスターが使われ、新たにイメージソング「ゴジラ」が制作された[88]。2014年に本作のBDに特典映像として収録された[87]
  • 1983年には、20歳前後の世代を中心に数年前より起きていたゴジラのリバイバルブームに応じ、全国主要都市で行われたゴジラシリーズをはじめ東宝特撮作品の人気作10本をセレクトした特集上映「復活フェスティバル ゴジラ1983」の1本として、オリジナル公開版がニュープリント上映された。

後年への影響編集

後年、ゴジラシリーズで監督を務めた大森一樹手塚昌明らは幼少期に本作品を鑑賞して感銘を受けたといい、自作品にも影響を受けているという[89][90]

ゴジラvsメカゴジラ』では、ゴジラの四日市上陸シーンで本作品をオマージュしている[91]。特技監督の川北紘一は、本作品でも名古屋のロケハンに参加していたが、『vsメカゴジラ』のロケハン時は本作品当時の撮影場所は整備されるなどしており、同じ場所でも印象が全く異なっていたという[91]

ウルトラマンサーガ』(2012年公開)でゴメス (S) が地中から現れるシーンは、本作でゴジラが倉田浜干拓地から出現するシーンへのオマージュであり、これは元々ゴメスがゴジラの着ぐるみの改造であることを意識した演出である[92]

Shall we ダンス?』(1996年公開)や『それでもボクはやってない』(2007年公開)の周防正行監督は、「初めてハマったポップカルチャー」として本作を挙げている[93]

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 東宝公式サイト映画資料室では「88分」[12]、書籍『ゴジラ 99の真実』では「92分」[16]と記述している。
  2. ^ 現在の公表値は720万人[27]だが、これは再上映時の動員数を合わせたものである[27]
  3. ^ 『モスラ』では悪役要素が外国人に集約されていたが、本作品では日本における現実的な問題が描かれている[34]
  4. ^ 同時期、他の東宝特撮作品でも新聞記者や刑事が主人公であることが多い[23]
  5. ^ しかし、東宝プロデューサーの田中友幸は、前作『キングコング対ゴジラ』よりも調子は落ちたと評している[35]
  6. ^ 架空の新聞社[36]。『ゴジラ』にも登場しているが、所在地が異なる[36]。『キングコング対ゴジラ』『三大怪獣 地球最大の決戦』『ゴジラvsキングギドラ』『ゴジラvsデストロイア』では紙面が登場[36]
  7. ^ 架空の地名[37]
  8. ^ 架空の地名[38]。卵の漂着を報じた毎朝新聞に、「静岡県田方郡静之浦村」と表記されている。
  9. ^ 劇中の新聞記事では、三浦俊助というフルネームが記載されている。
  10. ^ a b 東宝スタジオ・メールのポスターには、「虎畑万造(役)」と記載されている。作中のセリフでは「万造」は虎畑の父親の名前である[44]。資料によっては、虎畑二郎と表記している[12][40]
  11. ^ 書籍『「ゴジラ検定」公式テキスト』では、若手実業家と記述している[40]
  12. ^ 書籍『モスラ映画大全』では陸上自衛隊員[10]と記述している。
  13. ^ 書籍『モスラ映画大全』では陸上自衛隊幹部[10]と記述している。
  14. ^ 東宝公式サイト映画資料室では部落の長老[12]、書籍『モスラ映画大全』ではインファント島長老[10]と記述している。
  15. ^ 書籍『モスラ映画大全』では、役名を小林先生と記述している[10]
  16. ^ 書籍『モスラ映画大全』では、浜風ホテルのウェイトレスと記述している[10]
  17. ^ a b c 書籍『モスラ映画大全』では、役名を熊山の手下と記述している[10]
  18. ^ 書籍『モスラ映画大全』では岡部正陸上自衛隊員坂本晴哉陸上自衛隊幹部[10]と記述している。
  19. ^ 書籍『モスラ映画大全』では、役名を毎朝新聞記者と記述している[10]
  20. ^ 書籍『モスラ映画大全』では船員[10]と記述している。
  21. ^ 書籍『モスラ映画大全』では陸上自衛隊員[10]と記述している。
  22. ^ 海外版の製作者クレジットは田中友幸と藤本真澄の連名になっている。
  23. ^ 書籍『ゴジラの超常識』では、2週間かけてミニチュアを作り直し再撮影したと記述している[18]
  24. ^ 2008年2月22日には、7枚組DVD-BOX『ゴジラDVDコレクション II』の特典ディスクとしてDVD化された[78]
  25. ^ 資料によってはアメリカ第7艦隊と紹介しているものもあるが[1]、誤り[要出典]

出典編集

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出典(リンク)編集

参考文献編集

外部リンク編集