抽象代数学におけるモノイド環(モノイドかん、: monoid ring)あるいはモノイド多元環(モノイドたげんかん、: monoid algebra; モノイド代数)は、(単位的とモノイドから構成される単位的多元環で、多項式環の概念を一般化するものである。

実際、環 R 上の一変数多項式環 R[x]R と(0 を含む)自然数全体の成す(加法的)モノイド N (あるいは適当な不定元 x を用いて乗法的に書いた可換モノイド {xn  |  nN})から得られるモノイド環 R[{xn}] であり、同様に(加法)モノイド Nnn-変数の多項式環 R[Nn] =: R[X1, …, Xn] を与える。

与えられたモノイドがさらにを成すとき、得られるモノイド環は群環と呼ばれる。

定義 編集

R を環とし G をモノイドとする。以下の二つは本質的に同じ構造を定める。

  1. GR 上のモノイド環 R[G](あるいは RG とも書く)は、G の元からなる R-係数の「形式和」全体の成す集合
     
    を台集合とする。ここで右辺は各 gG に対して rgR であり、かつ有限個を除くすべてg に対して rg = 0 となるような和を元とする集合を意味するものである。環としての演算はこの台集合上に、加法は係数ごとの和英語版で入れて、乗法は(RG とが元ごとに可換となるものとして)G における積を線型に拡張する。
  2. R[G] は写像 φ: GR でその supp(φ) = {g  |  φ(g) ≠ 0}有限となるもの全体の成す集合
     
    で、写像の通常の加法英語版畳み込み
     
    を乗法として持つ環として定義できる[注 1]

言い方を変えれば、前者の「形式和」の意味は後者の写像として理解される。[注 2]

  • R[G] は環として単位的である。実際、R の乗法単位元 1G の単位元 e に対して、1⋅eR[G] は上記乗法の単位元を与える。
  • R[G] が環として可換となるのは、G が可換モノイドであるときである。
  • 係数環の変更: 環 A, B とその間の環準同型 f: AB に対して、モノイド環の間の準同型 F: A[G] → B[G]()(g) := f(φ(g))(形式和で書けば F(∑ rgg) := ∑ f(rg)⋅g)とおくことにより一意的に定まる。

rR に対して元ごとのスカラー倍

 

を定義して R[G]R 上の多元環になる。

普遍性 編集

R とモノイド G が与えられると、各 rr⋅11 = 1GG の単位元)に送る環準同型 α: RR[G] と、各 g1⋅g1 = 1RR の乗法単位元)に送るモノイド準同型英語版 β: GR[G]R[G] は乗法によりモノイドと見る)が存在するという意味で RGR[G] に標準的に埋め込めて、任意の rRgG に対して α(r)β(g) は常に可換となる。このとき、モノイド環の普遍性とは次のように述べられる。

モノイド環の普遍性
任意の環 S について、環準同型 α′: RS およびモノイド準同型 β′: GSS は乗法についてモノイドと見る)の組で α′(r)β′(g) (rR, gG) が常に可換となるものが与えられるならば、環準同型 γ: R[G] → Sγα = α′ かつ γβ = β′ を満たすものが一意的に存在する。

圏論的に述べれば、モノイドの圏 Mon と結合的 R-多元環の圏 R-Alg に対して、函手 U: R-AlgMon を環にその乗法モノイドを対応させるものとすれば、標準的な埋め込み GU(R[G]); g ↦ 1⋅g が普遍である。即ち R-多元環 A と任意のモノイド準同型 f: GU(A) に対し F(∑
rgg) = ∑
rgf(g)
となる F が一意に定まる。別な言い方をすれば、モノイドにモノイド環を対応させる函手は U左随伴である。

添加 編集

添加 (augmentation) とは次で定義される環準同型 η: R[G] → R である:

 

η添加イデアル (augmentation ideal) と呼ばれる。これは自由 R 加群で、すべての 1 ≠ gG に対する 1 − g からなる基底を持つ。

一般化 編集

  • G半群であれば、同じ構成により半群環 (semigroup ring) R[G] が生じる。モノイド環は必ず単位的となるが、半群環は(半群に単位元の存在が必ずしも言えないから)そうでない。

A は環、G全順序群、すなわち α < β かつ γ < δ ならば αγ < βδ を満たす群とするとき、

S(G,A) := {f: GA  |  supp(f) が整列集合}

と置けば、S(G,A) は畳み込み積を乗法、成分ごとの和を加法として環を成す。Aのとき S(G,A)可除環になる。例えば G = Z を整数の通常の大小関係を順序とする全順序群とすれば、得られる環 S(Z,A)A-係数形式ローラン級数環である。

注釈 編集

  1. ^ ここで gG において rR, それ以外のとき 0 (= 0R) となる写像 φ ∈ R[G]φ = rg = rg のように書くものとすれば、上記の形式和としての定義がその演算をも含めて回復される。例えば r, sR, g, hG に対して (rg)(sh) = (rs)⋅(gh) などが確認できる。
  2. ^ より厳密には、x = ∑grgg および φ: GR に対して、内積 (x, φ) := ∑grgφ(g) ∈ R に関する意味で、形式和の集合 R[G] と写像空間 RG は「双対」の関係にある。

参考文献 編集

  • Lang, Serge (2002). Algebra. Graduate Texts in Mathematics. 211 (Rev. 3rd ed.). New York: Springer-Verlag. ISBN 0-387-95385-X 

関連文献 編集

  • R. Gilmer. Commutative semigroup rings. University of Chicago Press, Chicago–London, 1984.

関連項目 編集

外部リンク 編集