モハンマド・ジャヴァード・ザリーフ

モハンマド・ジャヴァード・ザリーフ・ホンサーリペルシア語: محمدجواد ظریف خونساری‎、ペルシア語発音: [mohæmːæd͡ʒːæˌvɒːde zæˌɾiːfe xɒnsɒːˈɾi]1960年1月7日 - )は、イランの外交官[5]。現外相、元国連大使[6]。イラン国際関係研究院、テヘラン大学客員教授(外交論、国際機関論)。

モハンマド・ジャヴァード・ザリーフ
Mohammad Javad Zarif 2014 (cropped).jpg
イランの外務大臣
就任
2013年8月15日
大統領 ハサン・ロウハーニー
前任者 アリー・アクバル・サーレヒー
イランの核問題担当首席交渉官
任期
2013年9月6日 – 2015年7月14日
大統領 ハサン・ロウハーニー
代理官 アッバース・アラーグチー
前任者 サイード・ジャリーリー
後任者 アッバース・アラーグチー(包括的共同作業計画フォローアップ委員会委員長)[1]
イランの国連大使
任期
2002年8月5日 – 2007年7月25日
大統領 モハンマド・ハータミー
マフムード・アフマディネジャード
前任者 モハンマドハーディー・ネジャードホセイニヤーンペルシア語版
後任者 モハンマド・ハザーイーペルシア語版英語版
個人情報
生誕 (1960-01-07) 1960年1月7日(60歳)
イランテヘラン
政党 無所属
配偶者 マリアム・イマニエ (m. 1979)[2]
子供 1男1女[3]
宗教 イスラーム
署名
公式サイト イラン外務省
学術
専攻 国際法
国際関係論
国際研究
学歴 サンフランシスコ州立大学(学士、修士)
コロンビア大学国際・公共政策大学院(中退)[4]
デンバー大学ジョゼフ・コーベル国際研究大学院(修士、博士)
博士論文 国際法および政策における自衛 (1988年)
所属機関 国際関係研究院
テヘラン大学
イスラーム自由大学

1990年代以降、外相顧問、同上級顧問、法務・国際関係担当外務副大臣、文明間の対話に関する国連賢人会議委員、国連軍縮委員会委員長、グローバル・ガバナンスに関する賢人会議委員、イスラーム自由大学外務担当副学長などを歴任した[7]

経歴編集

生い立ち編集

アメリカの『ニュー・リパブリック英語版』誌によると、ザリーフは「テヘランの裕福で、敬虔で、政治的には保守的な商家」に生まれた。父はイスファハーンを代表する商人で、母もまたテヘランで非常に有名な商人の娘であった。私立の宗教学校であるアラヴィー校ペルシア語版英語版で学んだ[4]

両親は、子どものザリーフがテレビやラジオ、新聞に接することを認めなかった。その代わりにアリー・シャリーアティーペルシア語版英語版サマド・ベフランギーペルシア語版英語版(サマド・ベヘランギ)の本を読み、革命思想にふれた[4]

17歳のとき、ザリーフはアメリカ合衆国に渡り、カリフォルニア州サンフランシスコにある私立高校、ドルー・スクール英語版に入学した[4]。それからサンフランシスコ州立大学に進み、1981年に学士号、1982年に修士号をいずれも国際関係論で取得した[8]。その後もデンバー大学ジョゼフ・コーベル国際研究大学院英語版で学業を続け、1984年に国際関係論で2つ目の修士号を、1988年に国際法・政策論で博士号をそれぞれ取得した[9][10]。博士論文の題名は「国際法および政策における自衛」であった[11]

ジョゼフ・コーベル国際研究大学院でザリーフの論文の主査を担当したロム・ロウは、ザリーフについて「私がこれまで教えてきた生徒のなかでも、最高の部類に入る」と述べている[12]。ザリーフを教え、同じくその論文の審査を行ったベッド・ナンダも「(彼は)教室のなかでは優秀な学生だった。私は、彼が母国の暮らしに重要な役割を果たすだろうと思った」と回想している[13]

国連大使編集

 
国連大使時代のザリーフ

1982年5月、ザリーフはイランの国際連合代表部職員に任命された。外交官としての経験よりも、英会話の能力やアメリカとの関係を見込まれての起用であった[4]。新米の外交官としてザリーフは、レバノンで親イラン派の武装集団に拘束されているアメリカ人の人質の解放交渉に当たった。当時のアメリカがイランに相互親善のサインを送ることはなかったが、ザリーフは両国関係の改善に努力し続けた[14]

2000年には、世界人種主義会議のアジア準備会合の議長や国連軍縮委員会の委員長を務めた。テヘラン大学で国際法の教授にも就任した。2010年から2012年には、イスラーム自由大学の外務担当副学長をアブドッラー・ジャースビーペルシア語版英語版学長のもとで務めた[15]。また、イラン国際関係ジャーナルやイラン外交政策などの数多くの学術雑誌の編集委員にも名を連ね、軍縮や人権、国際法、地域紛争などの広範囲なテーマで論文を執筆した[16]

2002年から2007年まで、ザリーフはイランの国連大使であった[8]。国連大使として、ザリーフは「大きな取り引き」と呼ばれる計画の進展に密接に関与した。これは2003年に、アメリカとイランの間に横たわる主だった問題を解決するために策定された計画である[17]ジョゼフ・バイデンチャック・ヘーゲルなど、アメリカの大物政治家とも私的な会合を持った[17]。2007年7月6日に退任し[18]、後任にはモハンマド・ハザーイーペルシア語版英語版が就いた[19]

2008年11月18日にザリーフは、イラン政府を転覆させるために、アメリカがイラン人の離間策を企んでいると主張した。ザリーフは「イランにおいて、ビロード革命という概念は根拠のない恐怖と考えられるべきではない」と述べた[20]

外相編集

 
ウィーンのコーブルク宮殿でジョン・ケリー米国務長官と会談するザリーフ(2015年7月3日)

2013年7月23日、ハサン・ロウハーニー次期大統領(当時)が外相にザリーフを選任したとの報道が流れた。その後、8月4日にロウハーニーが国会にザリーフを正式に推薦したことで、初めてこの報道が裏付けられた[21]。この人事は国会で承認され、ザリーフはアリー・アクバル・サーレヒーの後任の外相となった[22]

外相としてザリーフは、イランの核開発問題に関する6か国協議(P5プラス1)を主導した。その結果、2015年7月14日に包括的共同作業計画が採択され[23]、2016年1月16日にはイランへの経済制裁が解除された[24]

2016年、イランがアメリカ兵10人を拘束した際には、アメリカのケリー国務長官と解放に向けホットラインで会談を行い、短時間で問題を終結させた[25]

2017年8月5日に発足した第2次ロウハーニー政権でも引き続き外相を務める人事案が国会に提示され留任した[26]

2018年5月、アメリカのイラン核合意離脱を受け、中華人民共和国に始まる核合意当事国を歴訪するなど対応に追われた[27]。アメリカによる経済制裁が再開されたことでイラン経済は苦境に陥り、核合意は失敗であったとして合意を主導したザリーフの外相辞任要求が議会から噴出し、2019年2月25日、外相を辞任する意向を表明した[28]が、翌26日にロウハーニー大統領が辞任を却下[29]。27日にザリーフも辞意を撤回した[30]

2019年5月15日-17日、日本を訪問。安倍晋三首相、河野太郎外相らと会談を行った[31]

2019年6月13日、イランの最高指導者アリー・ハーメネイー師と安倍首相が会談してるさなかで起きたホルムズ海峡近くでの日本のタンカーへの攻撃に懸念を表明して対話を訴えた[32]。14日、アメリカがイランの犯行として非難していることに対しては自らが度々主張している「Bチーム」(イランに敵対的なアメリカのジョン・ボルトン補佐官、イスラエルベンヤミン・ネタニヤフ首相、サウジアラビアムハンマド・ビン・サルマーン皇太子のこと)によるものと述べた[33]。20日、イスラム革命防衛隊が米軍の無人偵察機を撃墜した際はアメリカによる領空侵犯を主張した[34]

2019年8月、アメリカの経済制裁対象に指定され、ホワイトハウスからの招待を自らが断ったことを明かした[35]

人物編集

既婚で、米国生まれの1男1女がいる[36]。妻とは1979年の夏に、ザリーフの妹を介して知り合った。イランで結婚したが、その数週間後にイラン革命のためニューヨークに渡った[4]ペルシャ語に加えて、英語も堪能である。

ザリーフは、イラン国内で高い評判と人気を得ている[37][38]。2016年3月に情報世論ソリューションズ社 (iPOS) が行った世論調査では、支持76%、不支持7%と政治家のなかでは最も人気が高かった[39]

外国のメディアに登場する機会は少ないが、2018年8月19日、アメリカがイランの核合意から離脱した際にはCNNのインタビューに応じ、留学時代に培った流暢な英語を駆使してドナルド・トランプ大統領を批判している[40]

栄典編集

勲章
  •   功労経営勲章1等(イラン、2016年2月8日)[44]
  •   アンデスのコンドル勲章大十字(ボリビア、2016年8月26日)[45]

来日歴編集

脚注編集

  1. ^ “Araghchi appointed as head of ‘JCPOA Follow-up Commission’”. Mehr News Agency. (2015年9月22日). 2922155. http://en.mehrnews.com/news/110366/Araghchi-appointed-as-head-of-JCPOA-Follow-up-Commission 2016年4月15日閲覧。 
  2. ^ “The Wife of Iran's Foreign Minister Adds a New Twist to the nuclear talks”. The Daily Beast. (2015年7月1日). http://www.thedailybeast.com/articles/2015/07/01/the-wife-of-iran-s-foreign-minister-adds-a-new-twist-to-the-nuke-talks.html 2016年4月15日閲覧。 
  3. ^ My children resident in Iran Jaam-e Jam
  4. ^ a b c d e f Ali Alfoneh and Reuel Marc Gerecht (2014年1月23日). “Mohammad-Javad Zarif: Iran's Foreign Minister Is a Religious Zealot”. New Republic. http://www.newrepublic.com/article/116167/mohammad-javad-zarif-irans-foreign-minister-religious-zealot 2014年1月28日閲覧。 
  5. ^ Zarif, Javad (2016年1月14日). “Javad Zarif, Author at Harvard International Review”. Harvard International Review. 2016年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月16日閲覧。
  6. ^ CV Dr. M. Javad Zarif Unesco
  7. ^ Who’s Who in Iranian Politics. Mohammad Javad Zarif Iranian Diplomacy. 13 August 2013
  8. ^ a b Esfendiari, Golnaz (2013年8月14日). “Iran's 'Olive Branch' Foreign Minister Nominee Makes His Case In Parliament”. Radio Free Europe. http://www.rferl.org/content/iran-zarif-foreign-minister-designate/25074893.html 2013年8月15日閲覧。 
  9. ^ “Iran's Rouhani unveils cabinet of technocrats”. The Daily Star. (2013年8月4日). http://www.dailystar.com.lb/News/Middle-East/2013/Aug-04/226206-irans-rowhani-takes-oath-after-vowing-to-ease-sanctions.ashx#axzz2bGPV4SK3 2013年8月7日閲覧。 
  10. ^ Kirkpatrick, Nick (2013年8月15日). “Key figures in the Cabinet of Iran's new president”. The Washington Post. AP. http://articles.washingtonpost.com/2013-08-15/world/41412393_1_defense-minister-agriculture-minister-education-minister 2013年8月22日閲覧。 
  11. ^ Self-defense in international law and policy WorldCat
  12. ^ “Iranian diplomat Zarif made impression at DU”. Islamic Republic News Agency. (2015年7月13日). http://www.irna.ir/en/News/81681507/ 2016年4月15日閲覧。 
  13. ^ Wright, Robin (2014年5月26日). “The Adversary: Is Iran’s nuclear negotiator, Javad Zarif, for real?”. The New Yorker. http://www.newyorker.com/magazine/2014/05/26/the-adversary-2 2016年4月15日閲覧。 
  14. ^ Iran's Foreign Minister Nominee Seen as Olive Branch to US Reuters via VOA (Dubai), 29 July 2013
  15. ^ محمد جواد ظریف معاون جاسبي شد Shafaf
  16. ^ Dr. Javad Zarif”. UN. 2011年9月2日閲覧。
  17. ^ a b Rohani Taps U.S.-Educated Minister to End Iran Sanctions Kambiz Foroohar, Bloomberg, 4 August 2013
  18. ^ Welcome to the personal web site of Dr. M. Javad Zarif”. Zarif. 2011年9月2日閲覧。
  19. ^ “وب سایتهای ایرنا”. IRNA. http://www2.irna.ir/en/news/view/line-17/0707105140195837.htm 2011年9月2日閲覧。 
  20. ^ http://edition.presstv.ir/detail/75784.html
  21. ^ هشت نفر از اعضای کابینه روحانی نهایی شدند +اسامی Archived 2013年7月23日, at Archive.is Iran Elections
  22. ^ Kamali Dehghan, Saeed (2013年8月15日). “Iran's parliament approves 15 of Hassan Rouhani's 18 cabinet ministers”. The Guardian. https://www.theguardian.com/world/2013/aug/15/iran-middleeast 2013年8月15日閲覧。 
  23. ^ Anne Gearan and Joby Warrick (2013年11月23日). “World powers reach nuclear deal with Iran to freeze its nuclear program”. The Washington Post. http://www.washingtonpost.com/world/national-security/kerry-in-geneva-raising-hopes-for-historic-nuclear-deal-with-iran/2013/11/23/53e7bfe6-5430-11e3-9fe0-fd2ca728e67c_story.html 2013年11月24日閲覧。 
  24. ^ International sanctions against Iran lifted”. Washington Post (2016年1月16日). 2016年1月16日閲覧。
  25. ^ 焦点:米イラン中傷合戦でホットライン不通、一触即発の危険性”. ロイター (2019年5月28日). 2019年5月29日閲覧。
  26. ^ “IRAN'S ROUHANI PRESENTS NEW MINISTERS TO PARLIAMENT”. エルサレム・ポスト. (2017年8月8日). http://www.jpost.com/Middle-East/Iran-News/Irans-Rouhani-presents-new-ministers-to-parliament-501880 2017年8月8日閲覧。 
  27. ^ “イラン外相が中国を訪問 イラン核合意の当事国歴訪スタート”. 産経ニュース. (2018年5月13日). https://www.sankei.com/world/news/180513/wor1805130028-n1.html 2018年5月14日閲覧。 
  28. ^ “核合意交渉の顔、イラン外相辞意”. ロイター. (2019年2月26日). https://jp.reuters.com/article/idJP2019022601001278 2019年2月26日閲覧。 
  29. ^ “Iran president 'has not accepted foreign minister's resignation'”. BBC News. BBC. (2019年2月26日). https://www.bbc.com/news/world-middle-east-47370098 2019年2月27日閲覧。 
  30. ^ “イラン・ザリフ外相、辞意を撤回”. 日テレNEWS24. 日本テレビ放送網. (2019年2月28日). http://www.news24.jp/articles/2019/02/28/10418613.html 2019年2月28日閲覧。 
  31. ^ イラン外相が来日=16日に安倍首相と会談”. 時事通信 (2019年5月15日). 2019年5月29日閲覧。
  32. ^ 地域の対話不可欠=タンカー攻撃「不審」-イラン外相”. 時事通信 (2019年6月13日). 2019年6月25日閲覧。
  33. ^ タンカー攻撃巡る米国の非難、「妨害外交」の一環=イラン外相”. ロイター (2019年6月14日). 2019年6月25日閲覧。
  34. ^ イラン外相、米の領空侵犯を重ねて主張”. 日本経済新聞 (2019年6月21日). 2019年6月25日閲覧。
  35. ^ イラン外相、米の領空侵犯を重ねて主張”. 朝日新聞 (2019年8月5日). 2019年8月16日閲覧。
  36. ^ Rayman, Noah (2013年9月5日). “Iran Doesn't Deny the Holocaust, New Foreign Minister Says on Twitter”. Time. http://world.time.com/2013/09/05/iran-doesnt-deny-the-holocaust-new-foreign-minister-says-on-twitter/ 2013年9月6日閲覧。 
  37. ^ Karimi, Arash (2015年7月14日). “Zarif's domestic popularity soars with nuclear deal”. Al-Monitor. 2016年5月1日閲覧。
  38. ^ Zarif; a right man at the right time”. The Iran Project (2015年5月12日). 2016年5月1日閲覧。
  39. ^ ظریف محبوب‌ترین چهره سیاسی ایران” (Persian). Information and Public Opinion Solutions LLC (2016年5月24日). 2016年5月24日閲覧。
  40. ^ イランのザリフ外相、米国を「制裁中毒」と批判”. CNN (2018年8月20日). 2018年8月25日閲覧。
  41. ^ TIME 100: The Most Influential People in the World in 2014”. Time. 2016年8月3日閲覧。
  42. ^ TIME 100: The Most Influential People in the World in 2015”. Time. 2016年8月3日閲覧。
  43. ^ John Kerry and Mohammad Javad Zarif named winners of the Chatham House Prize 2016”. Chatham House (2016年10月24日). 2016年10月25日閲覧。
  44. ^ “Iran’s FM, nuclear chief, DM receive medals for role in nuclear deal”. Iranian Students' News Agency. (2016年2月8日). オリジナルの2016年5月31日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160531035121/http://isna.ir/en/print/94111912217/Iran-s-FM-nuclear-chief-DM-receive-medals 2016年4月15日閲覧。 
  45. ^ “Iranian FM awarded Bolivia's highest state medal”. Islamic Republic News Agency. (2016年8月26日). http://www.irna.ir/en/News/82204586/ 2016年8月29日閲覧。 
  46. ^ ザリーフ・イラン外務大臣による表敬-平成26年3月5日”. 政府インターネットTV (2014年3月5日). 2018年8月25日閲覧。

外部リンク編集

外交職
先代:
モハンマドハーディー・ネジャードホセイニヤーンペルシア語版
イランの国連大使
2002年 – 2007年
次代:
モハンマド・ハザーイーペルシア語版英語版
公職
先代:
アリー・アクバル・サーレヒー
イランの外務大臣
2013年 – 現在
現職