メインメニューを開く

モンゴル縦貫鉄道

ロシア連邦ブリヤート共和国からモンゴル国ウランバートルを経由し、中国内モンゴル自治区に至る鉄道路線

モンゴル縦貫鉄道モンゴル語: Транс-Монголын төмөр зам, ロシア語: Трансмонго́льская желе́зная доро́га, 中国語: 蒙古纵贯铁路)とは、ロシア連邦ブリヤート共和国ウランウデからモンゴル国ウランバートルを経由し、中国内モンゴル自治区エレンホト市に至る鉄道路線である。日本ではソ蒙中鉄道、またはロ蒙中鉄道とも呼称される。

モンゴル縦貫鉄道
Транс-Монголын төмөр зам
Трансмонго́льская желе́зная доро́га
蒙古纵贯铁路
ゴビ砂漠を走行中の列車
ゴビ砂漠を走行中の列車
基本情報
モンゴルの旗 モンゴル
中華人民共和国の旗 中国
ロシアの旗 ロシア
起点 ウラン・ウデ駅
終点 エレンホト駅(二連浩特駅)
開業 1949年
運営者 モンゴル鉄道(Монголын төмөр зам
路線諸元
路線距離 2,215 km
軌間 1,520 mm (広軌)
線路数 単線
電化方式 非電化
最高速度 75 km/h
テンプレートを表示

目次

概要編集

モンゴル縦貫鉄道は、ロシアのウランウデ駅シベリア鉄道と分岐し、モンゴルに入ったのち、スフバートルダルハンズーンハラ英語版ウランバートルチョイルサインシャンドザミンウード等、モンゴルの軍事的、経済的に重要な都市を経由している。またモンゴル縦貫鉄道は、ザミンウードの先で中蒙国境を越え、エレンホト駅集二線と連絡しているため、北京モスクワを結ぶ最短の鉄道路線である。そのため、週に1本北京とモスクワを直通するK3/4次列車が運行されている。

モンゴル縦貫鉄道の大部分はモンゴル国内に位置し、全線が単線非電化かつ軌間1520mmである。また、自動閉塞に対応していないため、1日に運行できる列車は13本に制限され、年間の貨物輸送量は620万トンである。

歴史編集

モンゴルの鉄道は、1938年にウランバートルからナライフ英語版炭鉱までの43kmの軽便鉄道が建設されたのを嚆矢とし、同年中にソ連の協力のもと236kmに及ぶ貨物路線が建設された。

モンゴル縦貫鉄道の建設は1947年に開始され、1950年に北部の路線が全線開通し、1955年には中蒙国境まで開通して集二線と接続した[1]。これにより、北京~モスクワ間は従来の満洲里経由と比較して1,141km短縮された。

全線開通後の1958年7月28日ポーランドワルシャワ鉄道国際協力機構による国際連絡旅客列車時刻表会議が開催された。この会議によって、北京からモンゴル縦貫鉄道を経由してモスクワを結ぶ国際列車の運行が決定され、1959年6月4日に北京~ウランバートル~モスクワ間の国際旅客列車が正式に運行を開始した。

1960年代から始まった中ソ対立の影響で、1965年10月12日には、1955年に中華人民共和国がソ連やモンゴル人民共和国との取り決めでモンゴル縦貫鉄道と同じ広軌の1,520mm軌間に改軌した集二線の軌間が標準軌の1,435mmに再び改軌され、台車交換駅が中蒙国境駅であるエレンホト駅に変更された。

運営編集

モンゴル国内ではモンゴル鉄道(Монголын төмөр зам)が運営している。モンゴルは道路交通および航空が未発達であるため、貨物輸送の80%ならびに旅客輸送の30%のシェアは鉄道が占めている。モンゴル国内区間のほとんどは山地で、海抜も600mから1,700mとアップダウンが激しい上に急カーブも多い。そのため、最高速度は時速75kmに制限され、積載できる貨物の重量も2,800~3,400トンまでとなっている。

モンゴルは1990年民主化以降、経済は衰退傾向にある。モンゴル縦貫鉄道の貨物輸送量も減少傾向にあったが、2005年からは回復傾向にある。一方、旅客輸送については2001年に年間410万人を輸送した。

ギャラリー編集

脚註編集

参考文献・出典編集

関連項目編集

外部リンク編集