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ヤズデギルド3世(? - 651年)は、サーサーン朝ペルシア帝国38代目かつ最後の君主(在位:632年 - 651年)。

ヤズデギルド3世
یزدگرد
ペルシア君主
YazdegerdIIICoinCroppedHistoryofIran.jpg
ヤズデギルド3世のコイン
在位 632年 - 651年

死去 651年
メルヴ
子女 ペーローズ3世
ジャハーン・シャー(フサインの妻)
王朝 サーサーン朝
父親 シャフリヤール英語版
宗教 ゾロアスター教
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概要編集

第24代君主のホスロー2世の孫で、父はシャフリヤール英語版。当時のサーサーン朝は内乱と洪水などの天災で疲弊していた。

イスラム勢力(正統カリフ)の勃興でメソポタミアを奪われる。宿将のロスタム・ファルロフザード英語版を最高司令官に任命してムスリム軍と対決するが、636年にイラクで起きたカーディシーヤの戦いでサーサーン朝軍は大敗してロスタムは戦死する。帝都クテシフォンはムスリム軍に包囲されて陥落した。ヤズデギルド3世はクテシフォン奪還の軍を起こすが、642年ニハーヴァンドの戦いで大敗すると、国勢は更に傾く。644年にはイスラム勢力に領土を蚕食され、東方のケルマーンなどに逃亡。651年にホラーサーンメルヴへ逃れるも、同地で総督の裏切りにあって殺害され、サーサーン朝は滅亡した。

ヤズデギルド3世の息子ペーローズ3世をはじめとする皇族たちはパミール高原を越えてに亡命して対抗し続けたが、サーサーン朝復興を果たすことはできなかった。

参考文献編集

先代:
アーザルミードゥフト
サーサーン朝
632年 - 651年
次代:
滅亡