ヤマコー

株式会社ヤマコーは、山形県山形市に本社を置く、同県内陸部を地盤とするユトリアグループの中核企業である。旧称は山形交通

株式会社 ヤマコー
Yamako Corporation
Yamako-Utoria.jpg
ヤマコー本社
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 ヤマコー、山交
本社所在地 日本の旗 日本
990-9567
山形県山形市鉄砲町2-13-18
設立 1943年10月1日
業種 不動産業
法人番号 2390001002260
事業内容 商業ビル賃貸、商事事業
代表者 代表取締役社長 平井康博
資本金 10億5000万円
売上高 単体:24億6,000万円
連結:108億1,400万円
(2016年3月期)[1]
従業員数 単体:83名
連結:939名
(2016年3月末現在)[1]
決算期 3月末日
会計監査人 新日本有限責任監査法人
主要株主 山交社員会 21.42%
山形放送 5.28%
山形トヨタ自動車 4.98%
主要子会社 #グループ企業参照
関係する人物 服部敬雄
外部リンク http://www.yamako.co.jp/
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目次

概要編集

1943年10月1日、戦時中会社統制によって、山形県の地方私鉄会社であった三山電気鉄道尾花沢鉄道高畠鉄道バス会社であった山形交通自動車商会・今村自動車の5社が合併。さらに置賜村山最上の個人運輸事業者を吸収し山形交通として発足した[2]。存続会社は三山電気鉄道。戦後1948年には、山形市 - 上山町(現:上山市)間にトレーラーバスの運行を開始し、加えて、山形市 - 米沢市 - 長井町(現:長井市)では急行バスの運行も始めた[2]

高度経済成長期には県内においても観光ルートの整備が進み、それに沿って白布温泉まで定期バスの運行を始めたほか、蔵王エコーラインが開通した際には刈田岳までバスの運行を開始した[3]1972年6月には、県都における路線バス運行の拠点として建設していたバスターミナルである山交ビル山形駅前通り沿いに開業した[3]。しばらくは鉄道とバスを併営する運輸業者であったが、1974年までに鉄道線は全廃した。また、モータリゼーションの進展によって県内陸地方全域に展開していた路線バス網も、乗客の減少に歯止めがかからず、多くの路線が廃止あるいは自治体バスへの転換が図られた。

1960年代後半から経営の多角化に乗り出し、1975年4月には不二家との合弁で山交フッドサービス(現:不二家東北)を設立。さらに1984年には富士ゼロックスからの呼びかけに応じ山形OA機器(現:山形ゼロックス)を設立するなど[4]、多くの関連会社を設立した。また山形新聞・山形交通グループ(グループ連合会長服部敬雄)を形成しグループ内の主軸の1社として県内において大きな影響力を行使していた[5]

1993年CIを導入の上で、バス車体に描かれているロゴマーク「ユトリア」を制定した。「ユトリア」とは「ユートピア」と「ゆとり」の造語で、ゆとり社会をひらくグループの方向性を表すとしている。以後、グループ企業群はユトリアグループと総称される。

1997年10月1日に山形交通が観光レジャー事業を強化することを目的に、グループ企業であった山交興業、山交観光、山交ランド、山交商事、東京バス観光などを合併し、同年12月、社名を山形交通からヤマコーに変更した[6][7]。またバス事業は山交バスとして分離し独立採算を徹底させる方策を執った[7]。このほかパチンコホール会社の設立を一時模索したが、それは断念した上でアサヒビールなどからの出資を得てヤマコーアサヒビール園を設立した[8]

2000年代に入り、蔵王温泉スキー場の利用客減少による索道事業等の不振、不況の長期化、さらに会計基準の変更に伴う退職給付債務の表面化や土地の含み損に対する減損会計の適用、加えて利益剰余金の減少によってバランスシートも痛んだため、ヤマコーは時代の変遷に対応するため抜本的な経営改革に入った[5]。こうした中、天元台高原スキー場の運営会社である天元台の清算を決断した一方で[9]、上山市が資本参加撤退の意向を示した蔵王坊平高原のスキー場である蔵王坊平ライザワールドスキー場などを運営する第三セクター「蔵王エコーランド」の株式を、すべて同市から取得し、ヤマコーの関連会社であるヤマコーリゾートと合併させた[10]。また2000年にオープンした天童市のわくわくランド内の物販施設「ゆとりプラザ」の撤退など[5][注釈 1]、事業の選択と集中を断行した。

2011年4月には高齢化社会の到来を踏まえ、ヤマコーを母体として社会福祉法人ユトリア会を設立[11]。同会が山形市内で高齢者施設を運営しているほか、2017年4月、東根市保育園特別養護老人ホームを開設した[12]

年表編集

  • 1943年10月1日 - 三山電気鉄道を存続会社として、高畠鉄道・尾花沢鉄道・山形交通自動車商会・今村自動車を戦時統合により合併し、山形交通株式会社発足。
  • 1970年9月10日 - 尾花沢線(旧尾花沢鉄道)を廃止。
  • 1974年11月18日 - 三山線(旧三山電気鉄道)・高畠線(旧高畠鉄道)を廃止、鉄道事業から撤退。
  • 1993年10月 - ユトリアのCIロゴ導入。
  • 1997年10月1日 - バス事業を山交バスに分社、企業グループ名を「ユトリアグループ」とし、株式会社ヤマコーに社名変更。
  • 1999年4月 - リナワールド事業部を「リナワールド」、旅行事業部の一部を「山交観光」に再分社した上で子会社化[1]
  • 2004年4月 - 旅行事業部を山交観光に統合[1]
  • 2014年10月 - 索道事業を蔵王観光開発に承継[1]

事業内容編集

  • 不動産事業部 - 主に県内におけるマンション・商業ビル・駐車場賃貸および不動産用地の開発、テナントの誘致。
  • コミュニティ事業部 - 山交ビル(山形市・バスターミナル併設)の管理。
  • 商事事業部 - 業務用食品等の卸・小売。

グループ企業編集

関連団体
  • 社会福祉法人ユトリア会
    • ユトリアケアセンターかすみ - ヤマコーが所有していた山形駅前のテナントビルを取り壊し、高齢者向け施設を建設。
    • ユトリアケアセンターなりさわ
    • 特別養護老人ホームおおとみ
    • おおとみ保育園

主なかつてのグループ企業編集

関連項目編集

旧山形交通の鉄道路線

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 跡地は増床の上で、TENDO八文字屋が出店。

出典編集

  1. ^ a b c d e 会社概要”. ヤマコー. 2016年7月23日閲覧。
  2. ^ a b 『新版山形県大百科事典』p.704
  3. ^ a b 『山形県大百科事典』p.976
  4. ^ 「宇部興産・山形交通と提携 地域特約店を強化 富士ゼロックス 複写機拡販」『日経産業新聞』1984年9月4日
  5. ^ a b c d 「ニュース最前線 ユトリアグループ経営立て直し 課題山積 再び正念場」『読売新聞』山形版 2005年10月28日
  6. ^ 「赤字のバス部門 分離へ 観光レジャーに力 山形交通」『朝日新聞』山形版 1997年6月26日
  7. ^ a b 「山形交通10月に 観光関連の子会社吸収 不採算のバスも分離」『日経産業新聞』1997年7月23日
  8. ^ 「山形交通、バス事業分社化 レジャー観光関連、子会社、本体に吸収」『日本経済新聞』1997年4月9日
  9. ^ 「米沢 天元台スキー場 経営会社が撤退を表明 売り上げ減少で来年9月に」『読売新聞』山形版 2001年11月21日
  10. ^ 「エコーランド 株式を売却へ 上山市が第三セク撤退」『朝日新聞』山形版 2003年6月19日
  11. ^ 法人概要 ユトリア会”. 全国社会福祉法人経営者協議会. 2016年7月23日閲覧。
  12. ^ “ユトリア会、東根に保育所開設 ヤマコー(山形)が母体”. 山形新聞. (2016年2月24日). http://yamagata-np.jp/news/201602/24/kj_2016022400530.php 2016年7月23日閲覧。 
  13. ^ a b 『新版山形県大百科事典』p.730
  14. ^ 「暑さに誘われビール園好評 山形」『朝日新聞』山形版 1997年8月4日
  15. ^ 「アサヒビール園山形店、年内閉店 消費低迷と狂牛病問題で」『読売新聞』山形版 2001年11月21日

参考文献編集

  • 山形放送株式会社山形県大百科事典事務局編 『山形県大百科事典』 山形放送、 1983年。
  • 山形放送株式会社新版山形県大百科事典発行本部事務局編 『新版山形県大百科事典』 山形放送、1993年。

外部リンク編集

山交バスについては山交バス (山形県)#外部リンクを参照