ヨハン・クリスティアン (プファルツ=ズルツバッハ公)

ヨハン・クリスティアン(Johann Christian, 1700年1月23日 - 1733年7月20日)は、プファルツ=ズルツバッハ公テオドール・オイスタッハとエレオノーレ・マリー・アマーリア・フォン・ヘッセン=ラインフェルス=ローテンブルクの次男。

ヨハン・クリスティアン
Johann Christian
プファルツ=ズルツバッハ公
Bildnis Johann Christian von Sulzbach (1700-1733).jpg
在位 1732年 - 1733年

出生 (1700-01-23) 1700年1月23日
死去 (1733-07-20) 1733年7月20日(33歳没)
配偶者 マリー・アンリエット・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ
  エレオノーレ・フィリッピーナ・フォン・ヘッセン=ローテンブルク
子女 カール・テオドール
マリア・アンナ
家名 プファルツ=ズルツバッハ家
父親 プファルツ=ズルツバッハ公テオドール・オイスタッハ
母親 エレオノーレ・マリー・アマーリア・フォン・ヘッセン=ラインフェルス=ローテンブルク
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ヨーゼフ・カール1729年に死去したことにより、1732年の父の死後にズルツバッハ公を継いだが、翌1733年に自身も死去した。息子のカール・テオドールがズルツバッハ公を相続したが、本家のプファルツ選帝侯カール3世フィリップに息子がなかったため、1742年にカール3世の孫娘エリーザベト・アウグステと結婚、1743年に死去したカール3世のプファルツ選帝侯位を継いだ。1777年にはバイエルン選帝侯にもなった。

子女編集

フランス大元帥テュレンヌ子爵又姪であるベルヘン・オプ・ゾーム辺境女伯マリー・アンリエット・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ(1708年 - 1728年)と結婚、2人の子を儲けたが、1728年に早世した。

1731年、ヘッセン=ローテンブルク辺境伯エルンスト2世レオポルトの娘で従妹のエレオノーレ・フィリッピーナと再婚したが、その2年後に亡くなった。

先代:
テオドール・オイスタッハ
プファルツ=ズルツバッハ公
1732年 - 1733年
次代:
カール・テオドール