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ヨーゼフ・"ピップス"・プリラーJosef "Pips" Priller1915年7月27日 - 1961年5月20日)は、第二次世界大戦時のドイツ空軍エース・パイロットである。プリラーはFw 190A-8に搭乗して僚機のハインツ・ヴォダルチック(Heinz Wodarczyk)と共に1944年6月6日ノルマンディー上陸作戦初日)のノルマンディー海岸に1航過の低空攻撃をかけたことが広く認識されているために有名である。この行動は書籍によって世間の耳目を集め、後に映画『史上最大の作戦』の中でも描かれた。衆人が信じていることとは反対にプリラーとその僚機が1944年6月6日に海岸堡に攻撃を加えた唯一のドイツ空軍の戦力では無かった。ドイツ空軍の爆撃部隊である第54爆撃航空団が当日に英国軍の上陸部隊に対し数回の攻撃を行っている。

ヨーゼフ・プリラー
Josef Priller
渾名 ピップス
生誕 1915年7月27日
ドイツの旗 ドイツ帝国
バイエルン王国の旗 バイエルン王国 ホーフ
死没 (1961-05-20) 1961年5月20日(45歳没)
西ドイツの旗 西ドイツ
Flag of Bavaria (lozengy).svg バイエルン州 オーバーバイエルンベービンク
所属組織 Balkenkreuz.svg ドイツ国防軍空軍
軍歴 1935年 - 1945年
最終階級 中佐
除隊後 S.リーゲレ醸造所総支配人
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目次

初期の経歴編集

ヨーゼフ・プリラーはインゴルシュタットで生まれ、1930年代半ばにドイツ空軍に入隊した。

第二次世界大戦編集

第二次世界大戦が勃発したときプリラーは戦前の戦闘機部隊である第71戦闘航空団/第I飛行隊[脚注 1]第51戦闘航空団/第II飛行隊に改称)に配属され、間もなく第51戦闘航空団/第6飛行中隊の中隊長になった。プリラーの最初の戦果は1940年5月ダンケルク上空での英空軍の戦闘機であった。プリラーはフランス侵攻の期間中に6機を撃墜し、8月の終わりまでに総撃墜数は15機になった。10月に20機目を撃墜したことにより騎士鉄十字勲章を授与され、1940年11月第26戦闘航空団(JG 26)/第1中隊の中隊長に転出した。

1941年6月16日から7月11日の期間にプリラーは19機の英空軍機を撃墜し、1941年10月には41機撃墜の功により騎士鉄十字勲章に柏葉を追加授与された。大尉となり撃墜数が58機のプリラーは1942年12月にJG 26/第III大隊の飛行隊長になった。身長163cmのずんぐりした体型で陽気な性格のプリラーは部下からの人気がある指揮官であった。上級将校に対し口答えするという評判にも関わらずプリラーは1941年の夏から1943年にかけて英空軍戦闘機軍団の戦闘機による進出に対し最大限の打撃を与えるために北西ヨーロッパ地域で限られたJG 26の戦力を巧みに運用した。1942年5月にプリラーは70機目を撃墜し、1942年の終わりまでに更に11機を戦果に加えた。

1943年1月にプリラーはJG 26の戦闘航空団司令になった。増加する米軍爆撃機の攻撃はヨーロッパ西部のドイツ戦闘機部隊へ圧力をかけ始め、1943年中にJG 26の損失は危機的に上昇していった。ノルマンディー上陸の前夜、プリラーと彼の僚機のハインツ・ヴォダルチックは酒を飲み二日酔いのまま海岸堡に攻撃を加えた。プリラー中佐は1944年7月に100機目(アメリカ陸軍航空軍:USAAFのコンソリデーテッド B-24)を撃墜し、1945年の元日にJG 26を率いて連合国軍の航空基地への不運な大攻勢となったボーデンプラッテ作戦に参加した。(この作戦で長年プリラーの僚機を勤めたハインツ・ヴォダルチックは戦死した)1月のその後プリラーは昼間戦闘機総監(東部)の参謀に任命された。

プリラーは101機の撃墜に1,307回の作戦行動に出撃した。撃墜数の全てが西部戦線で記録されたもので、11機のUSAAFの重爆撃機、68機のスピットファイア(この機種の撃墜総数ではドイツ空軍で最高)、11機のハリケーン、5機の中型爆撃機、USAAFの戦闘機が5機含まれている。

戦後編集

戦後、醸造マイスターとなったプリラーは、妻の実家であるリーゲレ醸造所(Brauhaus Riegele)の総支配人となった。プリラーは映画『史上最大の作戦』の製作に協力したアドバイザーの中の1人であり、映画ではハインツ・ラインケがプリラー役を演じた。

ヨーゼフ・プリラーは1961年オーバーバイエルンベービンク心臓発作のため急死した。

受章歴編集

脚注編集

  1. ^ ドイツ空軍の部隊名称の説明は「第二次世界大戦中のドイツ空軍の編成」を参照

出典編集

Citations
  1. ^ a b c Berger 2000, p. 272.
  2. ^ a b c Scherzer 2007, p. 605.
Bibliography
  • Berger, Florian (1999). Mit Eichenlaub und Schwertern. Die höchstdekorierten Soldaten des Zweiten Weltkrieges (in German). Selbstverlag Florian Berger. ISBN 3-9501307-0-5.
  • Fellgiebel, Walther-Peer (2000). Die Träger des Ritterkreuzes des Eisernen Kreuzes 1939-1945 (in German). Podzun-Pallas. ISBN 3-7909-0284-5.
  • Hagen, Hans-Peter (1998). Husaren des Himmels Berühmte deutsche Jagdflieger und die Geschichte ihrer Waffe (in German). Rastatt, Germany: Moewig. ISBN 3-8118-1456-7.
  • Obermaier, Ernst (1989). Die Ritterkreuzträger der Luftwaffe Jagdflieger 1939 - 1945 (in German). Mainz, Germany: Verlag Dieter Hoffmann. ISBN 3-87341-065-6.
  • Patzwall, Klaus D. and Scherzer, Veit (2001). Das Deutsche Kreuz 1941 - 1945 Geschichte und Inhaber Band II (in German). Norderstedt, Germany: Verlag Klaus D. Patzwall. ISBN 3-931533-45-X.
  • Scherzer, Veit (2007). Die Ritterkreuzträger 1939–1945 Die Inhaber des Ritterkreuzes des Eisernen Kreuzes 1939 von Heer, Luftwaffe, Kriegsmarine, Waffen-SS, Volkssturm sowie mit Deutschland verbündeter Streitkräfte nach den Unterlagen des Bundesarchives (in German). Jena, Germany: Scherzers Miltaer-Verlag. ISBN 978-3-938845-17-2.
  • Helden der Wehrmacht - Unsterbliche deutsche Soldaten (in German). München, Germany: FZ-Verlag GmbH, 2004. ISBN 3-924309-53-1.

外部リンク編集