ライアン・ショウクロス

ライアン・ジェイムス・ショウクロスRyan James Shawcross, 1987年10月4日 - )は、イングランド出身のサッカー選手ストーク・シティに所属している。

ライアン・ショウクロス Football pictogram.svg
Ryan Shawcross 2015.jpg
ストーク・シティでのショウクロス (2015年)
名前
本名 ライアン・ジェイムス・ショウクロス
Ryan James Shawcross
ラテン文字 Ryan Shawcross
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
ウェールズの旗 ウェールズ
生年月日 (1987-10-04) 1987年10月4日(33歳)
出身地 チェスター
身長 196cm[1]
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 ストーク・シティFC
ポジション DF (CB)
背番号 17
利き足 右足
ユース
ウェールズの旗 バックリー・タウンFC英語版
2002-2006 イングランドの旗 マンチェスターU
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2008 イングランドの旗 マンチェスターU 0 (0)
2007 ベルギーの旗 アントワープ 22 (3)
2007-2008 イングランドの旗 ストーク 26 (6)
2008- イングランドの旗 ストーク 373 (16)
代表歴
2008  イングランド U-21 2 (0)
2012 イングランドの旗 イングランド 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2020年6月30日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

生い立ち編集

イングランドチェスターで生まれ、ウェールズフリントシャー県のバックリー英語版で育ち、バックリーにあるエルフェド・ハイスクールで学んだ。

小学校時代には、フリントシャー・ボーイズ(フリントシャーの選抜チーム)に選ばれていた。そのチームでは、ガリー・スピードマイケル・オーウェンイアン・ラッシュもかつてプレイしており、ショウクロスの弟のローリー(ポジションは兄と同じディフェンダー)もプレイしていた。

クラブ経歴編集

ユース編集

2003-04シーズンには、マンチェスター・ユナイテッドのU-17のチームで22試合に出場し、ノッティンガム・フォレスト戦、ブラックバーン・ローヴァーズ戦でゴールを挙げた。

2004-05シーズンは、U-18のチームで21試合に出場し、2005年3月5日に行われたエヴァートン戦でゴールを記録した。リザーブチームのゲームにも5試合出場し、セントラルリーグ(プレミアリザーブリーグの下部リーグ)のディヴィジョン1イーストのタイトルを獲得した。

2005-06シーズンはプレミアリザーブリーグで好成績を収めたリザーブチームの一員であった。リザーブチームは、マンチェスター・シニアカップ、FAプレミアリザーブリーグ・ノース、プレミアリザーブリーグのプレイオフではトッテナム・ホットスパーのリザーブチームに勝利し、3冠を達成した。

トップチームデビューとなったのは、2006年10月25日に行われたリーグカップ3回戦のクルー・アレクサンドラ戦であり、マイケル・バーンズと交代で出場した。

2007年1月にレンタルでロイヤル・アントワープに加入し、夏にユナイテッドに戻るまでレギュラーとしてプレイし、チームのプレイオフ進出に貢献するとともに、ショウクロス自身も3ゴールを挙げた。

ストークへのローン編集

2007年8月9日、ショウクロスは6ヶ月間の期限付きでチャンピオンシップに所属するストーク・シティに加入することになった[2]。ショウクロスは、1-0で勝利した開幕戦のカーディフ・シティ[3]、リーグカップのロッチデール戦と2試合連続でゴールを挙げた[4]

ストーク・シティ編集

ローンで加入している間にショウクロスのストークでの評価は高まり、2008年1月の移籍市場で完全移籍で加入することになった[5]2008年1月18日に手続きは完了し、マンチェスター・ユナイテッドへは100万ポンドが支払われ、ストーク・シティが昇格を果たした場合とショウクロスの出場機会に応じて、ユナイテッドにはもう100万ポンドの移籍金が支払われることになっていた[5]

素晴らしいプレミアリーグでのデビューシーズンを終えると、ウェストハム・ユナイテッドフルアムエヴァートンリヴァプールマンチェスター・ユナイテッドが獲得に興味を示しているとの報道がなされたが[6][7]、ショウクロスも監督であるトニー・ピューリスもその噂を否定した[8][9]。2009-10シーズンの開幕戦のバーンリー戦ではヘディングからゴールを挙げ、2-0の勝利に貢献した[10]2010年2月27日に行われたアーセナル戦でショウクロスのタックルによりアーロン・ラムジーが骨折し、ショウクロスは退場処分を受けた[11]。すぐに病院に搬送しなければならない程のラムジーの怪我を見たショウクロスは涙を流しながらピッチを後にしたが[12][13]、試合後にチームメイトのダニー・ピューロリー・デラップはショウクロスを擁護した。

「彼は献身的な選手だが、意図的に誰かを怪我させようとする選手では決してない。」「みんな何が起こったのかをすぐに理解していたが、審判(ピーター・ウォルトン)は相手選手を怪我させた以上ショウクロスを退場処分にしなければならないと言っていた。」
ストークの選手ローリー・デラップ、ライアン・ショウクロスのタックルと退場について語る。[14]

ショウクロスは上記のようなタックル後の態度もあり、アーセナルのファンから300通を超える同情のメールを受け取った。また3月4日の親善試合・エジプト戦ではイングランド代表に初招集された(出場はなし)が、ショウクロスは「代表の全選手が親切に接して試合に集中させてくれた」と語った[15]

代表経歴編集

2008年1月、UEFA U-21欧州選手権の予選のアイルランド代表戦に臨むU-21イングランド代表のメンバーに招集された[16]。ショウクロスはそれ以前に、U-15のウェールズ代表として、ベルギー代表戦とアイルランド代表戦に出場した経験があった[17]

2009年10月、FIFAは16歳より前に5年間義務教育を受けた国で代表としてプレイすることを許可したが、ショウクロスは2010年3月に行われるエジプト代表戦に臨むイングランド代表のメンバーに招集された[18]

2012年11月14日にソルナで行われたスウェーデン代表との親善試合で途中出場し、A代表初出場を果たした。しかし、相手FWのズラタン・イブラヒモビッチに4得点を決められ、この試合を最後にショウクロスはイングランド代表に招集されなくなってしまった。2016年にショウクロスは「ズラタンは僕の代表キャリアを壊したんだ。僕はチャンスを得たけど、彼を止められるDFは多いとは思わない」と語っている[19]

脚注編集

出典編集

関連項目編集

外部リンク編集