ライオセスリー・ラッセル (第2代ベッドフォード公爵)

第2代ベッドフォード公爵ライオセスリー・ラッセル英語: Wriothesley Russell, 2nd Duke of Bedford KG1680年11月1日1711年5月26日)は、イギリスの貴族、政治家。1683年から1694年までラッセル卿儀礼称号を、1695年から1700年までタヴィストック侯爵の儀礼称号を使用した。

第2代ベッドフォード公爵
Coat of arms of Wriothesley Russell, 2nd Duke of Bedford, KG.png
第2代ベッドフォード公爵の紋章
生誕1680年11月1日
死没1711年5月26日
肩書きベッドフォード公爵
後任者ライオセスリー・ラッセル
配偶者エリザベス・ハウランド
ウィリアム・ラッセル
レイチェル・ライオセスリー英語版

生涯編集

ウィリアム・ラッセルレイチェル・ライオセスリー英語版の息子として、1680年11月1日に生まれた[1]

1696年5月13日、オックスフォード大学モードリン・カレッジに入学した[2]

1702年にガーター勲章を授与されたほか[2]、1701年から1702年までウィリアム3世寝室侍従英語版を、1701年から1711年までベッドフォードシャー統監英語版ケンブリッジシャー統監英語版ミドルセックス統監英語版を務め、1702年のアン女王戴冠式では大司馬を務めた。

1711年5月26日に天然痘で病死、30日にチェニース英語版聖マイケル教会英語版に埋葬された。

家族編集

1695年5月23日、ジョン・ハウランド(John Howland)の娘エリザベスと結婚した[1]。2人は2男2女をもうけた。

脚注編集

  1. ^ a b (英語) Burke's Peerage (99th edition ed.). (1949). p. 164. https://archive.org/details/burkesgenealogic1949unse/page/164 
  2. ^ a b Foster, Joseph. “Alumni oxonienses: the members of the University of Oxford, 1715-1886” (英語). University of Oxford. p. 1293. 2019年4月22日閲覧。
名誉職
先代:
エドワード・ラッセル卿英語版
ベッドフォードシャー統監英語版
1701年 – 1711年
次代:
ケント公爵
ケンブリッジシャー統監英語版
1701年 – 1711年
次代:
ノース男爵
ミドルセックス統監英語版
1701年 – 1711年
次代:
バッキンガムおよびノーマンビー公爵
ミドルセックス首席治安判事英語版
1701年 – 1711年
空位
最後の在位者
オーモンド公爵
大司馬
1702年
空位
次代の在位者
モンタギュー公爵
イングランドの爵位
先代:
ウィリアム・ラッセル
ベッドフォード公爵
1700年 – 1711年
次代:
ライオセスリー・ラッセル