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ライオン野口(ライオンのぐち、男性 1908年6月2日 - 1961年5月8日)は、日本プロボクサー。本名は野口 進(のぐち すすむ)。東京市本郷区(現:東京都文京区)根津出身。大日本拳闘会に所属した日本ウェルター級チャンピオン(1927年、1928年)。

ライオン野口
Susumu Noguchi (Boxer).jpg
基本情報
本名 野口 進
階級 ウェルター級
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1908年6月2日
出身地 東京市本郷区根津
死没日 (1961-05-08) 1961年5月8日(52歳没)
プロボクシング戦績
総試合数 56
勝ち 33
KO勝ち 16
敗け 7
引き分け 16
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1933年(昭和8年)10月10日に引退後は愛国社の同人となり、11月21日にロンドン軍縮会議に抗議して若槻禮次郎民政党総裁を襲撃した。大陸に渡り、敗戦後は新居浜市に引き揚げたが、下目黒雅叙園前に野口ボクシングジム(目黒ジムと呼ぶ)を構え門下生を育てた。

豪傑、サムライ、ライオンの形容詞で語られる決闘者。日本フライ級チャンピオンの野口恭は次男、キックボクシング創始者の野口修は長男、野口ジム現会長の野口まさるは孫。金平正紀三迫仁志は野口門下生。映画監督西原儀一は新居浜時代の弟子。

岩田愛之助門下の国士だが、利権や金儲けの話を聞くと「身体が汚れる」と銭湯に漬かったため都内の銭湯に詳しかったなど風変わりな逸話が多い人物だが、その死に様は壮絶であり、恭がチャンピオンとなると医師に止められていたにもかかわらず酒を飲み、血を吐くとその血で「恭、チャンピオン、万歳」と壁に書いて死んだという伝説がある。

関連項目編集

外部リンク編集