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ラゴス英語: Lagos [ˈlɑːɡoʊs, ˈleɪɡɒs])は、ナイジェリアの南西端のベニン湾岸に位置する同国最大の大都市・港湾都市で、ナイジェリアの旧首都エジプトの首都・カイロと共にアフリカ大陸では世界の有数のメガシティでもある。

ラゴス
Lagos
ラゴス(2010年)
ラゴス(2010年)
ラゴスの市旗 ラゴスの市章
大都市 大都市
愛称 : lag city, Lasgidi, Gidi
位置
ナイジェリアの地図の位置図
ナイジェリアの地図
位置
ラゴスの位置(ナイジェリア内)
ラゴス
ラゴス
ラゴス (ナイジェリア)
ラゴスの位置(アフリカ内)
ラゴス
ラゴス
ラゴス (アフリカ)
座標 : 北緯6度27分11秒 東経3度23分45秒 / 北緯6.45306度 東経3.39583度 / 6.45306; 3.39583
行政
ナイジェリアの旗 ナイジェリア
  ラゴス州
 大都市 ラゴス
地理
面積  
  大都市 1,171.28 km2
    陸上   999.6[1] km2
    水面   171.68 km2
  市街地 907 km2
  都市圏 2,706.7 km2
標高 34 m
人口
人口 (2006年国勢調査(暫定データ)現在)
  大都市 7,937,932[2]
    人口密度   7,941人/km2
その他
等時帯 西アフリカ時間 (UTC+1)
公式ウェブサイト : http://www.lagosstate.gov.ng/

概要編集

 
イコイ湾から見たラゴスのビジネス中心地区
 
ラゴスの市場

独立後の人口調査は2回だけだが(1972年1991年)、その人口の推計は1000万前後と思われ、アフリカ最大級の大都会である。2016年都市圏人口では1,283万人であり、世界第24位、アフリカではカイロに次ぐ第2位と推計されている[3]

2014年、アメリカのシンクタンクが公表したビジネス人材文化政治などを対象とした総合的な世界都市ランキングにおいて、世界第74位の都市と評価されており[4]アフリカ大陸の都市ではカイロヨハネスブルグナイロビケープタウンに次ぐ第5位であった。

世界でも最も拡大の勢いの強い都会のひとつであり、アフリカで2位、全世界で7番目に急速に成長する大都会である[5]。人口1億を超えるナイジェリア全土から多数の人たちがよりよい雇用や教育機会を求め集まってくる。人口増加率、人口密度、そして失業率犯罪の多さでもナイジェリア最大。

ラゴスは本土側と、ラゴス・ラグーン英語版潟湖)を取り囲むいくつかの島からなった近代的な都市である。「ラゴス」とは、ポルトガル語で「ラグーン」(潟湖)の意味である[6]。元々はラゴス・ラグーンに浮かぶ島にあった「エコ (Eko)」という名の小さな村だったが、この潟湖が大西洋に面した数少ない良港の一つであったことから、ヨーロッパ人、主にポルトガル人との黒人奴隷貿易などの取引の場となった。このベニン湾一帯を指して「奴隷海岸」と称したこともある。ラグーンの連なりがラゴスから、西のバダグリと東のオグン州に伸びている。また、名前はポルトガル南部にあり、約2千年の港町の歴史を誇る同名のラゴスに由来するという説もある。

ラゴスは1976年(実質的には1991年)にアブジャに首都が移るまでナイジェリアの首都だったが、現在でも経済的・文化的な中心都市である。また西アフリカを代表する大都市であり、英語が通じ教育水準の高い人材も多いため、多くの多国籍企業がナイジェリアを含む西アフリカの広い範囲をカバーする活動拠点をラゴスに置いている。

市内の中心部には多くの高層ビルが立ち並び、高速道路やバイパス道路等も整備されており、一見近代的な大都市といった様相を呈しているが、それらと同じようにして大規模なスラム街が雑然と広がっている。スラム街は埋立地など海岸部から水上生活者が暮らす沿岸海上にも広がっており、世界最大の海上スラム「マココ」を形成している。ラゴスに流入する移住者はナイジェリア国内だけでなく、近隣諸国からもやって来る[7](「地理」も参照)。

また、ラゴスは世界最悪の交通渋滞都市としても有名である。

2013年、安定性、医療、文化・環境、教育、インフラなどの項目を数値化した「住みやすい都市ランキング」では、全140都市中ワースト4位[8]

人口増加が著しく、2025年に1580万人、2050年に3263万人、2075年に5720万人、2100年の人口予測では8830万人を数える世界最大の超巨大都市となる予測が出ている[9]

歴史編集

 
ラゴスのオショディ・マーケット

ラゴスは元来「エコ(Eko、「キャッサバ畑」の意味)」という名だった。村はベニン王国から来た王族、アドによって建てられた。彼はバロ、アキンセモイン、エレル・クティの3人を生んだ。エコは王宮の建てられた場所だった。エコの南の部分に入植していた元からいた人々は「イサレ・エコ(エコの底)」と呼ばれていた。

エレル・クティは王オログン・クテレを生み、その弟ショクンは王宮の裏に「オニレ・グバレ(地主がお前の土地を一掃する)」という名の族長の邸宅を与えられた。王朝はこうして始まり、王の弟は独自の族長家を王宮の裏で始めた。

今日のラゴスは16世紀ポルトガル人によって建設され、1851年まで奴隷貿易の一大中心地となった。1807年イギリス奴隷制の禁止をかかげて西アフリカ沿岸の奴隷貿易港湾を襲い、ラゴスもその手に落ち、1861年公式にイギリス植民地として併合された[6]。今日のナイジェリアの残る部分は1886年に征服され、ヨルバ人やイボ人の地域を中心とするニジェール沿岸保護領とハウサ人を中心とする北部ナイジェリア保護領、そして直轄の植民地であったラゴスの3つの領が成立した。ラゴスは両保護領の外港として発展し、1898年には内陸部とラゴスを結ぶ鉄道も建設を開始し、1901年から一部運行を開始した。この鉄道は1912年には北部ナイジェリア保護領の中心都市・カノまで全通し、ラゴスが貿易港としてより一層発展する基盤となった。1900年にニジェール沿岸保護領が改組されて南部ナイジェリア保護領が成立するとその行政府もラゴスにおかれ、行政の中心としても発展を始めた。1906年には南部ナイジェリア保護領とラゴス直轄植民地が併合され、さらに南北ナイジェリアが1914年に一つの保護領として成立すると、ラゴスがその首都となった[10]。ラゴスはナイジェリア独立後の1960年代からビアフラ戦争に先立つ1970年代前半に掛け、石油生産を中心とした経済好況の結果、急速な発展を遂げ高層ビルが立ち並んだ。

1976年、対立しあう北部と南部の中間にあるアブジャにナイジェリアの首都が移転することになった。しかし、ほとんどの政府機関(特に国家の中枢)は、アブジャが十分に開発されていないとの理由でラゴスに残ることとなった。アブジャはアメリカ合衆国のワシントンD.C.ブラジルブラジリアのような人工的な首都であり、元から街のある通常の首都とは異なり荒地の上に新たに建設されたため、長い間街とはいえないような状態だったからである。1991年11月14日、国家の中枢とその他の政府機関がついに新しくできた首都に移り、行政機関とその関係者の大移動が起こった[11](多くの情報源では、1991年をラゴスが首都でなくなった年としているが、公式には1976年から首都ではなかった)。この変化は、ラゴスからいくらか権威と経済的な影響力を削ぐことになった。しかし、ラゴスが今でも国内最大の都市で経済の中心であるという重要性に変わりはない。

1980年代以降、クーデターが相次ぎ情勢は混乱し、政権は中央から地方まで腐敗したため、石油生産があるにも関わらずナイジェリア経済は苦しくなった。ラゴスの失業率も高まり、大企業に勤務し邸宅に住むエリートと粗末なスラムに住む人々との格差は大きい。また犯罪率やエイズ感染率も高く、ラゴスの治安はアフリカ最悪級とされ、バックパッカービジネスマンたちの間でも悪名高い。現在は経済再建の途にある状態であるが、拡大し続ける大都市ラゴスの混雑や貧困を解決する余裕はしばらくなさそうである。

地理編集

 
ラゴス市内地図
 
ラゴス大都市圏(ラゴス州と同一ではない)を構成する16のLGA(Local Government Areas、地方自治体)の図
ラゴス島
ラゴスの都心はラゴス・ラグーンに浮かぶラゴス島にある。元のエコ村のあった島の西側は植民地都市となり、現在は国立博物館や中央モスクキリスト教会[12]、商業施設や数多くのビルが立ち並ぶ。島の反対側である東側はメイン・マーケットがあるほか、貧困な住宅が密集する。この島にはIdumota市場やBalogun市場といった、市内で最も大きな卸売市場もある。ラゴス島はエコ橋、カーター橋、第三本土連絡橋の3本の橋で本土と結ばれているが渋滞が激しく交通はマヒ状態であり、新しい道路やラグーンを渡る橋の建設が計画されている。島の北西には18世紀に建設された王宮(オバ・パレス)が今も残っている。島の南西部は中央業務地区であり[13]、ラゴス首都時代の国会議事堂もここにたてられていた。
イコイ島
ラゴス島の東側に位置するが、この二つの島の間は今は埋め立てられている[14]。ヴィクトリア島とは小さな水路で隔てられており、5本以上の橋によって結ばれている。植民地時代のイギリス人達の邸宅地区で当時のコロニアル様式の建築物が並び、官庁、ホテル、学校、公園ゴルフ場、高級ショッピング街などが揃う、ナイジェリアのみならずアフリカでも有数の高級住宅地。
ヴィクトリア島
ラグーンの一番外側の海に面した島で、ラゴス島やイコイ島の南に接しており[11]橋で結ばれている。元はイコイ島同様の住宅街であり緑の多い島だが、ここ20年で大企業や銀行、多国籍企業の入る多数の超高層ビルが立ち並ぶ金融・ビジネスセンターとなった。繁華街でもあり、日本の領事館もある。近年渋滞がひどくなり露天商も多数出るようになった。またこの周辺のインターネットカフェなどがいわゆる「ナイジェリアの手紙詐欺の拠点となっている。
本土側
アパパ地区
ラゴス島の対岸の本土側にある、ラゴスの輸出入の拠点となる港湾地区。西アフリカ随一の大きなコンテナ埠頭があるが、もと国営だったものが民営化され、2005年オランダの船会社APモラー社に売却された。
エブテ・メタ
食品産業や学校などが盛ん。コロニアル様式の建築が並ぶ。
スルレレ
国立競技場や映画産業、音楽産業、夜明けまでにぎわう歓楽街のある華やかな商業地区。
ヤバ
ラゴス大学ほか、工業・医学などの数多くの大学がある文教地区。
イケジャ
ムルタラ・モハンマド国際空港がある、ナイジェリアの空の玄関。また、ライブハウスなども多い商業地区でもある。
マココ
ラグーンに面した、水上生活者の多い地区。

気候編集

ラゴスはナイジェリア南部の大部分と同じくサバナ気候に属している。ラゴスの雨季は2回あり、4月から7月の長く激しい雨季と、9月から10月にかけてのやや弱い雨季がある。8月は短い乾季に当たり、11月から3月までは長い乾季となる。月間降水量は5月から7月にかけては400mmを越え、8月から9月には200mmに落ち、最も降水量の少ない12月には25mmの降水量しかなくなる。乾季の最盛期である12月から2月上旬にかけては、サハラ砂漠から乾燥したハルマッタンと呼ばれる風が吹きつけ、この風がラゴスに乾燥をもたらす.[15]。ラゴスの観測史上の最高気温は37.3℃、最低気温は13.9℃である[16]

ラゴスの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 32.2
(90)
33.1
(91.6)
32.7
(90.9)
32.1
(89.8)
30.9
(87.6)
29.2
(84.6)
28.1
(82.6)
28.1
(82.6)
28.9
(84)
30.4
(86.7)
31.0
(87.8)
31.9
(89.4)
30.72
(87.3)
平均最低気温 °C (°F) 22.3
(72.1)
23.5
(74.3)
23.8
(74.8)
23.6
(74.5)
23.1
(73.6)
22.6
(72.7)
22.1
(71.8)
21.7
(71.1)
21.9
(71.4)
22.3
(72.1)
22.6
(72.7)
22.4
(72.3)
22.66
(72.78)
雨量 mm (inch) 14.3
(0.563)
42.0
(1.654)
77.1
(3.035)
142.4
(5.606)
204.8
(8.063)
312.2
(12.291)
256.9
(10.114)
112.4
(4.425)
167.1
(6.579)
135.8
(5.346)
54.0
(2.126)
19.0
(0.748)
1,538
(60.55)
平均降雨日数 1.5 2.7 6.4 8.9 12.4 16.2 13.2 11.6 12.7 10.9 4.9 1.4 102.8
平均月間日照時間 164.3 169.5 173.6 180.0 176.7 114.0 99.2 108.5 114.0 167.4 186.0 192.2 1,845.4
出典 1: World Meteorological Organization[17]
出典 2: Hong Kong Observatory (日照時間のみ)[18]

政治編集

ラゴスには市長や独自の議会がない。もっともこれはアフリカの多くの都市に共通する特徴でもある。1960年の独立時にはラゴス担当相が置かれ、ラゴス市議会が市政を担当していたのだが、1967年にラゴス市議会は廃止され、周辺の西部州の一部とともに新設されたラゴス州の一部として再編された。それ以降ラゴスの行政を司るのはラゴス州政府となっている。1976年までラゴス州州都はラゴス島にあったが、その後北部郊外のイケジャに移っている。

ラゴス州はラゴス市の範囲を超えた広い地区を管轄するが、特にラゴス市の行政に力を入れている。州政府は道路、交通、電力、上下水道、保健衛生、教育などを担当している。

ラゴス島の古いコロニアル様式の建物にはラゴス州最高裁が拠点を置いている[19]

ラゴス大都市圏の16地方行政区
地方行政区 面積[1]
(in km²)
人口[20]
(2006 Census)
人口密度
(inh. per km²)
アゲゲ英語版 (Agege) 11.2 459,939 41,071
アジェロミ=イフェロドゥン英語版 (Ajeromi-Ifelodun) 12.3 684,105 55,474
アリモショ英語版 (Alimosho) 185.2 1,277,714 6,899
アムウォ=オドフィン英語版 (Amuwo-Odofin) 134.6 318,166 2,364
アパパ英語版 (Apapa)
(ラゴス港主要地区)
26.7 217,362 8,153
エティ=オサ英語版 (Eti-Osa)
(イコイ島およびヴィクトリア島を含む高級住宅街、ビジネス地区)
192.3 287,785 1,496
イファコ=イジャイェ英語版 (Ifako-Ijaiye) 26.6 427,878 16,078
イケジャ (Ikeja) 46.2 313,196 6,785
コソフェ英語版 (Kosofe) 81.4 665,393 8,174
ラゴス島英語版 (Lagos Island)
(歴史的ラゴスであり、商業の中心地)
8.7 209,437 24,182
ラゴス本土英語版 (Lagos Mainland) 19.5 317,720 16,322
ムシン英語版 (Mushin) 17.5 633,009 36,213
オジョ英語版 (Ojo) 158.2 598,071 3,781
オショディ=イソロ英語版 (Oshodi-Isolo) 44.8 621,509 13,886
ソモル英語版 (Somolu) 11.6 402,673 34,862
スルレレ英語版 (Surulere) 23.0 503,975 21,912
ラゴス大都市圏 999.6 7,937,932 7,941
 
ラゴス大都市圏の16地方行政区の地図

経済編集

 
ラゴスの金融・ビジネスセンターであるヴィクトリア島

ラゴスはナイジェリアを代表する港湾である。ナイジェリア港湾局が運営するラゴス港は、ラゴス港地区、アパパ港地区、ティン・カン港地区の3つに分かれている。港には貨物鉄道も乗り入れている。

港湾は消費財、食料、自動車、機械、部品などを輸入している。輸出しているのは木材や、カカオナッツなどの農産品であるが、これら農林関係の商品は1970年代以降減少し、代わって原油の輸出量が増えており、特に1997年から2000年にかけて急増している[21]。石油と石油製品はナイジェリアのGDPの20%と外貨獲得の95%を担っている[22]

ラゴスはナイジェリアの商取引の中心でもある。また多くの国の銀行や金融機関が支店をラゴスにおいている。

ナイジェリアの工業生産の50%以上はラゴスの本土側の郊外にある。特にイケジャ地区は工場が多い。機械、輸送機械、電気製品、化学製品、ビール、加工食品、繊維などが生産されている。

観光編集

本土側が主要な住宅地区であり、地元のアフリカン・ポップ・ミュージックの演奏などを中心とした歓楽地区でもある。特にヤバとスルレレが有名である。またこれらの地区はナイジェリア国立競技場、大学の数々、北部へ向かう鉄道駅もある。

ラゴスの主要な観光地は全てラゴス島側にある。モスク、キリスト教会、独特の造形感覚で知られるナイジェリア諸民族の彫刻を数多く収蔵するラゴス国立博物館、ナイジェリア国立劇場、戦争記念碑のあるタファワ・スクエア、超高層ビルのインディペンデンス・ハウス(1963年建設)、バログン・マーケットなど多くの市場、ブラジリアン・クオーターなどが代表的な観光地である。

ビーチ・リゾートもラゴス周辺にいくつかある。また、ラゴスは国際空港と国内空港の二つがある。ただし市内の治安はヨハネスブルグナイロビと並ぶ悪さなので、特に夜間は十分注意すべきである。

交通編集

 
イコイ島のインターチェンジ「ゴールデンプラザ」、左はヴィクトリア島へつながるファロモ橋

フェリー高速道路が都市の各部分をつなぐ。しかし、市内交通は混雑して機能していない。無数のバス、タクシー、自家用車、トラック、そして歩行者が幹線道路という道路を埋め尽くし、交差点やバスターミナルは末期的な症状を呈している。

理由は独立した島々からなる地形、爆発的な人口増加、これほどの人口を想定していなかった都市計画(ラゴスは人口300万人のケープタウン並の交通整備しかなされていない)、陥没しているなど整備の悪い道と、交通マナーの悪さなどである。

鉄道に関しては、1901年に運行を開始し、かつては南部のポートハーコートなど各都市からの列車が発着する中央駅が機能していたが、2000年代以前にインフラが維持できず荒廃。辛うじて北部のカノ行きの列車が運行されていたが2003年頃から2012年12月までは不通となっていた[23]。また、ラゴス近郊のイフォからラゴス間では交通事情改善のためラッシュ時のみ旅客輸送を行っている[24]2006年からは中華人民共和国イタリアの企業体により、改軌を中心とした近代化計画が動き始めたが、完成するのは数十年先のことである。

空運に関しては、市の北部のイケジャにムルタラ・モハンマド国際空港があり、ナイジェリアの空運の中心となっている。ムルタラ・モハンマド国際空港からはヨーロッパやアフリカ各地への便が出発するほか、エア・ナイジェリアアリクエアなど国内航空各社のハブ空港となっている。

ラゴス港はナイジェリア最大の港であり、1990年代にはナイジェリア全国の貨物取扱量のうち75%がこの港で扱われた[25]。21世紀に入っても、ラゴス港はナイジェリアの大半の貨物を取り扱っている。

都市鉄道としてラゴス都市鉄道が建設中であり2022年に完成予定。最終的には7つの路線が完成する計画である。

言語編集

公用語は英語である。また、ラゴスは元々、伝統的なヨルバランド内に位置しているため、住民はヨルバ人が最も多く、ヨルバ語も広く話されている[25]

教育編集

ラゴスの公立学校はラゴス州政府によって運営されている[26]。教育システムは、他の多くの西アフリカ諸国経済共同体加盟国と同じように6-3-3-4制である。学校は、小学校(プライマリースクール)、中学校(ジュニア・セカンダリー・スクール、JSS)、高校(シニア・セカンダリー・スクール、SSS)、および大学の4段階に分かれている。

ラゴスにおける近代教育の歴史は1861年のイギリス直轄領化以前にまで遡ることができる。1859年にはヨルバランド初のグラマースクールであるラゴス・グラマースクールが開校し、1870年代から1880年代にかけてはキリスト教諸宗派によるグラマースクールが相次いで設立された。1909年にはナイジェリア初の公立中等教育機関であるキングズ・スクールがラゴスに開校したが、その後ナイジェリア全体においても公立中等教育機関は1926年まで1校も開かれず、ミッションスクールがラゴスの教育の中心を占める状況が続いた[27]。その後、徐々に公的教育は拡大していった。独立後の1962年にはラゴス大学英語版が設立された。現在ラゴス大学はラゴス本土区にメインキャンパスを置き、イバダン大学やヌスカ大学、ザリア大学、イフェ大学、ベニン大学とならぶナイジェリアでもっとも古い大学の一つとして、高い評価を受けている[28]。ラゴス大学は35000人以上の学生と4000人の職員を抱え、13の学部を持っている.[29]。そのほかにも、1984年に設立されたラゴス州立大学など多くの大学が存在している。

文化編集

ラゴスは音楽ファッション映画などアフリカ有数の大衆文化の中心地である。また古代以来様々な文明のブロンズなどの彫刻は独特の造形感覚で知られており、20世紀美術に与えた影響も大きい。音楽、舞踊、現代美術など、伝統文化・現代文化でもアフリカの中心の一つである。

音楽編集

ポップ・ミュージックでは、ハイライフなどアメリカや中南米の影響が強い音楽が盛んだが、1970年代以降アメリカの最新のブラック・ミュージックとナイジェリアの各部族の音楽などを融合させた、非常に政治的メッセージの強いアフロ・ビートアフロ・ファンクなど独自のポップスが広がった。フェラ・クティキング・サニー・アデらは世界に影響を与えたミュージシャンである。現在はこれらに加え、ヒップホップが流行しているほか、フジ、ジュジュといった独自のポップスも盛んである[30]

ファッション編集

ファッションでは男女ともゆったりとした衣服に、帽子またはスカーフの伝統的な衣装が主流だが、これにもイスラムや西洋の衣服の影響が大きい。特に女性の衣装の刺繍や染織、プリント布などの装飾性やカラフルさは印象的であり、様々なデザインがラゴスで開発されている。布を自力で大量生産するほどの強力な繊維産業は少なく、布地は近隣諸国やインド・中国からの輸入に頼る面が大きい。

映画編集

映画製作では、ラゴスは「ノリウッド英語版」(ナイジェリアとハリウッドの合成語)と呼ばれアフリカの映画製作中心地となっている。特にビデオテープやビデオCD、DVDといった形態でナイジェリア映画は流通している。これらの映画は主に市内のFestac地区で撮影されている[31]。ノリウッド映画は映画用のフィルムでなくデジタルカメラを使って安く簡単に作られるのが特徴であり、製作本数ではハリウッドを抜いて、インドのムンバイ(ボリウッドと呼ばれ、インドの映画製作の中心地である)に次ぐ世界第2位の製作本数を誇る。他のアフリカ諸国で映画製作が衰退していく中、ラゴスの映画製作はなお拡大傾向にある[32]

スポーツ編集

ラゴスで最も人気のあるスポーツはサッカーであり、ブリッジ・ボーイズFCやファースト・バンクFCなどいくつかのプロサッカークラブが存在する。ブリッジ・ボーイズFCのようにナイジェリア・プレミアリーグでの優勝経験のあるチームもあるが、しかしどのチームも近年はふるわず、ナイジェリア・プレミアリーグ(一部リーグ)に2012年現在ラゴスのチームは1チームもおらず、二部リーグに数チームが所属している状態である。郊外のスルレレ区には55000人収容のラゴス国立競技場があり、かつてはサッカーナイジェリア代表チーム(スーパーイーグルス)のホームグラウンドとして使用され、1999 FIFAワールドユース選手権アフリカネイションズカップ2000など数々の国際試合が行われてきた。しかし首都がアブジャに移転するとともにスーパーイーグルスの本拠も2003年開業のアブジャ・スタジアムへと移転し、老朽化したラゴス国立競技場では2004年を最後に試合が行われなくなり[33]、現在は荒廃した状態となっている。これに代わるラゴスのメインスタジアムとして2007年にラゴス国立競技場の近くに24,325人収容のテスリム・バログン・スタジアムが開業し、ファースト・バンクFCの本拠として使用され、2009年にナイジェリアで開催された2009 FIFA U-17ワールドカップのラゴス会場としても使用された。

姉妹都市編集

脚注編集

  1. ^ a b 以下の16のLGA(地方行政区)からなるラゴス大都市圏の総計(Agege, Ajeromi-Ifelodun, Alimosho, Amuwo-Odofin, Apapa, Eti-Osa, Ifako-Ijaiye, Ikeja, Kosofe, Lagos Island, Lagos Mainland, Mushin, Ojo, Oshodi-Isolo, Shomolu, Surulere):
    The Nigeria Congress. “Administrative Levels - Lagos State”. 2005年12月25日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2007年6月29日閲覧。
  2. ^ 以下の16のLGA(地方行政区)からなるラゴス大都市圏の総計(Agege, Ajeromi-Ifelodun, Alimosho, Amuwo-Odofin, Apapa, Eti-Osa, Ifako-Ijaiye, Ikeja, Kosofe, Lagos Island, Lagos Mainland, Mushin, Ojo, Oshodi-Isolo, Shomolu, Surulere) as per:
    2006 Population Census (PDF)”. National Bureau of Statistics of Nigeria (2007年5月). 2010年9月14日閲覧。
  3. ^ 世界の都市圏人口の順位(2016年4月更新) Demographia 2016年10月29日閲覧。
  4. ^ 2014 Global Cities Index and Emerging Cities Outlook (2014年4月公表)
  5. ^ World's fastest growing cities and urban areas from 2006 to 2020, by CityMayors.com
  6. ^ a b 『新訂増補アフリカを知る事典』、平凡社、1991年9月1日新訂増補第1刷 p.424
  7. ^ 【アフリカはいま TICAD7】人口増 流入やまぬ海上スラム朝日新聞』朝刊2019年8月11日(1面)2019年8月14日閲覧。
  8. ^ “世界一住みやすい都市は3年連続でメルボルン、最下位はダマスカス”. ロイター (ロイター通信社). (2013年8月29日). http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPTYE97S00G20130829?pageNumber=1&virtualBrandChannel=0 2014年2月9日閲覧。 
  9. ^ Hoornweg, Daniel; Pope, Kevin (January 2014). “Population predictions of the 101 largest cities in the 21st century”. Global Cities Institute (Working Paper No. 4). http://media.wix.com/ugd/672989_62cfa13ec4ba47788f78ad660489a2fa.pdf. 
  10. ^ 『世界の地理17 西・中央・東アフリカ』p2420 千葉立也訳 田辺裕監修 朝倉書店 1996年9月25日初版第1刷
  11. ^ a b 2008 All Africa Media Research Conference   PPT”. Pan African Media Research Organisation. p. 8. 2012年4月4日閲覧。[リンク切れ]
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関連項目編集

外部リンク編集

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新聞

教育

その他