ラジニカーント(Rajinikanth、1950年12月12日[1] - )は、インドタミル語映画で活動する俳優映画プロデューサー脚本家。俳優としてタミル・ナードゥ州映画賞 最優秀主演男優賞英語版フィルムフェア賞 最優秀タミル語主演男優賞英語版を含む多くの映画賞を受賞しており、インド共和国政府英語版からはパドマ・ブーシャン勲章英語版パドマ・ヴィブーシャン勲章英語版を授与されている。タミル語映画におけるラジニカーントの人気は絶大であり、1995年に出演した『バーシャ! 踊る夕陽のビッグボス英語版』の記録的ヒット以降、彼はタミル・ナードゥ州で「神のような」地位を確立した[2]

ラジニカーント
Rajinikanth
Rajinikanth
ラジニカーント(2018年)
本名 Shivaji Rao Gaekwad
別名義 Rajni、Rajini
生年月日 (1950-12-12) 1950年12月12日(69歳)
出生地 インドの旗 インド マイソール州バンガロール
(現カルナータカ州
職業 俳優
活動期間 1975年-
配偶者 ラタ・ラジニカーント英語版(1981年-)
著名な家族 アイシュワリヤー・ダヌーシュ(長女)
サウンダリヤー・ラジニカーント(次女)
テンプレートを表示

生い立ち編集

 
ラジニカーント

1950年12月12日、ラジニカーントはバンガロールマラーター家庭に生まれた[3][1][4]。彼はマラーター王国の君主シヴァージーにちなんで「シヴァージー・ラーオ・ガエクワード (Shivaji Rao Gaekwad)」と名付けられ、家庭内ではマラーティー語、家庭外ではカンナダ語話者として成長した[3]。母は主婦[脚注 1]、父ラモジ・ラオ・ガエクワードは警察官(巡査)だった[1]。祖先はマハーラーシュトラ州プネーマヴァディ・カデパタル英語版出身である[6][7]。ラジニカーントは4人兄弟の末子で、兄が2人(サティヤナラヤナ・ラオ、ナゲシュワラ・ラオ)、姉が1人(アシュワート・バールバーイー)いる[8][3]。1956年に父が警察を退職し、ガエクワード家はバンガロールのハヌマーンダ・ナガルに転居した[3]。ラジニカーントは9歳の時に母と死別しており[9]、成長後は家族を養うために苦力として働いた[10]

ラジニカーントはバンガロールのガヴィプラーム公立カンナダ・モデル・プライマリースクールで教育を受けた[11]。子供時代の彼はクリケット、フットボール、バスケットボールに興味を持つ「勉強好きでヤンチャな子供」だった。同時期に兄に勧められラーマクリシュナ・ミッションの関連組織であるラーマクリシュナ僧院に通うことになった。僧院ではヴェーダや伝統、歴史を学び、彼はそこでスピリチュアリティを身に付けた[12]。スピリチュアリティの訓練を受けると同時に、ラジニカーントは僧院の舞台演劇に参加するようになった。彼の演技への情熱は僧院での舞台演劇を通して高まり、『マハーバーラタ』でエカラヴィヤ英語版の友人役を演じた際にはカンナダ詩人D・R・ベンドレ英語版から演技を絶賛された[3]。プライマリースクール卒業後はアーチャールヤ・パダサラ公立学校英語版に進学し[12]、在学中は演劇を中心に活動していた。

公立学校卒業後は大工などの仕事を転々とした後[10]バンガロール大都市圏交通公社英語版に就職してバスの車掌となった[13]。カンナダ語劇作家トピ・ムニアッパは執筆した神話演劇のキャストにラジニカーントを勧誘し、それをきっかけにラジニカーントは演劇活動を続けることになった。後にMGR公立映画テレビ訓練学院英語版の演技コースに入学して演技を学んでいる[14]。ラジニカーントの家族は入学を全面的に支持していなかったが[14]、彼の友人・同僚であるラージ・バハドゥールは演技を学ぶことを勧め、彼を資金面で援助した[15][16]。彼は在学中にタミル語映画の監督K・バーラチャンダル英語版に才能を認められ[17]、バーラチャンダルはラジニカーントに対してタミル語を学ぶように助言している[18]

キャリア編集

1975年 - 1977年編集

ラジニカーントは、私が彼にとっての学校だったと主張しています。しかし、これは私が引き込んだラジニカーントではないことを認めざるを得ません。彼は彼自身の持つ優秀さと長所によって進化したのです。私は彼にチャンスを与え、世界に彼の存在を示したのです。彼は世界に旅立ち、そして征服したのです。
—ラジニカーントについて語るK・バーラチャンダル[19]

1975年にK・バーラチャンダルの『世にも奇妙なラーガ英語版』で俳優デビューした[20]。ラジニカーントは同作でシュリヴィディヤ英語版演じるバイラヴィの暴力的な夫パンディヤン役を演じた[20][21][22]。この映画は年齢差の大きい夫婦を題材としたため、公開後には物議を醸すことが想定されていた[23]。しかし、公開後は批評家から絶賛され、第23回ナショナル・フィルム・アワード英語版最優秀タミル語長編映画賞英語版を含む3つの賞を受賞した[24]ザ・ヒンドゥー英語版はラジニカーントについて、「新人ラジニカーントは凛々しく、そして印象的です」と批評している[25]

1976年にはプッタナ・カナガル英語版の『Katha Sangama』に出演した[26]。ラジニカーントは映画のラストシークエンスに登場し、夫の不在時に盲目の妻を強姦する村の悪党役を演じている[27]。同年2月にK・バーラチャンダルはテルグ語映画Anthuleni Katha』でラジニカーントを主要キャストに起用した[27]。タミル語映画で初めて主要キャストに起用されたのは、同年10月の『Moondru Mudichu』だった[28]。同作での「投げたタバコを口でキャッチする」パフォーマンスは観客の間で人気を博した[29]。同年12月には『Baalu Jenu』でヒロインを悩ます悪党ヴァース役を演じ[27]、K・バーラチャンダルの『Avargal』やバーラティラージャ英語版の『16 Vayathinile』でも同様の役柄を演じている[30][27][31]。1977年にテルグ語映画『Chilakamma Cheppindi』で初めて主演を務め[32][33]、同年9月にはS・P・ムトゥラーマン英語版の『Bhuvana Oru Kelvi Kuri』で主要キャストを務めた[34]。同作の成功により、ラジニカーントは1990年代までに24本のムトゥラーマン監督作品に出演している[34]。この時期に出演した映画では、ラジニカーントは主に助演、悪役を演じた[28]。『Gaayathri』ではポルノ写真家役、『Galate Samsara』ではキャバレーダンサーと関係を持つ既婚男性役を演じている[35]。彼は1977年に合計15本の映画に出演した[36]

1978年 - 1980年編集

ラジニカーント(左)
『Raja Chinna Roja』撮影時のラジニカーント

1978年には合計20本のタミル語映画、テルグ語映画、カンナダ語映画に出演した[37][38]。1978年2月に出演した『Shankar Salim Simon』ではヴィジャヤクマール英語版ジャイ・ガネーシュ英語版と共に主要キャストを務めた。同年3月には『Kiladi Kittu』でヴィシュヌヴァルダンと共演し、『Annadammula Savaal』では2度目の主演を務め、クリシュナと共演している。1978年に『Aayiram Jenmangal』では主要キャストを務め、『Maathu Tappada Maga』では悪役を演じた。同年6月にM・バースカル英語版の『Bairavi』で初めて単独の主人公を務め[39][40]、同作に出演以後ラジニカーントは「スーパースター (Superstar)」と呼ばれるようになった[40]。また、配給者のカライプリ・S・タヌ英語版は宣伝のために高さ11メートルのラジニカーントの看板を作成している[41]。同月にはC・V・スリンダール英語版の『Ilamai Oonjal Aadukirathu』にも出演し、カマル・ハーサン英語版演じる主人公への友情のために犠牲となる親友役を演じた。同作が興行的な成功を収めたため、C・V・スリンダールは同作をリメイクしたテルグ語映画『Vayasu Pilichindi』を製作し、ラジニカーントは引き続き同じ役を演じている。同年7月に出演した『Vanakkatukuriya Kathaliye』では初めてラジニカーントの出演を知らせる紹介曲が作られ、これ以降の出演作にも同様の紹介曲が挿入されるようになった[40]。同年8月に出演した『Mullum Malarum』では高い評価を受けた[42]。同作はJ・マヘンドラン英語版であり、同名小説を脚色した映画である[40]。同作はタミル・ナードゥ州映画賞 最優秀作品賞英語版フィルムフェア賞 最優秀タミル語作品賞英語版を受賞し、ラジニカーントもタミル・ナードゥ州映画賞 審査員特別賞英語版を受賞している[40]。1979年4月に『千夜一夜物語』を題材にしたI・V・サシ英語版の『Allauddinum Albhutha Vilakkum』に出演し、マラヤーラム語映画デビューした。同年6月には『Dharma Yuddham』に出演し、両親の死を復讐しようとする精神障害者を演じた。同年9月に『Tiger』でN・T・ラーマ・ラオと共演している。ラジニカーントは4年間で4言語の映画に50本出演し、この時期の代表作には『Ninaithale Inikkum』『Priya』『Annai Oru Aalayam』などがある。この中で『Priya』はラジニカーントがインド国外(東南アジア)で撮影した最初の映画だった[40]

ラジニカーントは「ヒンディー語映画のスター俳優アミターブ・バッチャンからインスピレーションを得ている」と語っており[43]、次第にアミターブ・バッチャン主演作をリメイクしたタミル語映画に出演し始めた[44]。これに該当する映画には『Shankar Salim Simon』(『Amar Akbar Anthony』のリメイク)、『Naan Vazhavaippen』(『Majboor』のリメイク)が挙げられ[45]、これらのリメイク映画でラジニカーントはバッチャンに相当する役柄を演じるようになった[44]。ラジニカーントは11本のリメイク映画に出演し[46]、『Amar Akbar Anthony』をリメイクしたテルグ語映画『Ram Robert Rahim』ではシュリデヴィと共演している[45]。この中で最も大きな成功を収めたのは、サリーム=ジャーヴェード英語版が手掛けた『Billa』『Thee』『Mr. Bharath』だった[46]。この時期にラジニカーントは俳優業を引退しようと考えていたが、バッチャン主演作『ドン英語版』のリメイク映画『Billa』への出演をきっかけに引退を撤回した[47]。同作では一人二役を演じ、興行的な成功を収めた。彼は『Johnny』でも一人二役を演じ、『Murattu Kaalai』では興行的な成功を収めた[34]。『Billa』の成功はラジニカーントのキャリアにとって大きな転機となり、彼を「終わった俳優」と批評してヒーロー路線に進んだことに対する批判の声を一蹴した[47]。また、同作はラジニカーントをカマル・ハーサンの存在を追い抜き、南インド映画のスター俳優の地位に押し上げた[48]

1981年 - 1989年編集

ラジニカーントとカマル・ハーサン
ラジニカーントとアミターブ・バッチャン

1981年に『Garjanai』に出演し、同年8月にはK・バーラチャンダルの初プロデュース作品『Netrikkan』で主演(一人二役)を務めた。また、K・バーラチャンダルの『Thillu Mullu』で初めて長編コメディ映画に出演した[34]。同作でラジニカーントはK・バーラチャンダルの助言を受け入れ、従来の商業映画的ヒーロー像からの脱却を図った[49]。同年1月にはバッチャン主演作『Deewaar』のリメイク映画『Thee』で主演を務めている[50]。1982年には『Pokkiri Raja』『Moondru Mugam』『Thanikattu Raja』『Puthukavithai』『Enkeyo Ketta Kural』に出演し、『Moondru Mugam』では初めて一人三役を演じている[51]。1983年までに、ラジニカーントは南インド映画を代表する人気俳優となった[52]。この年に彼は『Andha Kanoon』でボリウッドデビューし、アミターブ・バッチャン、ヘマ・マリニ英語版と共演した。同作は1983年公開のインド映画で最も高い収益を上げた映画の一つとなった[53]。1984年にはS・P・ムトゥラーマンの『Naan Mahaan Alla』に出演し、『Anbulla Rajinikanth』では初めてカメオ出演した[54]。『John Jani Janardhan』では一人三役を演じ、『Nallavanukku Nallavan』ではフィルムフェア賞 最優秀タミル語主演男優賞英語版を受賞している[55]。1985年に通算100本目の出演作『Sri Raghavendrar』でラガヴェンドラ・ティルタ英語版役を演じた[56]

ラジニカーントが出演したボリウッド映画の中で最も大きな成功を収めたのは、通算101本目の出演作『Bewafai』だった。同作では悪役を演じ、興行収入1億1,950万ルピーを記録した[57]。1980年代後半には『Naan Sigappu Manithan』『Padikkadavan』『Mr. Bharath』『Velaikkaran』『Guru Sishyan』『Dharmathin Thalaivan』などのヒット作に出演した。1988年にはドワイト・H・リトルの『インディアナ・アドベンチャー/ブラッドストーンの謎英語版』でタクシードライバー役を演じ、ハリウッドデビューした[58][59]。この他には『Rajadhi Raja』『Siva』『Raja Chinna Roja』『Mappillai』に出演した。『Raja Chinna Roja』は実写とアニメーションを融合した最初のインド映画である[60][61]

1990年 - 2001年編集

 
『Kochadaiiyaan』プレミア上映に出席するラジニカーント

1990年1月に『Panakkaran』(バッチャン主演作『Laawaris』のリメイク映画)に出演し、同作はブロックバスターを記録した。続けて出演した『Athisaya Piravi』(チランジーヴィ主演作『Yamudiki Mogudu』のリメイク映画)、『ダルマドゥライ 踊る!鋼の男』も興行的な成功を収めた。1991年には『タイガー・炎の3兄弟』でバッチャンと2度目の共演を果たし、同作への出演は『バーシャ! 踊る夕陽のビッグボス英語版』を製作するきっかけを与えた[62]。同年11月には『マハーバーラタ』を題材としたマニ・ラトナム英語版の『ダラパティ 踊るゴッドファーザー』で主演を務めた[63][64]。同作ではマンムーティ英語版と共演してカルナドゥルヨーダナに基づいたキャラクターを演じ[63]、批評家から高い評価を得た[56]。この時期にはヒンディー語映画、テルグ語映画のリメイク映画に多く出演し、1992年には『Annaamalai』(『Khudgarz』のリメイク映画)に出演した。同年1月に『Mannan』(ラージクマール英語版主演作『Anuraga Aralithu』のリメイク映画)に出演し、興行的な成功を収めた。1993年の『Valli』では初めて脚本を手掛け、プロデューサーを兼務した他にカメオ出演している。同年には『ヤジャマン』では村長役を演じ、1994年に出演した『ヴィーラ 踊るONE MORE NIGHT!』は結末が賛否両論となったものの興行的な成功を収めた[65]

1995年にはスレーシュ・クリシュナ英語版の『バーシャ! 踊る夕陽のビッグボス』に出演し[66]、同作の記録的ヒットと批評家からの絶賛によりラジニカーントは大衆にとってスター俳優から「半神」に近い崇拝の対象へと変わった[67]。また、『Pedarayudu』(『Nattamai』のリメイク映画)では友人モハン・バーブ英語版のためにリメイク権を取得するため協力し、同作にも友情出演している。同年8月には『Aatank Hi Aatank』でアーミル・カーンと共演した。同年10月にK・S・ラヴィクマール英語版の『ムトゥ 踊るマハラジャ』(モハンラル主演作『Thenmavin Kombath』のリメイク映画)で主演を務め、同作は日本で半世紀振りに公開されたインド映画となった[68]。同作は日本で4億円の興行収入を記録し、ラジニカーントの大規模なファン層が形成された[69]。この人気はニューズウィークでも取り上げられ、「ラジニカーントはレオナルド・ディカプリオに代わり、流行りの人気俳優となった」と報じている[70]。2006年12月14日にインド首相マンモハン・シン日本の国会で行った演説の中で、『ムトゥ 踊るマハラジャ』が日本人の間で人気を得ていることを引き合いに日印関係の良好さについて言及している[71]。同年12月には『Bhagya Debata』でベンガル語映画デビューし、1997年には『アルナーチャラム 踊るスーパースター』で興行的な成功を収めた。1999年に『パダヤッパ いつでも俺はマジだぜ!!英語版』でラムヤ・クリシュナサウンダリヤー英語版と共演してブロックバスターを記録した。

2002年 - 2010年編集

第45回インド国際映画祭開会式に出席するラジニカーントとアミターブ・バッチャン
『ロボット』撮影時のラジニカーントとアイシュワリヤー・ラーイ

2002年にスレーシュ・クリシュナの『Baba』に主演・プロデューサー・脚本として参加した[72]。同作は街のギャングだった主人公が聖者マハー・アヴァター・ババジの生まれ変わりであることが判明し、腐敗した政治家と戦う物語となっている[72]。しかし、大規模な宣伝が行われたにも関わらず観客の反応は芳しくなく、配給業者は大きな損失を被ったため、ラジニカーントが損失分を弁償した[73][74]。批評家からは「薔薇は盛りを過ぎた」「金はもう光らない」と批評された[75]労働者党英語版の党首S・ラーマダス英語版はラジニカーントが劇中でビディを吸っていた点について、「喫煙と飲酒を称賛することでタミル人の若者を台無しにした」と批判している。この結果、労働者党の支持者が上映館を襲撃した挙句、フィルムを奪い燃やす騒動が起きた[76]

2005年にP・ヴァース英語版の『チャンドラムキ 踊る!アメリカ帰りのゴーストバスター』(モハンラル主演『Manichitrathazhu』のリメイク映画)で主演を務めた。同作は興行的に大きな成功を収め、2007年にはタミル語映画最長上映記録を更新した[77]。また、トルコ語吹替版とドイツ語吹替版が製作され、それぞれの国で公開された[78]。同作の公開後、AVMプロダクション英語版シャンカールの次期監督映画にラジニカーントを起用した。この映画の製作には2年の歳月がかけられ、2007年に『ボス その男シヴァージ』として公開された。同作はイギリス南アフリカ共和国で興行収入ランキングのトップ10入りを果たした最初のタミル語映画になった[79][80]。また、同作は100カロール・クラブ入りを果たした最初のタミル語映画でもある[81]。ラジニカーントは出演料として2億6000万ルピー(2019年換算で6億3000万ルピー/890万ドル相当)を受け取り、ジャッキー・チェンに次ぐアジア人で2番目に出演料が高額な俳優となった[82][83][84]。同時期にラジニカーントの次女サウンダリヤー・ラジニカーントは、父を主演にしたCGアニメーション映画『Sultan: The Warrior』の製作を発表した。同作は2008年公開予定だったが[85][86]、企画は開発地獄英語版に陥り、その後製作状況が報じられることがなくなった[87]

2008年にP・ヴァースの『Kuselan』に出演した。同作ではタミル語映画のスター俳優役を演じており、キャラクターは彼の半生に基づいて描写されている[88]。しかし、同作は興行的に失敗し、配給業者は大きな損失を出した[89]。ラジニカーントは損失を補うため、『Kuselan』の配給会社ピラミッド・サイミラ英語版と再び協力すると明言した[90][91]。彼は『ロボット』で再びシャンカール監督映画の主演を務めた[92]。同作は2010年に公開され、当時最も製作費が高額なインド映画となり、当時のインド映画歴代興行成績第2位となった[93][94][95]。ラジニカーントは出演料として4億5000万ルピー(2019年換算で8億1000万ルピー/1100万ドル相当)を受け取っている[96]。『ロボット』の興行的成功により、インド経営大学院アーメダバード校英語版は映画ビジネスの現代映画産業研究コースで『ロボット』を『ムトゥ 踊るマハラジャ』と共にケーススタディーとして活用している[97]

2011年以降編集

第45回インド国際映画祭開会式に出席するラジニカーント
『Lingaa リンガー』撮影時のラジニカーントとP・プラバカラン英語版
『ロボット2.0』予告編公開イベントに出席するラジニカーント、アクシャイ・クマール、シャンカール

2011年1月、K・S・ラヴィクマールが監督、サウンダリヤー・ラジニカーントがプロデューサーを務める『Rana』に出演することが発表された[51]。ラジニカーントは撮影中の4月29日に嘔吐や脱水症状を含む軽度の食中毒を起こし[98]、セント・イザベル病院に搬送され治療を受けた[99]。翌日に退院したものの、5日後には呼吸困難と発熱のため再入院している[100]。ラジニカーントは気管支炎と診断されたため1週間入院することになり、そのうち数日間は集中治療室で治療を受けた[101]。この間、ラジニカーントの容態悪化説や退院日を巡る憶測が報じられた[102]。さらに退院の2日後には呼吸器と胃腸に不調をきたしたため、5月16日にシュリ・ラーマナンドラ医科大学英語版に入院した[103]。医科大学はラジニカーントの容態は安定しており、治療は良好な結果を出していると声明を発表した[102]。報道ではラジニカーントは腎臓移植したとされたが、娘婿のダヌーシュは報道を否定している[104]。5月21日にラジニカーントの長女アイシュワリヤー・ダヌーシュは父とのツーショット写真を公表し、父の健在をアピールした[105]。同時期に医科大学は許可を得ていない者の病院への来院を制限している[106]。ラジニカーントの兄サティヤナラヤナ・ラーオ・ガエクワードは、弟の病気は急激な減量と食事の変化によるストレス、アルコール離脱症候群、禁煙が原因だと主張した[107]。ラジニカーントはファンに向けた4分間の音声メッセージを公表した後、アミターブ・バッチャンからの助言を受けて家族と共にシンガポールマウントエリザベス病院英語版に向かい腎臓の治療を受けた[108][109]。彼は2週間以上入院した後、6月15日に退院してシンガポールで療養し、7月13日にチェンナイに帰郷した[110][111]

ラジニカーントの帰郷後に『Rana』の製作は中止されたものの、同年10月には『ラ・ワン英語版』でシャー・ルク・カーンカリーナ・カプール英語版と共演し、『ロボット』で演じたチッティ英語版役を再び演じた[112]。同年11月に『Kochadaiiyaan』への出演が発表され[113]、2014年に公開された同作はインド初のモーションキャプチャ・アニメーション映画として好意的な評価を得た[114]。ラジニカーントは『Kochadaiiyaan』と3D版『ボス その男シヴァージ』の公開により[115]、4形式の映画(白黒映画、カラー映画、3D映画、モーションキャプチャ映画)に出演した最初のインド俳優となった[116]。『Kochadaiiyaan』に続き、ラジニカーントはK・S・ラヴィクマールの『Lingaa リンガー』でアヌシュカ・シェッティソーナークシー・シンハーと共演した[117][118]。同作はラジニカーントの誕生日である2014年12月12日に公開され[119]、混合的な評価を受けた[120]。2016年7月にはパ・ランジット英語版の『帝王カバーリ英語版』に出演した[121]。同年8月にダヌーシュがプロデュースする『カーラ 黒い砦の闘い英語版』で主演を務めることが発表され、ダラビの再開発に対抗するギャング役を演じることになった[122]。同作は2018年6月に公開され、同年11月には『ロボット2.0』でアクシャイ・クマールエイミー・ジャクソンと共演した[123]。同作は『ロボット』の精神的続編であり、公開時点で最も製作費が高額なインド映画となった[124][125]。2019年にカールティク・スッバラージ英語版の『ペーッタ英語版』に出演し、ラジニカーントは従来のステレオタイプな演技スタイルに回帰したことで批評家から高い評価を得た。トレード・アナリストによると、2019年1月時点で『カーラ 黒い砦の闘い』『ロボット2.0』『ペーッタ』の合計収益は100億ルピーを超えると分析している[126]。2020年にはAR・ムルガダースの『Darbar』に出演している。

フィルモグラフィー編集

 
『Kochadaiiyaan』プレミア上映に出席するスバーシュ・ガイ英語版、ラジニカーント、アヌパム・カー

俳優以外の活動編集

政治編集

 
ラジニカーントとマンモハン・シン

ラジニカーントは「全インド・アンナー・ドラーヴィダ進歩党(AIADMK)が権力を回復すれば、神であってもタミル・ナードゥ州を救えない」と発言しており、ドラーヴィダ進歩党(DMK)とタミル州国民会議(TMC)の連合を支持し、州民と自分のファンに対して政党連合に投票するように呼びかけた。政党連合は1996年の州議会選挙で勝利し、彼は1996年インド総選挙でも政党連合への支持を表明している[127]。2004年にはインド人民党に投票する意思を表明したが、同年に実施される2004年インド総選挙では自分が前面に出て支援しないことを明言している[128]。同年の選挙ではインド人民党はタミル・ナードゥ州でのローク・サバーの議席を獲得することはできなかった[129]

2017年12月31日にラジニカーントは政界進出の意思と新党結成を表明し、2021年に実施されるタミル・ナードゥ州議会英語版選挙に全234選挙区から候補者を出馬させることを発表した。彼は政権を獲得した場合、3年以内に公約が実現できなかった時は議員辞職すると表明している[130]。複数の政治アナリストはラジニカーントについて「チャンスを逃した」と語っており、全盛期の1996年とは異なり、2019年時点で彼が政治に及ぼす影響力は限定的だと分析している[131][132][133]

社会問題編集

 
ナディガル・サンガム主催のカーヴィリ川共有問題への抗議運動英語版に参加するカマル・ハーサン、シャンカール、ラジニカーント

2002年にカルナータカ州政府英語版タミル・ナードゥ州へのカーヴィリ川の水の放出を止めた英語版ことに抗議するため1日間のハンガーストライキを行い、インドの河川を連結する計画に1000万ルピー寄付した[134]。ラジニカーントはインド首相アタル・ビハーリー・ヴァージペーイーや専門家と面会して計画への支持を表明した[135]。彼は同じく抗議運動を行っていたナディガル・サンガム英語版とは独立した行動をとっており、バーラティラージャから「映画業界を分断する行為であり、カルナータカ州政府と暗黙の了解を得ていた裏切り者」と糾弾された[136]

2008年にはホゲネカル滝水紛争英語版に関するカルナータカ州政府の対応に抗議するため、ナディガル・サンガムが主導したハンガーストライキに参加して州政府を批判するスピーチを行った[137]。このため、カルナータカ州でラジニカーント主演作『Kuselan』の上映が禁止される事態に発展した。この対立はラジニカーントがTV9カンナダ英語版に出演して謝罪することで和解し、上映禁止が解除された。彼は上映を許可したカルナータカ州政府に対して感謝のコメントを発表したが、これによりナディガル・サンガム会員のR・サラトクマール英語版サティヤラージラーダー・ラヴィ英語版から「謝罪はタミル人の恥辱であり、カンナダ人の心に何一つ響くものではなかった」と糾弾された[138]。2010年には政治の映画業界への過剰介入を批判したアジット・クマール英語版に賛同の意思を示したため、論争を巻き起こした[139]。2018年に発生したトゥーットゥックディ発砲事件英語版ではデモ隊に発砲した警察官を擁護する発言をしたため批判を浴びた[140][141][142][143]

フィランソロピー編集

Rajinikanth: The Definitive Biography』の著者ナーマン・ラーマチャンドランによると、ラジニカーントは自分が行った慈善活動を非公表にすることを希望したため、彼の活動内容の多くは不明となっている。公表されている事例として、1980年代にタミル・ナードゥ州で迷信によって献眼者が不当な扱いを受けた際にテレビや演説を通じて角膜移植キャンペーンを取り上げたことが挙げられる[144]。2011年にはアンナ・ハザレ英語版腐敗撲滅運動英語版への支持を表明し、運動の参加者のために彼が主有している結婚式場を無料で提供した[145][146]。ラジニカーントのファン協会は定期的に献血・献眼キャンペーンを実施し、彼の誕生日には食料配布も行っている[147]

評価編集

演技編集

 
ラジニカーント

ラジニカーントはインド映画史上最も偉大で人気のある俳優の一人として認識されており、同時に南インドで最も人気のある俳優とされている[52][148][149]。彼の人気の理由として「独自の対話スタイルと映画における個性、政治的声明と慈善活動」が挙げられている[150]。多くの人々は人気の最大の理由は、重力を感じさせないスタントとカリスマ的な表現に支えられた力強いスーパーヒーロー像にあると考えている[151]。大半の主演作には無比のスタイルで提供されるパンチラインが存在し、これらのパンチラインにはメッセージや悪役への警告の意味が込められている。一連の対話は新たな対話シーンに移るため、またはコミカルな演出として登場するが、エンターテインメントの感覚を失うことなく観客に提供される[152][153]。複数のメディアはガウタミ英語版ナヤンターラー英語版がキャリアの初期にラジニカーントと共演して人気女優になったことで、他の新人俳優が彼と共演することを熱望するようになったと指摘している[154][155]

ラジニカーントはタミル語映画で最も収入が多い俳優であり[156]、同時にインドで最も収入の多いエンターテイナーの一人でもある[157]。また、彼は後期中等教育中央審議会英語版シラバスで取り上げられた唯一のインド俳優でもある(授業項目名「バスの車掌からスーパースターへ」)[158]。2014年に初めてTwitterアカウントを取得した際には24時間以内に21万人のフォロワーを獲得した。エコノミック・タイムズ英語版によると、これは2014年当時のフォロワー数世界トップ10の人数だった[159]。2015年には第71回ヴェネツィア国際映画祭で彼のファンダムFor the Love of a Man』が上映された[160]

資産問題編集

ラジニカーントは1年間の収益をそれぞれ611万ルピー(2002年-2003年)、1700万ルピー(2003年-2004年)、339万ルピー(2004年-2005年)と申告していた。しかし、国税庁英語版は申告内容を不審に感じ、2005年にラジニカーントの自宅を家宅捜索した[161]。また、調査の中でラジニカーントが金融業を行っている疑惑が浮上し、彼は当初疑惑を否定したものの、最終的には利率18%で金融業を行っていることを認めた。後にラジニカーントは修正申告書を提出し、当初提出していた申告書の内容よりも多くの収入を得ていたことを認めた[162]。国税庁はラジニカーントの過少申告に対して、660万ルピーの罰金を科している[163][164]。ラジニカーントと弁護士は国税庁の決定に抗議し、2020年1月に罰金の支払いは撤回された[165]。また、ラジニカーントが金融業に関わっていたことが判明すると、タミル・ナードゥ州の高金利ローン問題に関連して批判を浴びた[163]

人物編集

女性関係編集

バスの車掌として働いていた時にニルマラという医学生と出会い、交際を始めた。ラジニカーントの出演した舞台演劇を観た彼女は演技を学ぶことを勧め、彼に知らせずにMGR公立映画テレビ訓練学院に入学申請書を送っている。ラジニカーントは映画学校に入学して俳優の道に進んだが、ニルマラとの関係はそこで終わってしまったという[166]

家族編集

ラジニカーントはエティラージ女子大学英語版の学生だったラタ・ランガチャーリー英語版と出会い[167][168]、1981年2月26日にティルパティ英語版で結婚式を挙げた[169]。夫妻の間には娘が2人(アイシュワリヤーサウンダリヤー)いる。

アイシュワリヤーは2004年11月18日に俳優のダヌーシュと結婚し、息子を2人もうけた[170][171]。サウンダリヤーはタミル語映画で監督、プロデューサー、グラフィックデザイナーとして活動している。彼女は2010年9月3日にアシュウィン・ラームクマールと結婚して息子を1人もうけた[172]。しかし、2016年9月に離婚申請中であることが報じられ[173]、2017年7月に離婚が成立した[174]。後に俳優・実業家のヴィシャガン・ヴァナンガムディと再婚し、2019年2月11日に結婚式を挙げている[175][176][177][178][179]

信仰編集

ヒンドゥー教心霊主義を信仰しており、スピリチュアリティを強く信じている[180]。また、ヨーガと瞑想の実践家でもある。ラジニカーントは主演作の公開前にはヒンドゥー教の著名な寺院を参詣しており、『ボス その男シヴァージ』の際にはヴェンカテーシュワラ寺院英語版、『Kuselan』公開前にはプラシャーンティ・ニラヤムを参詣した[181]。また、時折ヒマラヤ山脈に巡礼に行くことがある[182]

ラジニカーントは好きな精神的指導者としてラーマクリシュナサッチダーナンダ・サラスワティ英語版ラガヴェンドラ・ティルタ英語版マハー・アヴァター・ババジラマナ・マハルシの名前を挙げている[183][184][185][183]。また、彼はサッチダーナンダ・サラスワティを信仰しており、定期的に寺院を参詣している[186]

受賞歴編集

 
パドマ・ヴィブーシャン勲章を授与されるラジニカーント

1984年に『Nallavanukku Nallavan』で初めてフィルムフェア賞 最優秀タミル語主演男優賞英語版を受賞し[55]、『ボス その男シヴァージ』『ロボット』では同賞にノミネートされた。2014年時点でラジニカーントはタミル・ナードゥ州映画賞で6つの賞を受賞している[187][188]。また、演技及び脚本執筆の功績によりシネマ・エクスプレス・アワード英語版と映画ファン協会から多数の映画賞を受賞している[187]

彼はタミル・ナードゥ州政府英語版から1984年にカライママニ英語版、1989年にMGR賞を受賞している。1995年にはナディガル・サンガムからカライチェルヴァム賞を受賞している。インド共和国政府英語版からはパドマ・ブーシャン勲章英語版(2000年)、パドマ・ヴィブーシャン勲章英語版(2016年)を授与された[189][190]。2007年にニューデリー・テレビジョン英語版のインディアン・エンターテイナー・オブ・ザ・イヤーに選ばれ[191]マハーラーシュトラ州政府英語版からラージ・カプール賞を受賞している。2009年には第4回ヴィジャイ・アワード英語版シュヴァリエ・シヴァージ・ガネーシャン賞英語版を受賞し[192]アジアウィーク英語版の「南アジアで最も影響力のある人物」の一人に選ばれた[193][194]。2010年にフォーブス・インディア英語版の「最も影響力のあるインド人」に選ばれ[195]、ニューデリー・テレビジョンのエンターテイナー・オブ・ザ・ディケイド・アワードを受賞した[196]。2013年12月にニューデリー・テレビジョンの「世界の生きる偉大な伝説25人」の一人に選ばれ[197]、2014年には第45回インド国際映画祭英語版でインディアン・フィルム・パーソナリティ・オブ・ザ・イヤー[198][199]、2019年には第50回インド国際映画祭英語版でアイコン・オブ・グローバル・ジュビリー・アワードを受賞した[200]

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ ラジニカーントの母の名前について、ジャーナリストのナーマン・ラーマチャンドラン英語版は2012年に出版した伝記の中で「ラーマバーイー (Ramabai)」と表記している[1]。一方、ラジニカーントの子供時代の友人でジャーナリストのラーマチャンドラ・ラオは「ジージャバーイー (Jijabai)」と主張している[5]

出典編集

  1. ^ a b c d How Shivaji became Rajinikanth”. Rediff.com. 2014年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年10月4日閲覧。
  2. ^ Rajinikanth's journey from being a conductor to becoming demi-god”. The Indian Express (2014年5月23日). 2017年1月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月5日閲覧。
  3. ^ a b c d e Ramachandran 2012, chpt. Introduction.
  4. ^ Ruma Singh (2007年7月6日). “Even more acclaim will come his way”. The Times of India. オリジナルの2012年2月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120216163710/http://timesofindia.indiatimes.com/Cities/Bangalore/Even_more_acclaim_will_come_his_way/articleshow/2178985.cms 2011年4月20日閲覧。 
  5. ^ Tracing 'Kabali's' Rajinikanth & his link to Shivaji”. The Economic Times (2016年7月22日). 2017年4月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年4月11日閲覧。
  6. ^ “Rajinikanth invited for Saswad literary meeting”. Daily News and Analysis. (2013年12月31日). オリジナルの2014年1月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140123014805/http://www.dnaindia.com/pune/report-rajinikanth-invited-for-saswad-literary-meeting-1942995 2014年2月5日閲覧。 
  7. ^ “Rajini creates drinking water facility in his parents' memory”. The Hindu. (2009年4月28日). オリジナルの2017年6月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170602083354/http://www.thehindu.com/todays-paper/tp-national/tp-tamilnadu/Rajini-creates-drinking-water-facility-in-his-parentsrsquo-memory/article16624915.ece 2017年5月20日閲覧。 
  8. ^ Biographical article about Superstar Rajini Kanth”. www.tamilstar.com. Tamil Star Inc. 2014年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年10月4日閲覧。
  9. ^ S, Anandan (2013年1月6日). “Reel to real image, a tome”. The Hindu. オリジナルの2013年6月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130628032143/http://www.thehindu.com/todays-paper/tp-national/tp-kerala/reel-to-real-image-a-tome/article4278597.ece 2013年2月22日閲覧。 
  10. ^ a b 1. Struggle is a stepping stone”. Rediff.com (2012年12月12日). 2014年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月5日閲覧。
  11. ^ Rajini's friends to renovate primary school”. Sify (2010年12月13日). 2013年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月9日閲覧。
  12. ^ a b Ramachandran 2012, chpt. 1.
  13. ^ M. D, Riti (1999年12月22日). “You can see God in him at times”. Rediff.com. 2014年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月14日閲覧。
  14. ^ a b “திரைப்படக் கல்லூரியில் 2 ஆண்டு நடிப்பு பயிற்சி” (Tamil). Maalai Malar. (2009年2月2日). オリジナルの2014年2月6日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/20140206101403/http://cinema.maalaimalar.com/2009/02/02164256/Rajini05.html 2014年2月6日閲覧。 
  15. ^ K. V. Subramanya (2007年6月16日). “He drove Rajnikant to stardom”. The Hindu (Chennai, India). オリジナルの2010年11月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101107065743/http://www.hindu.com/2007/06/16/stories/2007061612510100.htm 2010年11月4日閲覧。 
  16. ^ Meet the bus driver Rajni worked with”. Rediff.com (2007年6月13日). 2014年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月9日閲覧。
  17. ^ Lakhe, Manisha (2010年9月27日). “Why Rajinikanth Rocks”. Forbes. 2015年3月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年4月9日閲覧。
  18. ^ N.S., Ramnath (2010年12月22日). “Rajinikanth: Who Really Is the Super Star?”. Forbes. 2015年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月22日閲覧。
  19. ^ Hindu 2012, p. 12.
  20. ^ a b Sathyalaya Ramakrishnan (2010年12月13日). “Super Star Rajnikanth turns 61: Fans celebrates enthusiastically”. Asian Tribune. オリジナルの2010年12月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101215013133/http://www.asiantribune.com/news/2010/12/12/super-star-rajnikanth-turns-61-fans-celebrates-enthusiastically 2011年6月18日閲覧。 
  21. ^ Ramachandran, Naman (2014年1月5日). “The other Rajinikanth”. The Pioneer. オリジナルの2015年4月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150418113701/http://www.dailypioneer.com/sunday-edition/agenda/150th-anniversary-issue/the-other-rajinikanth.html 2014年2月5日閲覧。 
  22. ^ C Raja Mohan (2010年12月12日). “Fans celebrate Rajinikanth's 61st birthday”. The Indian Express. オリジナルの2011年1月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110120060826/http://www.indianexpress.com/news/fans-celebrate-rajinikanths-61st-birthday/723665 2011年4月23日閲覧。 
  23. ^ “Experiments in Tamil cinema — Apoorva Raagangal (1975)”. The Times of India. オリジナルの2015年5月9日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150509033249/http://timesofindia.indiatimes.com/entertainment/tamil/movies/Experiments-in-Tamil-cinema/photostory/29651841.cms 2014年2月5日閲覧。 
  24. ^ 23rd National Film Awards”. Directorate of Film Festivals. 2011年5月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年4月23日閲覧。
  25. ^ Hindu 2012, p. 67.
  26. ^ “Blast from the past: Naagarahaavu- 1972”. The Hindu. (2008年10月18日). オリジナルの2012年11月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121110055318/http://hindu.com/thehindu/thscrip/print.pl?file=2008101851261100.htm&date=2008%2F10%2F18%2F&prd=mp& 2014年2月5日閲覧。 
  27. ^ a b c d Ramachandran 2012, chpt. 3.
  28. ^ a b Ramachandran 2012, chpt. 4.
  29. ^ Chamikutty, Preethi (2012年12月19日). “Mirinda advertisement: Can Asin match the charisma of Rajinikanth, Sridevi and Kamal Hassan”. The Economic Times. オリジナルの2013年10月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131005011059/http://articles.economictimes.indiatimes.com/2012-12-19/news/35912468_1_new-flavours-asin-rajinikanth 2014年2月7日閲覧。 
  30. ^ Malathi Rangarajan (2011年4月10日). “We will miss you, Sujatha”. The Hindu (Chennai, India). オリジナルの2011年8月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110810024423/http://www.hindu.com/cp/2011/04/10/stories/2011041050170800.htm 2011年4月23日閲覧。 
  31. ^ “Return of Rajinikanth”. The Hindustan Times. (2012年2月22日). オリジナルの2014年2月5日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/20140205182315/http://www.hindustantimes.com/StoryPage/Print/815331.aspx 2014年2月5日閲覧。 
  32. ^ Success has humble beginnings”. Rediff.com (2012年12月12日). 2013年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月24日閲覧。
  33. ^ Srinivasan, Meera (2010年9月4日). “Fusion of culture at celebrity wedding”. The Hindu. オリジナルの2011年10月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20111020140220/http://www.hindu.com/2010/09/04/stories/2010090464702000.htm 2013年2月22日閲覧。 
  34. ^ a b c d Rajitha (1999年12月22日). “Rajini acts in front of the camera, never behind it”. Rediff.com. 2017年1月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月14日閲覧。
  35. ^ Ramachandran 2012, chpt. 5.
  36. ^ Sreekanth 2008, p. 370.
  37. ^ Ramachandran 2012, chpt. 6.
  38. ^ Sreekanth 2008, pp. 369–370.
  39. ^ “40 years of Superstar Rajinikanth: His top movies”. India TV. (2015年8月19日). オリジナルの2015年7月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150703200749/http://www.indiatvnews.com/entertainment/bollywood/rajinikanth-top-films-19150.html 2020年7月22日閲覧。 
  40. ^ a b c d e f Ramachandran 2012, chap. 6.
  41. ^ “சூப்பர் ஸ்டார் பட்டம் எனக்கு வேண்டாம்!: ஏற்க மறுத்தார், ரஜினிகாந்த்!” (Tamil). Maalai Malar. (2012年10月28日). オリジナルの2013年3月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130318013621/http://cinema.maalaimalar.com/2012/10/28231007/I-do-not-want-the-title-Super.html 2014年2月12日閲覧。 
  42. ^ D. Karthikeyan (2009年12月13日). “A phenomenon called Rajnikanth”. The Hindu. オリジナルの2013年10月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131015162317/http://www.hindu.com/2009/12/13/stories/2009121356310700.htm 2013年2月22日閲覧。 
  43. ^ “Amitabh is my inspiration, says Rajini” (英語). The Hindu. (2010年8月15日). オリジナルの2018年5月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180516093145/http://www.thehindu.com/features/cinema/Amitabh-is-my-inspiration-says-Rajini/article16133086.ece 2017年11月24日閲覧。 
  44. ^ a b “Revisiting Prakash Mehra's Zanjeer: The film that made Amitabh Bachchan”. The Indian Express. (2017年6月20日). オリジナルの2017年12月1日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171201033352/http://indianexpress.com/article/entertainment/bollywood/revisiting-prakash-mehra-zanjeer-the-film-that-made-amitabh-bachchan-4714064/ 2017年11月24日閲覧。 
  45. ^ a b Jha, Lata (2016年7月18日). “10 Rajinikanth films that were remakes of Amitabh Bachchan starrers”. Mint. オリジナルの2016年7月19日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160719141109/http://www.livemint.com/Consumer/1zecmlLkbhchQlpXOOOsxN/10-Rajinikanth-films-that-were-remakes-of-Amitabh-Bachchan-s.html 2016年7月19日閲覧。 
  46. ^ a b “What do Amitabh Bachchan and Rajinikanth have in common?” (英語). Catch News. (2016年7月23日). オリジナルの2017年12月1日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171201033736/http://www.catchnews.com/bollywood-news/like-amitabh-bachchan-does-rajinikanth-owe-his-success-to-salim-khan-and-javed-akhtar-catch-flash-back-bollywood-news-1469260347.html 2017年11月29日閲覧。 
  47. ^ a b Girija Jinnaa (2007年6月15日). “'Yesterday I was a conductor, today I'm a star'”. The Indian Express. オリジナルの2007年6月17日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070617192827/http://www.expressindia.com/fullstory.php?newsid=88218 2011年1月4日閲覧。 
  48. ^ “Rajanikant: His name spells box-office magic in the south”. India Today. (1988年7月31日). http://indiatoday.intoday.in/story/rajanikant-his-name-spells-box-office-magic-in-the-south/1/329580.html 
  49. ^ “Return of Rajinikanth”. The Hindustan Times. (2012年2月22日). オリジナルの2014年2月10日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/20140210092421/http://www.hindustantimes.com/entertainment/regional/return-of-rajinikanth/article1-815331.aspx 2014年2月10日閲覧。 
  50. ^ 10 Rajinikanth films that were remakes of Amitabh Bachchan starrers” (2016年7月18日). 2016年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月25日閲覧。
  51. ^ a b Srinivasan, Meera (2011年1月29日). Raana Rajini's next venture”. The Hindu. オリジナルの2012年11月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121110010958/http://www.hindu.com/2011/01/29/stories/2011012959320200.htm 2013年2月24日閲覧。 
  52. ^ a b “The Rajini mystique”. The Hindu. (2011年7月2日). オリジナルの2014年12月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141225031116/http://www.thehindu.com/features/metroplus/society/article2153059.ece 2011年7月6日閲覧。 
  53. ^ Top Earners 1980–1989 (Figures in Ind Rs)”. Box Office India. 2013年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月22日閲覧。
  54. ^ “Only Rajini can”. The Economic Times. (2006年12月10日). オリジナルの2012年10月19日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121019075317/http://economictimes.indiatimes.com/articleshow/2220318.cms?prtpage=1 2011年2月21日閲覧。 
  55. ^ a b Collections. Update Video Publication. (1991). p. 394. オリジナルの3 December 2013時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131203223423/http://books.google.com/books?id=Q5UqAAAAYAAJ 
  56. ^ a b K. Hariharan (2010年10月24日). “Magazine : He's back”. The Hindu. オリジナルの2010年10月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101028131931/http://www.hindu.com/mag/2010/10/24/stories/2010102450020100.htm 2011年4月23日閲覧。 
  57. ^ PHOTOS: Rajinikanth's tryst with Bollywood: Hum, Andha Kanoon, Chaalbaaz | The Indian Express”. indianexpress (2014年5月23日). 2014年6月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月28日閲覧。
  58. ^ Ramachandran 2012, chap. The 1980s.
  59. ^ Weldon, Michael (1996). The Psychotronic Video Guide. Titan Books. p. 66. ISBN 978-1-85286-770-6. オリジナルの3 December 2013時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131203223429/http://books.google.com/books?id=HrsbAQAAIAAJ 2013年2月22日閲覧。 
  60. ^ Ramachandran 2012, p. 127.
  61. ^ S.R. Ashok Kumar (2004年5月14日). “Finger on people's pulse”. The Hindu. オリジナルの2015年2月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150221163631/http://www.thehindu.com/thehindu/fr/2004/05/14/stories/2004051401350100.htm 2011年4月28日閲覧。 
  62. ^ “It's India-Japan Friendship Year” (Tamil). The Hindu (Chennai, India). (2006年12月15日). オリジナルの2007年5月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070520065653/http://www.hindu.com/2006/12/15/stories/2006121506571400.htm 2007年4月20日閲覧。 
  63. ^ a b Looking at Mani Ratnam's landmark movies – Rediff.com Movies”. Rediff.com (2010年6月9日). 2014年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月30日閲覧。
  64. ^ “Tamil superstar Rajnikant turns 60, fans celebrate”. The Indian Express. (2009年12月12日). http://www.indianexpress.com/news/tamil-superstar-rajnikant-turns-60-fans-celebrate/553338/2 2011年4月23日閲覧。 
  65. ^ Megha Shenoy (2011年4月4日). “Inspiration for remakes”. The Deccan Herald. 2012年10月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月26日閲覧。
  66. ^ Working with Rajinikanth: Baasha director tells all”. Rediff.com (2012年12月12日). 2013年2月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月26日閲覧。
  67. ^ Pillai, Sreedhar (2009年2月17日). “Rajinikanth: Old is gold”. The Times of India. オリジナルの2016年1月14日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160114114139/http://timesofindia.indiatimes.com/entertainment/regional/tamil/news-interviews/Rajinikanth-Old-is-gold/articleshow/4138227.cms 2013年10月9日閲覧。 
  68. ^ Happy birthday, Rajinikanth!”. Mid Day. 2013年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月9日閲覧。
  69. ^ S Saroj Kumar (2012年1月4日). “Brand Rajinikanth”. The Financial Express. オリジナルの2014年10月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141006113614/http://www.financialexpress.com/news/brand-rajinikanth/895433/0 2013年10月9日閲覧。 
  70. ^ "Dancing Maharajas"”. Newsweek (1999年5月10日). 2010年11月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月25日閲覧。
  71. ^ Prem Panicker (2006年12月14日). “When the PM wowed Japan's parliament”. Rediff.com. 2012年8月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年1月8日閲覧。
  72. ^ a b Rangarajan, Malathi (2002年8月16日). “Baba”. The Hindu. オリジナルの2014年12月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141225032939/http://www.thehindu.com/thehindu/fr/2002/08/16/stories/2002081600960300.htm 2013年2月24日閲覧。 
  73. ^ N Sathiya Moorthy (2003年5月3日). “Film producer GV commits suicide”. Rediff.com. 2017年1月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年5月17日閲覧。
  74. ^ Sudhish Kamath (2004年5月12日). “Superstar wannabes”. Chennai, India: The Hindu: Metro Plus. オリジナルの2007年10月1日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20071001064811/http://www.hindu.com/mp/2004/05/12/stories/2004051200960100.htm 2007年5月17日閲覧。 
  75. ^ Will Sivaji be Rajini's biggest hit?- History”. Rediff.com. 2007年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年5月6日閲覧。
  76. ^ Rajini keeps everyone guessing” (2004年3月23日). 2007年3月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年4月5日閲覧。
  77. ^ The Final Verdict – History”. Sify (2005年5月8日). 2014年12月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月24日閲覧。
  78. ^ Rajni's 'Chandramukhi' in Turkish and German”. Oneindia.in (2006年4月2日). 2014年10月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月7日閲覧。
  79. ^ "United Kingdom Box Office June 15–17, 2007". Box Office Mojo. 2007年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年6月18日閲覧
  80. ^ South Africa Box Office August 3–5, 2007”. Box Office Mojo. 2007年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年6月8日閲覧。
  81. ^ IndianMovieStats”. www.indianmoviestats.com. 2020年6月7日閲覧。
  82. ^ Sharma, Neha (2010年9月29日). “Rapchik Rajinikanth, mind it!”. The Hindustan Times. オリジナルの2014年12月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141224090431/http://www.hindustantimes.com/Entertainment/Bollywood/Rapchik-Rajinikanth-mind-it/Article1-606098.aspx 2013年10月9日閲覧。 
  83. ^ Varma, Anuradha (2010年10月17日). “What makes Rajinikanth the Boss?”. The Times of India. オリジナルの2013年11月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131104110543/http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2010-10-17/news-interviews/28228019_1_hero-worship-mgr-sivaji-ganesan 2014年2月13日閲覧。 
  84. ^ Vilakudy, Rajaneesh (2006年11月5日). “After Brangelina, it's Rajinikanth”. Daily News and Analysis. 2013年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月9日閲覧。
  85. ^ Rajinikanth's Sultan rechristened as Hara”. OneIndia (2010年10月25日). 2012年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年3月27日閲覧。
  86. ^ “Animated film on Rajnikant to be released in December 2008”. The Economic Times. (2007年12月13日). オリジナルの2013年10月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131015023424/http://articles.economictimes.indiatimes.com/2007-12-13/news/27690498_1_soundarya-rajnikant-film-sultan-the-warrior 2013年10月9日閲覧。 
  87. ^ Ramanujam, Srinivas (2012年4月29日). “The day Rajini took ill”. The Times of India. オリジナルの2013年10月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131015111052/http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2012-04-29/news-interviews/31475535_1_superstar-rajinikanth-rana-soundarya-rajinikanth 2013年10月9日閲覧。 
  88. ^ P, Krishnakumar (2008年8月1日). “Pasupathy, the real star of Kuselan”. Rediff.com. Rediff. 2011年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月12日閲覧。
  89. ^ Pillai, Sreedhar (2008年8月20日). “Kollywood in a flap”. The Times of India. オリジナルの2013年6月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130616205822/http://articles.timesofindia.indiatimes.com/keyword/kuselan/featured/3 2013年2月24日閲覧。 
  90. ^ Iyengar, Pushpa. “Hope Floats For SRK”. The Outlook. 2011年10月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月30日閲覧。
  91. ^ S, Shyam Prasad (2008年12月16日). “Kuselan may spark Tamil film boycott”. Bangalore Mirror. オリジナルの2013年5月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130524180750/http://www.bangaloremirror.com/index.aspx?Page=article&sectname=News%20-%20City&sectid=10&contentid=2008121620081216010601113f7794623 2013年2月24日閲覧。 
  92. ^ Gupta, Shubhra (2010年12月26日). “Chulbul Pandey Now Lives in Chennai”. The Indian Express. オリジナルの2011年2月11日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110211152620/http://www.indianexpress.com/news/chulbul-pandey-now-lives-in-chennai/729300/ 2012年1月2日閲覧。 
  93. ^ Is It True That Endhiran Will Gross Than Three Idiots?”. Box Office India. 2010年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月24日閲覧。
  94. ^ Rajini's Endhiran: A sell out in Chennai”. NDTV. 2012年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月26日閲覧。
  95. ^ Endhiran — The Robot Expected Lifetime Business”. Box Office India (2010年11月1日). 2013年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年1月4日閲覧。
  96. ^ “Avatar technology powers Rajnikant in Enthiran”. The Indian Express. (2010年8月28日). オリジナルの2010年11月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101124071605/http://www.indianexpress.com/news/avatar-technology-powers-rajnikant-in-enthir/673748 2013年2月24日閲覧。 
  97. ^ “Rajinikanth's Enthiran – Case study in IIM A”. The Times of India (India). (2010年12月23日). オリジナルの2012年10月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121025122818/http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2010-12-23/india/28227042_1_case-study-iim-rajinikanth 2011年4月9日閲覧。 
  98. ^ Rajinikanth admitted to hospital – Entertainment – DNA”. Daily News and Analysis (2011年4月29日). 2011年8月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月14日閲覧。
  99. ^ Rajinikanth hospitalised”. Sify. 2011年8月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月1日閲覧。
  100. ^ ITGD Bureau (2011年5月14日). “Actor Rajinikanth hospitalised again”. India Today. 2013年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月1日閲覧。
  101. ^ “Rajini writes letter to fans, says he will be back soon”. The Hindustan Times. (2011年6月18日). オリジナルの2011年6月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110621070954/http://www.hindustantimes.com/Rajini-writes-letter-to-fans-says-he-will-be-back-soon/Article1-710881.aspx 2011年7月1日閲覧。 
  102. ^ a b Rajinikanth's Condition Stable: Hospital”. NDTV. 2014年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月1日閲覧。
  103. ^ Modi To Visit Rajini in Hospital”. NDTV. 2013年12月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月1日閲覧。
  104. ^ “Rajini will soon be back to complete 'Raana': Dhanush”. The Times of India. (2011年6月1日). オリジナルの2012年9月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120905124113/http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2011-06-01/chennai/29608004_1_dhanush-isabel-hospital-national-award 2011年7月1日閲覧。 
  105. ^ “Rajinikanth out of ICU, moved into private ward – Times of India”. The Times of India. (2011年5月23日). オリジナルの2012年9月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120905124119/http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2011-05-23/chennai/29573758_1_private-ward-icu-senior-doctor 2011年7月1日閲覧。 
  106. ^ “Rajini getting better, say docs as fans pray for their superstar”. The Times of India. (2011年5月6日). オリジナルの2012年10月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121025122809/http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2011-05-06/chennai/29516197_1_rajinikanth-triple-role-enthiran 2011年7月1日閲覧。 
  107. ^ Rajini suffering from lung, liver ailment: Brother”. NDTV (2011年5月17日). 2011年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月1日閲覧。
  108. ^ “International news of the week”. Business Standard. (2011年6月4日). オリジナルの2013年6月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130620163528/http://www.business-standard.com/article/economy-policy/international-news-of-the-week-111060400093_1.html 2013年2月17日閲覧。 
  109. ^ Rajini in Singapore hospital on Big B's advice”. Zee News (2011年5月30日). 2011年7月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月14日閲覧。
  110. ^ “Rajnikanth fine, recovering well: Dhanush”. The Hindu. (2011年5月31日). オリジナルの2013年10月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131015080939/http://www.thehindu.com/features/cinema/rajnikanth-fine-recovering-well-dhanush/article2065995.ece 2013年10月9日閲覧。 
  111. ^ Rajinikanth to return tonight” (2011年7月14日). 2013年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月9日閲覧。
  112. ^ Rudrappa, Chetan (2011年9月16日). “Rajinikanth's cameo RA.One”. The Times of India. 2012年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年10月2日閲覧。
  113. ^ Bharti Dubey, TNN, 29 January 2011, 05.42 pm IST (2011年1月29日). “Rana, a triple delight for Rajini fans”. The Times of India. 2011年5月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年1月30日閲覧。
  114. ^ 'Kochadaiiyaan' Review Roundup: Commendable Attempt by Soundarya; Worth Watching”. International Business Times (2014年5月23日). 2017年1月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月24日閲覧。
  115. ^ Movie Review: Rajinikanth's Sivaji 3D”. IANS. NDTV (2012年12月11日). 2014年5月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月14日閲覧。
  116. ^ Rajini 'Cannes'”. Deccan Chronicle (2013年4月3日). 2014年3月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月10日閲覧。
  117. ^ Sona presses the rewind button”. Mumbai Mirror (2014年4月28日). 2014年10月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月2日閲覧。
  118. ^ Subramanian, Karthik (29 April 2014). "Superstar Rajinikanth's next is Lingaa". The Hindu. 2014年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月2日閲覧
  119. ^ 'Lingaa' Stamped with 'U' Rating; Rajinikanth Starrer Confirmed for 12 December Release”. International Business Times (2014年11月26日). 2015年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年12月1日閲覧。
  120. ^ I take responsibility for the book scene in Lingaa: KS Ravikumar”. The Times of India (2014年12月21日). 2014年12月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年12月29日閲覧。
  121. ^ Kabali review round-up: This is what critics are saying about the Rajinikanth blockbuster”. Daily News and Analysis (2016年7月22日). 2016年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月25日閲覧。
  122. ^ Rajinikanth-Ranjith combo under Dhanush's production soon”. The Hindu (2016年8月29日). 2016年8月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月3日閲覧。
  123. ^ Akshay Kumar plays the villain in 'Robot 2'”. The Times of India. 2018年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年9月15日閲覧。
  124. ^ Bureau, City. “2.0 is set to go where no Indian film has gone before” (英語). The Hindu. 2016年12月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月13日閲覧。
  125. ^ Rajnikanth's 2.0 vs Aamir Khan's Thugs of Hindostan – There Could Be A Clash This Diwali!”. BookMyShow. 2018年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年2月27日閲覧。
  126. ^ Rs 1000 crore! That's how much Rajinikanth's three films grossed at the worldwide box office in a span of 7 months | Entertainment News”. 2019年2月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年2月3日閲覧。
  127. ^ “Tamil Cinema 1998-Year Highlights (Part-2)”. Dinakaran. (1998年1月21日). オリジナルの2008年6月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080620181502/http://www.dinakaran.com/cinema/english/highlights/01-01-99/yearhig2.htm 2009年9月23日閲覧。 
  128. ^ Rajnikanth is a firm believer in Hindutva”. Rediff (2004年4月28日). 2013年5月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年6月12日閲覧。
  129. ^ “AIADMK entering Parliament after five years”. The Times of India. (2009年5月17日). オリジナルの2012年10月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121025061624/http://articles.economictimes.indiatimes.com/2009-05-17/news/27657995_1_aiadmk-mps-mdmk-lone-puducherry-seat 2012年8月8日閲覧。 
  130. ^ “Rajnimanth joins politics and announced a new party”. NDTV. (2017年12月31日). オリジナルの2017年12月31日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171231191010/https://www.ndtv.com/tamil-nadu-news/rajinikanth-to-end-suspense-political-announcement-soon-10-points-1794019?pfrom=home-topscroll 2018年1月1日閲覧。 
  131. ^ Kavitha Muralidharan (2017年5月16日). “Why Rajinikanth hasn't taken the plunge: It is not 1996 anymore”. The Indian Express. 2018年7月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年11月24日閲覧。
  132. ^ Viju Cherian (2016年12月12日). “The political opportunity for Rajinikanth has come and gone”. Hindustan Times. 2019年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年11月24日閲覧。
  133. ^ ETB Sivapriyan (2019年2月17日). “Rajini no political superstar, may have missed his day”. Deccan Herald. 2019年11月24日閲覧。
  134. ^ "Rediff India News: Rajinikanth fasts for Kaveri waters". Rediff.com. 13 October 2002. 2009年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月23日閲覧
  135. ^ "Rediff India News:Rajinikanth to meet Indian PM". Rediff. 14 October 2002. 2009年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月23日閲覧
  136. ^ "Rally exposes politicised film industry". 12 October 2002. 2007年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年4月5日閲覧
  137. ^ "Rajnikanth blasts Karnataka over water project – Thaindian News". Thaindian.com. 2009年5月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月23日閲覧
  138. ^ "Rajini earns the wrath of Tamil cinema". Behindwoods. 2010年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月9日閲覧
  139. ^ "Karunanidhi against bringing politics into film world: The Hindu". The Hindu. Chennai, India. 7 February 2010. 2010年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年10月18日閲覧
  140. ^ "Rajinikanth: Anger after actor justifies deadly police firing". BBC News. 31 May 2018. 2018年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月3日閲覧
  141. ^ "Rajinikanth blames anti-social elements for Sterlite protest". 2020年7月28日閲覧
  142. ^ "Superstar Rajinikanth apologises for losing cool at media interaction". June 2018. 2018年6月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月3日閲覧
  143. ^ "Rajinikanth's speech earns him negative image on social media?". 2018年6月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月3日閲覧
  144. ^ Manoj Thulasi (23 October 2011). Rajnikanth in Eye Donation Campaign (Television production). YouTube. 2014年6月10日閲覧
  145. ^ "Actor Rajinikanth supports Anna Hazare". The Times of India. 23 August 2011. 2012年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年8月8日閲覧
  146. ^ "Rajinikanth lends wedding hall for anti-corruption fast: Team Anna". Daily News and Analysis. 26 December 2011. 2012年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月24日閲覧
  147. ^ "Rajinikanth has a quiet birthday". 12 December 2013. 2014年5月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月12日閲覧
  148. ^ "Top 12 Rajinikanth jokes". The Times of India. 5 December 2013. 2013年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月5日閲覧
  149. ^ "Happy Birthday: A Look Inside Rajinikanth'S Luxury Home in Pune". Dainik Bhaskar. 2013年12月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月5日閲覧
  150. ^ "Who rules South Cinema – Rajinikanth or Kamal Haasan?". Breakingnewsonline.net. 28 September 2010. 2011年7月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年4月20日閲覧
  151. ^ Template:Cite web3
  152. ^ "Rajini's Punch dialogues". thesouthreports.com. 2011年3月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年4月12日閲覧
  153. ^ "It doesn't get bigger than Rajinikanth". The Times of India. India. 18 April 2008. 2011年8月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年4月12日閲覧
  154. ^ S.R, Ashok Kumar (20 July 2007). "Determined to make a mark, again". The Hindu. 2013年10月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月24日閲覧
  155. ^ Moviebuzz. "Ghajini was a big mistake!". Sify. 2012年10月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月24日閲覧
  156. ^ Cain, Rob. "Vijay Nails Another Career Milestone With ₹250 Crore/$38.5M Worldwide Gross By 'Mersal'". Forbes (英語). 2020年6月4日閲覧
  157. ^ Rajinikanth - Forbes India Magazine” (英語). Forbes India. 2020年6月4日閲覧。
  158. ^ "CBSE students to now study Rajinikanth's life story". The Times of India. 17 December 2012. 2016年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月25日閲覧
  159. ^ Varuni, Khosla (7 May 2014). "Superstar Rajinikanth proves his might again, notches over 2.4 lakh followers on Twitter debut". The Economic Times. 2014年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月10日閲覧
  160. ^ "Venice Review: 'For the Love of a Man' Portrays the Biggest Movie Star You've Never Heard Of". Indiewire. 5 September 2015. 2016年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年2月5日閲覧
  161. ^ S, Mohamed Imranullah (2020-01-29). “I-T Dept. withdraws three cases against actor Rajinikanth” (英語). The Hindu. ISSN 0971-751X. https://www.thehindu.com/news/national/tamil-nadu/i-t-dept-withdraws-three-cases-against-actor-rajinikanth/article30678692.ece 
  162. ^ S, Mohamed Imranullah (2020-01-30). “Rajinikanth told Income Tax Department he was into 'money lending'” (英語). The Hindu. ISSN 0971-751X. https://www.thehindu.com/news/national/tamil-nadu/rajinikanth-told-income-tax-department-he-was-into-money-lending/article30687490.ece 
  163. ^ a b Shekar, Anjana (30 January 2020). “Why Rajinikanth became a ‘money lender’ in 2004: Experts take a guess”. The News Minute. 2020-07-27閲覧。
  164. ^ Lobo, Shalini (29 January 2020). “I-T dept withdraws tax appeal against actor Rajinikanth” (英語). India Today. 2020-07-27閲覧。
  165. ^ PTI. “I-T Dept withdraws appeal against Rajinikanth over penalty” (英語). @businessline. 2020-07-11閲覧。
  166. ^ When Rajinikanth spoke about his first love and what she did to make him a star” (英語). The Week. 23 October 2019時点のオリジナルよりアーカイブ。2019-12-03閲覧。
  167. ^ Ramachandran 2012, chpt. The 1980s.
  168. ^ At 62: Rajinikanth on his marriage, Kamal and Sivaji”. First Post (2012年12月12日). 16 March 2014時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月5日閲覧。
  169. ^ Rajini's personal life”. weeksupdate.com. 15 July 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。28 March 2011閲覧。
  170. ^ Dhanush's son named Linga – Tamil Movie News”. IndiaGlitz. 12 October 2010時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年10月6日閲覧。
  171. ^ “Tamil Nadu / Chennai News : Rajnikanth turns grandfather”. The Hindu. (12 October 2006). オリジナルの24 September 2009時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090924101802/http://www.hindu.com/2006/10/12/stories/2006101205680200.htm 10 April 2010閲覧。 
  172. ^ Gladwin Emanuel (2010年9月4日). “Soundarya Rajinikanth's celeb-studded wedding”. The Times of India. オリジナルの2013年10月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131015111142/http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2010-09-04/news-interviews/28254715_1_celeb-studded-wedding-kamal-haasan-mani-ratnam 2010年9月9日閲覧。 
  173. ^ Soundarya Rajinikanth confirms divorce”. The Times of India (17 September 2016). 17 September 2016閲覧。
  174. ^ Goyal, Divya (5 July 2017). “Soundarya Rajinikanth And Ashwin Are Officially Divorced”. NDTV. http://www.ndtv.com/india-news/soundarya-rajinikanth-and-ashwin-are-officially-divorced-1720635 
  175. ^ Soundarya Rajinikanth wedding: CONFIRMED! Rajinikanth daughter Soundarya to wed Vishagan Vanangamudi on February 11 - details inside | Entertainment News”. 2020-07-28閲覧。
  176. ^ Soundarya Rajinikanth set for second marriage in January”. The Times of India (13 November 2018). 16 November 2018閲覧。
  177. ^ Soundarya Rajinikanth gears up for second wedding in January 2019”. India Today (13 November 2018). 16 November 2018閲覧。
  178. ^ Soundarya Rajinikanth to wed again”. Anupama Subramanian. Deccan Chronicle (14 November 2018). 16 November 2018閲覧。
  179. ^ സൗന്ദര്യ രജനീകാന്ത് വിവാഹിതയായി; ചിത്രങ്ങളും വിഡിയോയും” (マラヤーラム語). ManoramaOnline. 2019-02-12閲覧。
  180. ^ "Rajnikanth is a firm believer in Hindutva". Rediff.com. 28 April 2004. 2013年5月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月22日閲覧
  181. ^ "Andhra Pradesh / Anantapur News : Rajinikanth in Puttaparthi". The Hindu. 14 April 2008. 2010年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月9日閲覧
  182. ^ Ramanujam, Srinivasa (21 August 2011). "Rajinikanth love Himalayas". The Times of India. 2013年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月24日閲覧
  183. ^ a b "Why does Rajini dwell in the hearts of millions?". cinefundas.com. 1 June 2011. 2011年6月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月15日閲覧
  184. ^ "Rajini blesses "Mahaan" actor". Indiaglitz.com. 22 September 2010. 2010年11月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月15日閲覧
  185. ^ "Rajini's tribute to Babaji". Indiaglitz.com. 10 May 2008. 2012年10月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月15日閲覧
  186. ^ "Rajinikanth makes a sudden visit to Mantralayam sans frills". Deccan Chronicle. 2017年11月22日閲覧
  187. ^ a b Ramachandran 2012, chpt. Awards.
  188. ^ Rajnikanth”. Koimoi. 2013年12月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月13日閲覧。
  189. ^ "Civilian Awards announced on 26 January 2000" (Tamil). Ministry of Home Affairs (India). 2007年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年4月20日閲覧
  190. ^ "Padma Vibhushan for Rajinikanth, Dhirubhai Ambani, Jagmohan". The Hindu. 25 January 2016. 2016年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月25日閲覧
  191. ^ "Indian Entertainer of the year". itimes.com. 2011年10月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年3月28日閲覧
  192. ^ "Air supply". The Hindu. 18 June 2010. 2013年10月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月24日閲覧
  193. ^ "Rajini is simple, stylish, spiritual, that explains his uniqueness". Asian Tribune. 14 December 2009. 2009年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年12月14日閲覧
  194. ^ Buncombe, Andrew (3 October 2010). "Meet India's biggest film star". The Independent. London. 2015年1月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年10月3日閲覧
  195. ^ "Now, a film on Rajinikanth's life". The Times of India. 4 May 2011. 2011年9月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月4日閲覧
  196. ^ "Rajinikanth is the Entertainer of the decade". Sify. 31 May 2010. 2011年2月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月9日閲覧
  197. ^ "Without Tamil people's love and affection, I wouldn't be here, Rajini". Behindwoods. 15 December 2013. 2013年12月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月16日閲覧
  198. ^ "Rajinikanth conferred Centenary Award at IFFI". The Hindu. 20 November 2014. 2014年11月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月20日閲覧
  199. ^ "IFFI 2014: Stalwarts Amitabh Bachchan, Rajinikanth in opening act". Daily News and Analysis. 20 November 2014. 2014年11月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月20日閲覧
  200. ^ Rajinikanth to get Icon of Golden Jubilee Award at IFFI 2019, Thanks Government for the Honour” (2 November 2019). 4 November 2019時点のオリジナルよりアーカイブ。4 November 2019閲覧。

参考文献編集

伝記編集

その他編集

  • A.N.Prahlada Rao, ANP (2013). Nanna Daari Vibhinna Daari: Rajanikanth Kannada. Nava Bharat Publication Bangalore. p. 120. OL 25437576M 

外部リンク編集