ランベール・ド・シャロン

ランベール・ド・シャロン(Lambert de Chalon, 920/30年 - 978年2月27日)は、シャロン伯(在位:956年 - 978年)およびオータン伯。

ランベール・ド・シャロン
Lambert de Chalon
シャロン伯
オータン
在位 956年 - 978年

出生 920/30年
死去 978年2月27日
配偶者 アデライード・ド・シャロン
子女 マティルド(マオー)
エリザベート
ユーグ1世
アエリー
父親 オータン子爵ロベール
母親 アンジェルトルード
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生涯編集

ランベールはオータン子爵ロベール[1]とアンジェルトルード(Ingeltrude)との間に930年に生まれ、兄弟にシャロン子爵ロベールがいる。 956年にシャロン伯となり、960年にシャルムーでオーヴェルニュ軍を破った[1]。また973年にはオルヴァル修道院を創設した[1]

978年2月27日に死去、息子ユーグがシャロン伯位を継承し、オータン伯位は妻アデライードと再婚したアンジュー伯ジョフロワ1世が継承した。

子女編集

968年頃、ランベールはブルゴーニュ公およびシャロン伯であったジルベール・ド・シャロンの娘で、モー伯ロベール・ド・ヴェルマンドワの寡婦アデライード(Werraとも)と結婚し、以下の子女をもうけた。

出典編集

  1. ^ a b c d Jean-Marie Jal - Michel Maerten, Les châteaux du Charolais (xe ‑ xviiie siècle), dans Histoire et Patrimoine Rural en Bourgogne du Sud no 9, Éditions du Centre d’Études des Patrimoines - Pays Charolais-Brionnais, Saint-Christophe-en-Brionnais, 2015, p. 8
  2. ^ Detlev Schwennicke, European Stammtafeln, band III.3 (1985), Tafel 433-435