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イスレロIslero )はランボルギーニにより1968年から1970年まで生産された、V12エンジンを持つ2+2シートのグランツーリスモである。イスレロという名前は、「Manolete」として知られた有名な闘牛士マニュエル・ロドリゲスを1947年8月28日に殺した牛にちなむ。

ランボルギーニ・イスレロ
イスレロ
Lamborghini Islero, Techno Classica 2018, Essen (IMG 9696).jpg
イスレロ(リア)
Techno Classica 2018, Essen (IMG 9705).jpg
販売期間 1968年 - 1970年
デザイン フェルッチオ・ランボルギーニ
乗車定員 2+2
ボディタイプ 2ドアクーペ
エンジン V型12気筒ガソリン3,929cc
駆動方式 FR
最高出力 320馬力
350馬力(S)
変速機 5速MT
サスペンション 前後ともダブル・ウイッシュボーン・コイル
全長 4,525mm
全幅 1,730mm
全高 1,300mm
ホイールベース 2,550mm
車両重量 1,315kg
生産台数 225台
最高速度 250km/h
260km/h(S)
先代 400GT
後継 ハラマ
-自動車のスペック表-
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400GT2+2を発展させ、1968年ジュネーブショーで発表された。エンジンはDOHCV12で、排気量3,929cc、320PS/6,500rpm。1969年には350PS/7,700rpmのエンジン強化版イスレロSが登場している[1]

スタイリングは、フェルッチオ・ランボルギーニ自身が行った。事業をたたみつつあった「カロッツェリア・トゥーリング」のデザイナー、マリオ・マラッツィの協力も得て、ボディの製作はマリオ・マラッツィの父が創業した「マラッツィ (Carrozzeria Marazzi」という小さなカロッツェリアに委ねられた[2]

生産台数は225台。

出典編集

  1. ^ 「ミウラの登場」『ランボルギーニ』ネコ・パブリッシング〈ワールド・カーガイド〉、1995年、71-78頁。
  2. ^ トニーノ・ランボルギーニ「夢のあとに」『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』大矢アキオ訳、光人社、2004年、184頁。

外部リンク編集


ランボルギーニ S.p.A. ロードカータイムライン 1962-
タイプ 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代 2000年代 2010年代
4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8
MR(含ミッドシップ4駆) V12 ミウラ カウンタック ディアブロ ムルシエラゴ アヴェンタドール アヴェンタドールS
イオタ レヴェントン ヴェネーノ チェンテナリオ
V8/V10 シルエット ジャルパ ガヤルド ウラカン
2+2 ウラッコ
FR GT 350GT
2+2 400GT イスレロ ハラマ
エスパーダ
クロスカントリー4WD
SUV
LM002 ウルス
オーナー
親会社
フェルッチオ・ランボルギーニ ロセッティ、
レイマー
イタリア政府管理下 ミムラン クライスラー メガテック Vパワー アウディ
試作レーシングカー: ランボルギーニ・イオタ(1969)、ランボルギーニ・ハラマRS(1973)、ランボルギーニ・ウラッコ・ラリー(1973)
コンセプトカー: ランボルギーニ・エストーケ(2008)、ランボルギーニ・エゴイスタ(2013)、ランボルギーニ・アステリオン(2014)、ランボルギーニ・テルツォ ミッレニオ(2017)
人物: フェルッチオ・ランボルギーニジャンパオロ・ダラーラマルチェロ・ガンディーニパオロ・スタンツァーニ
公式WEBサイト: Automobili Lamborghini Holding Spa