ラ・セウ・ドゥルジェイ包囲戦 (1719年)

ラ・セウ・ドゥルジェイ包囲戦(ラ・セウ・ドゥルジェイほういせん、スペイン語: Sitio de Seo de Urgel)は四国同盟戦争中の1719年8月22日から8月31日にかけて、フランス軍によるラ・セウ・ドゥルジェイの包囲。

ラ・セウ・ドゥルジェイ包囲戦
戦争四国同盟戦争
年月日1719年8月22日 - 8月31日
場所スペイン王国カタルーニャラ・セウ・ドゥルジェイ
結果:フランスの勝利
交戦勢力
フランス王国の旗 フランス王国 スペイン スペイン王国
指導者・指揮官
フランス王国の旗 ボナス侯爵(Bonás スペイン ディエゴ・デ・ビリャプラーナ(Diego de Villaplana(捕虜)
戦力
歩兵7,000
騎兵1,200
四国同盟戦争

ボナス侯爵率いるフランス軍歩兵7千と騎兵1,200は8月22日にオルラニャ英語版から出撃、31日にはラ・セウ・ドゥルジェイとエル・カステル・デ・シウダスペイン語版を占領、スペイン軍の指揮官ディエゴ・デ・ビリャプラーナを捕虜にした[1]

脚注編集