ラーム・エマニュエル

ラーム・イスラエル・エマニュエル(英語:Rahm Israel Emanuel1959年11月29日 - )は、アメリカ合衆国の政治家。第55代シカゴ市長バラク・オバマ政権にて第23代大統領首席補佐官などを歴任した。2021年5月現在、ジョー・バイデン政権における駐日アメリカ合衆国大使への就任が有力視されている[1]

ラーム・エマニュエル
Rahm Emanuel
Rahm Emanuel, official photo portrait color.jpg
生年月日 (1959-11-29) 1959年11月29日(61歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 イリノイ州シカゴ
出身校 サラ・ローレンス大学
ノースウェスタン大学
所属政党 民主党
称号 文学士(サラ・ローレンス大学
文学修士(ノースウェスタン大学
配偶者 エイミー・メリット・ルール
子女 3人
サイン Rahm Emanuel Signature.svg

在任期間 2011年5月16日 - 2019年5月20日
副市長 レイ・スアレズ
ブレンダン・レイリー

在任期間 2009年1月20日 - 2010年10月2日
大統領 バラク・オバマ

選挙区 イリノイ州の旗 イリノイ州
在任期間 2003年1月3日 - 2009年1月2日
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経歴編集

1959年11月29日にイリノイ州シカゴに誕生する。彼の父はイスラエルエルサレム出身のユダヤ人小児科医であり、母はシカゴ出身のX線技師である。2人は1950年シカゴで出会った。兄のエゼキエルは医者、弟のアリエルは映画会社では有名エージェントである。

1981年ニューヨーク州サラ・ローレンス大学を卒業し、1985年にはイリノイ州ノースウェスタン大学に入学した。学部在学中には地元の連邦下院議員の選挙にボランティアで参加した事もある。

また1991年湾岸戦争ではイスラエル国防軍に民間ボランティアの資格で参加し、イスラエル北部の基地でトラックのブレーキ修理をしていた。つまりイスラエルとの二重国籍を持った「シオニスト」で、自他共に認める「ユダヤ・ロビー」の1人であると反ユダヤ的イデオロギーの強い敵対勢力から中傷されることがある。

エイミー夫人は結婚直前にユダヤ教に改宗してユダヤ人になったため、現在2人の間にはユダヤ人の1男2女の子供がいる。

ビル・クリントン前大統領の大統領選挙に対する貢献から、1993年から1998年までビル・クリントン政権の政策に関する上級補佐官となった。毒舌で攻撃的な面があり、ビル・クリントン政権時代には同僚から「ランボー」(Rahmbo)とのあだ名が付いた程である。また政治ドラマの『ザ・ホワイトハウス』に登場するホワイトハウス次席補佐官ジョシュ・ライマンのモデルだとされている。

1998年ホワイトハウスを去った後、2002年まで投資銀行に勤務していた。MBAを持たず銀行勤務の経験が無かったが、1999年には重役に就任した。

2002年イリノイ州選出の下院議員となり、2003年から2009年まで3期6年務めた。2006年の下院選挙では選挙対策委員長として、民主党の過半数獲得に尽力した。

大統領首席補佐官編集

2009年1月20日に発足したバラク・オバマ政権で23代目アメリカ合衆国大統領首席補佐官に就任後は民主党内をまとめあげ、特に党内でも反対論の多かった医療保険制度改革法の成立に尽力した。シカゴ市長選挙に出馬するため[2]2010年10月2日付けで大統領首席補佐官を辞任。

シカゴ市長編集

2011年2月22日に55パーセントの得票率でシカゴ市長選挙に勝利し、同年5月16日にユダヤ人として初めて55代目シカゴ市長に就任し、2015年4月7日に再選された。2019年のシカゴ市長選挙には出馬せずに5月で退任した[3]

2021年2月、駐日大使候補の一人として報道され[4]、5月11日にはエマニュエルが指名される見通しと報じられた[1]

出典編集

外部リンク編集

公職
先代:
リチャード・M・デイリー英語版
  シカゴ市長
第55代:2011年5月16日 - 2019年5月20日
次代:
ロリ・ライトフット英語版
先代:
ジョシュア・ボルトン英語版
  アメリカ合衆国大統領首席補佐官
第23代:2009年1月20日 - 2010年10月2日
次代:
ピート・ラウス