リキプロは、日本プロレス興行会社

歴史編集

2004年8月に長州力が、放漫経営で短期間で崩壊したWJプロレスに最後まで残った石井智宏宇和野貴史和田城功を引き連れて設立。道場訓は「我等、人生、壱生、感動」。事務所はWJの道場をそのまま利用し、東急池上線久が原駅から歩いて10~15分程度のところにあった。設立時の代表はWJの元広報で当時22歳の立石史。選手会長は石井が務め、長州はWJに取締役として籍を残しつつ、マネジメントしてもらう立場だった[1]

所属選手が少なく単独では興行が行えないため、実質はフリー選手の所属事務所として機能。興行開催時は新日本プロレスビッグマウス・ラウドアパッチプロレス軍KAIENTAI DOJOなどの他団体選手、越中詩郎後藤達俊などフリー選手の参戦により対戦カードを編成していた。

四半期に1度程度のペースで自主興行を開催していた。それ以外の時期は選手とファンの集い、クリスマスパーティー、ちゃんこパーティーの開催や上記団体への選手派遣が主な業務内容であった。

リキプロ主催の単発興行「LOCK UP」は旗揚げ当初、新日本の単発興行として開催して新日本の下請会社としての役目も担っていた。

道場では高岩竜一アイスリボンの選手などが練習を行っていたが、2009年2月に閉鎖した[2]

現在はリキプロとして表立った活動はしておらず、長州の個人事務所と化している。

なお長州の個人事務所で後にジャパンプロレスに吸収されたリキプロダクションとは別組織であるが、ロゴなどはこの時期のものを流用している。

所属選手編集

スタッフ編集

レフェリー編集

過去の所属選手編集


脚注編集

  1. ^ 「WJ選手会が「リキプロ」設立!」2004/08/14付け「紙プロHAND」(ダブルクロス)
  2. ^ 長州力 リキプロ道場閉鎖”. npn.co.jp. リアルライブ (2009年1月29日). 2020年6月5日閲覧。

外部リンク編集