リーゼントまたはリーゼント・スタイル英語: Regent style)とは、ヘアワックスポマードなどの整髪料を利用し、両側頭部から髪を撫で付け後頭部でIの字型にぴったりと合わせる髪型の一種で、日本理容師による和製英語である。ポンパドールという髪型と混同される場合があるが、リーゼントと組み合わせてセットされることがあるものの、これらは本来個別のスタイルである[要検証]

ダックテール=リーゼント(和製英語)

概要編集

 
リージェント・ストリート(片側)

リーゼントとは、元々は側頭部から後頭部をポマードワックスなどの整髪料で両サイドの髪を流し、後頭部でIの字型にぴったり合わせた英語圏ではダックテイル(英:duck's tail)と呼ばれていた髪型の日本での呼び名であった。後頭部の髪型にまでこだわり美学を持つ、大変お洒落な髪型である。

日本ではリーゼントと呼ばれるようになった理由には、諸説ある:

イギリスの首都ロンドンウエストエンド地区にある左右双子の大通り「リージェント・ストリート (Regent Street) 」に由来するという説。両サイドの髪を撫で付け、後頭部でIの字型にぴったり合わせた髪型を頭上から見た流れが、膨らんで合流する(左右二手に分裂し中間で膨らみ再び合流する)この大通りの軌道に似ていることがその名の由来となったと言われる。

他の説としては、1930年代のリージェント街で流行っていた「サイド(横)を後方に流す髪型」が雑誌や映画などで日本に伝わり、現在のような髪型全体を指してリーゼントと呼ぶようになったというものである[1][2]

さらには、1930年代にイギリスの摂政皇太子(英語でプリンス・リーゼント)だったエドワード8世に由来しているという説もある。

この髪型を和製英語のリーゼントと命名したのは、日本の理容師である小田原俊幸とされる(#考案者参照)。

最大の特徴は後頭部での形状にあるが、日本ではしばしば前髪を高くしたポンパドールを指すものと誤解されている。リーゼント・スタイルと合わせて使われることの多い、直線的に前髪を高くしたフラットトップ(角刈り)やモヒカン刈りに近いタイプのポンパドールは、英語圏ではポンパドールを略してポンプ(POMP)、またはクイッフと呼ばれる(但しこれら両者の形状は微妙に違う[3])。リーゼントとポンパドールの合わせ技は、1950年代にエルビス・プレスリーの影響で世界的に流行し、1980年代にもリバイバルで流行した。しかし、1960年頃から日本ではリーゼントはポンパドールのことであるとすり替わったとされる[要出典]

エルビス以降、ロカビリーファッションの象徴となったポンパドールとダックテールだが、日本では不良ヤンキーの代名詞としてリーゼント(より狭義にはポンパドール)が認識されている場合がある。原因としては、不良(ツッパリ)スタイルで一世を風靡した横浜銀蠅パンチパーマをかけたポンパドールスタイルであったため、「不良=リーゼント」という認識が広まったためと考えられる。1950年代のアメリカやイギリスでも、ロカビリーの音楽やファッションは不良の好みであるという世間の認識であった[4][5][6]。戦後とはいえ、冷戦ムードの最中でいまだ社会の保守性の残っていた50年代では、親や教師の多くはスポーツ刈りレギュラー・カットを好んでいたが[7]、多くの若者は反抗的なこの髪型に飛びついた[8]

歴史編集

 
エルヴィス・プレスリー(1954年)。後頭部をダックテール、前髪をポンパドールにしている

ダックテールは、後頭部で左右の髪を合わせた容がアヒルの後ろ姿に似ていることから、この名前がついた。初期の発案者としては、フィラデルフィアの理髪師 Joe Cirello が「Duck's Ass」として1939年に考案し、1940年代にハリウッドで賞を受賞した[9]。リーゼントの元祖であるこのダックテールも、櫛で後頭部に縦筋を入れたアルファベットのIの字型(後頭部上部から襟足までぴったりと合わせた容姿)である。

1950年代、アメリカでは頭頂部を短く平らに刈り込んだスタイル「フラットトップ(角刈り)」にし、後頭部を「ダックテール」にするというような手の込んだ形状のデザイナーズスタイルが流行した(ザ・デトロイトと呼ばれた)。

また、ロックンローラーロカビリアン達の間でも、後頭部をダックテールにし、前髪を「ポンパドール」にした合わせ技に人気があった。これは、80年代のパンクの影響を受けたサイコビリークイッフのような直線的なものと異なり、櫛でいかに美しく色気のある曲線に梳かし立てるかを競った芸術的なものであった(1955年頃のエルヴィス・プレスリーのポンパドールは美しい'曲線'である)。曲線的なものをロカビリー・ポンプ、直線的なものをサイコビリー・ポンプと呼び分ける場合もある。

カリフォルニアでは、後髪のダックテールに加えて長めの前髪をウェーブのかかったポンパドールにする「ブレーカー (Breaker)」と呼ばれる髪型が流行った。

同時期のイギリスでは、後髪をダックテールにし、ボリュームのある前髪を頭頂部に集める「クィッフ」にするスタイルが、テッズ (Teddy Boys) やロッカーズと呼ばれる若者の間で流行となった。前髪の一部を額の前方に垂らす場合は、「Elephant's trunk(象の鼻)」と呼ばれる[10]

日本でも戦後のアメリカの影響下で、1950年代にリーゼント(ダックテール+ポンパドール)はロカビリーと共に流行したが、面倒なダックテールは数年で廃れる事となった。本来、リーゼントは上記ダックテールと同義的意味の名称であったが、1960年頃には本来はダックテール(後頭部の髪型)とのコンビネーションスタイルであるポンパドール(前頭部の髪型)だけが残り、これがポンパドールをリーゼントと混同する誤解の原因であると考えられる[疑問点]

その後1980年代に入り、ロンドンの50'sリバイバル、プレスリーなどのロカビリーブーム、パンクの要素を取り込んだサイコビリーの誕生とともに流行は東京に飛び火し、竹下通りにたむろするロックンローラー族(ローラー族)の若者たちなどはこぞってポンパドールやクイッフを併せ持ったリーゼントスタイルを愛好した[11]。70年代後半のロンドンのテッズのリーゼント(ポンプ、クイッフ)のトサカは、80年代の日本のヤンキー漫画ばりに非常に巨大化している[12][13]。80年代の日本では、リーゼント(ポンパドール+ダックテール)はヤンキーの髪型として流行したが、1990年代には衰退した。現在では一部の愛好家の間で見られるのみとなっている。

考案者編集

ポンパドール+ダックテールを組み合わせた髪型は、1950年代になって突如としてエルヴィス・プレスリーが始めたわけではなく、その前兆はロサンゼルス、ロンドン、東京など流行に敏感な都市ではすでに1930年代から見られていた。1930年代に流行していた、ポマードで前髪と横の髪を後ろになでつけるオールバックが徐々に発展し、1950年代の洗練された後頭部でIの字に揃えるダックテールと、前髪は一度前に膨らませてから後ろに持っていくポンパドールに行き着いたと考えられる[14][15]。そもそも、女性の髪型ではポンパドールや日本髪の高島田のような前髪の造形は以前から行われていた[16]

日本

RCC中国放送の調査では、現在の日本で見られるリーゼントスタイル[どれ?]は、戦後に尾道市の理容師・小田原俊幸(1922年 -2011年8月18日[17])によって確立されたものだという[18]。1950年の読売新聞では、すでにリーゼントという名称が使われていたと言う。

もう一人、リーゼントの考案を主張している者に、銀座の理容師である増田英吉がいる[19]。彼は1933年頃に、欧米を中心に流行だったオールバックを日本人の頭部の形に適するよう一度前に膨らませてから後ろになでるける、リーゼントを考案したと語っている[20]。この髪型は、1936年の「日本理容通信」にも時のイギリス摂政皇太子(プリンス・リーゼント)だったエドワード8世の写真とともに紹介されているという[21]。この髪型はエノケンも採用した[22]が、50年代のリーゼントと比べると前髪のボリュームはそれほどない。戦争の激化につれて奢美な髪型は戒められたが、戦後の1947年のアメ横の闇市ではこのリーゼントの若者が復活したと言う。これがどのような髪型だったのかは、当時の写真などの調査資料が待たれる。

アメリカ

1925年の小説グレート・ギャッツビーの主人公ジェイ・ギャッツビーは、10代の頃は(当時は女性の髪型だった)ポンパドールにしていたと言う記述がある。

1930年代半ばから40年代を通じて、ロサンゼルスのメキシコ系アメリカ人のパチューコ (Pachuco) /女性はパチューカと呼ばれた不良グループは、すでにポンパドールの髪型を始めており、40年代半ばにはダックテールとポンパドールを組み合わせた髪型も始めている[23]ズート・スーツ (Zoot suit) を着て、ポンパドールにセットするのが彼らのファッションだった[24]

また白人の映画俳優の間でも、1930年代から当時流行のオールバックに前髪を長めにしてボリュームを持たせるスタイルが始まっており(クラーク・ゲーブルなど)、1940年代にはさらにボリュームのある前髪も見られる[25]。1940年代のアメリカでは、すでに多くの若者がポンパドールの髪型をしている写真の記録が残っている[26]

1940年代のグリーサーズ (Greaser) と呼ばれた不良の若者たちも、ポマードでガチガチに固めた髪型をしていた(グリーサーの名前の通り、グリース(潤滑油)を塗ったようなテカテカの頭をしていた)。彼らの中にはダックテールにしているものもいた。

整髪方法編集

ポマードを塗り付け、サイドの髪を後頭部へなでつける。さらに、櫛の歯の先を使って後頭部の中心線でセンター分けになるように、頭頂部からうなじにかけて梳かす。こうして、アヒルの後ろ姿のような形になるまでスタイリングする。さらに、サイドの髪も閉じたアヒルの羽のような形になるようにスタイリングする。

フロントおよびトップは、ポンパドール、クィッフ、フラットトップなどを組み合わせるのが通常である。

ポマードは、この髪型が崩れないようにするために重要である。アメリカでは、Black & White, Sweet Georgia Brown, Royal Crown, and Murraysなどのブランドが人気があった。西海岸では、Dixie PeachまたはBrylcreemなどのポマードとWildroot Cream-Oilなどのトニックが人気があった。

この髪型を一日中キープするには、何度もセットする必要があり、この髪型をするものはジーンズやシャツのポケットに櫛を持ち歩くのが常であった。おもむろに人差し指と中指で櫛を押さえながら、髪をセットするのである。

リーゼントの著名人編集

エルヴィス・プレスリーElvis Aaron Presley
ポンパドール&ダックテール(1950年代ロカビリー時代)ヘアの代表的ロックアンドローラー。
ジェームズ・ディーン
エデンの東』や『理由なき反抗』の俳優。1950年代のアメリカの不良ヘアの代表者の一人。
リトル・リチャード
ロックンロールの草分けの一人。50年代は黒人特有のボリュームのあるリーゼントヘアであった。
エヴァリー・ブラザース
50年代のロックミュージシャン。兄弟二人揃ってリーゼントヘアである。
ザ・ビートルズ
1960年デビュー当時のマッシュルーム・カットや後期のロング・ヘアが有名だが、デビュー以前にドイツハンブルクで活動していた頃は、前髪をソフトなポンパドールスタイルに、後頭部はぴったり合わせたリーゼントスタイルであった。
キャロル
1972-75年に活動したリーゼントスタイルのロックバンド。
クールス
1975年デビュー当時からメンバー全員リーゼント(バックをリーゼントスタイルにした本物)が原則。なお、この原則を作ったのは舘ひろしである。また、ボーカリストの村山一海は、クレイジーケンバンド横山剣(同じく元クールス)いわく「芸能界でリーゼントが似合うNo.1」とのこと。
ストレイキャッツ
1980年代のロカビリーバンド。全員がダックテール。
三浦大輔
横浜DeNAベイスターズ監督。現役時代からトレードマークとして知られ、通算172勝をマークした。

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ リーゼントに憧れてる人に知ってもらいたいリーゼントの種類。
  2. ^ リーゼントはどこ? 意外な事実が判明し、「知らなかった」の声が続出
  3. ^ [1]
  4. ^ Peterson, Amy T.; Kellogg, Ann T. (2008). The Greenwood Encyclopedia of Clothing Through American History 1900 to the Present. ABC-CLIO. p. 53. ISBN 978-0-313-33395-8. https://books.google.com/books?id=rQCEF-tG77AC&pg=RA1-PA53 2012年9月18日閲覧。 
  5. ^ Clark, Terry N. (2004). The City As an Entertainment Machine. Emerald Group Publishing. p. 163. ISBN 978-0-7623-1060-9. https://books.google.com/books?id=SlJNbt4xf3YC&pg=PA163 2012年9月18日閲覧。 
  6. ^ Kubernik, Harvey (30 December 2006). Hollywood Shack Job: Rock Music in Film and on Your Screen. UNM Press. p. 273. ISBN 978-0-8263-3542-5. https://books.google.com/books?id=Wp-Xc4lMnRUC&pg=PA273 2012年9月18日閲覧。 
  7. ^ Calhoun, Craig; Sennett, Richard (2007). Practicing Cultures. New York: Routledge. p. 205. ISBN 9781134126118. https://books.google.com/?id=NbO4CDIWhn4C&pg=PA205&lpg=PA205&dq=high+school+%22short+hair%22+1950s#v=onepage&q=high%20school%20%22short%20hair%22%201950s&f=false 
  8. ^ Sherrow, Victoria (2006). Encyclopedia of Hair: A Cultural History. Greenwood Publishing Group. p. 192,194, 206–208. ISBN 978-0-313-33145-9. https://archive.org/details/encyclopediaofha0000sher 2012年9月17日閲覧。 
  9. ^ Wallace, Andy (1994年2月15日). “'Duck Cut' inventor Cirello, barber to stars dies at 79”. Ocala Star-Banner. https://news.google.com/newspapers?nid=1356&dat=19940215&id=jMhPAAAAIBAJ&sjid=_AcEAAAAIBAJ&pg=5411,2815587 2014年2月24日閲覧。 
  10. ^ 10 Modern Elephant Trunk Hairstyles (aka. Grease Hairstyles) – Bringing it Back to Life
  11. ^ 原宿の『ローラー族』 1980年 第2次ロカビリーブーム
  12. ^ 男は黙ってリーゼント。髪型にこだわる男たちの美意識。
  13. ^ THE TEDS
  14. ^ Men’s Hairstyle Trends Over The Years: 1930s to 2016
  15. ^ 1950s Men’s Hairstyles Still in Trend Today
  16. ^ History of the quiff hairstyle
  17. ^ 尾道見聞録に詳しい 路地ニャン公の尾道ホッと情報 - 2016年8月22日閲覧
  18. ^ RCC中国放送の「敬老の日特集」(2006年9月18日放送)の時点で小田原の現役生活は70年に及んでおり、番組中には鮮やかなはさみ捌きを披露し「まずは90歳まで現役でいること。それから95歳、100歳。理容師の長寿世界一を目指したい」と意気込みを語った。2011年8月18日、小田原俊之さんは永眠された。享年88才(数え年で言えば90才)であった。小田原俊之さんに師事した弟子は総勢31名だったという。
  19. ^ 昭和唱和ショー「リーゼント」 - 無駄じゃ無駄じゃ(?)
  20. ^ Masuda, Eikichi. Rekishi kara Mita Gendai no Heā-Fasshon (Contemporary Hairstyles as Seen From History). Zenkoku Riyō Kankyō EIsei Dōgyō Kumiai Renḡokai, 1972. p.71-72
  21. ^ History of the Regent
  22. ^ エノケン、オールバック写真
  23. ^ Zoot Suit Culture
  24. ^ The Dandy Suit that America Banned and Caused a Riot
  25. ^ THE MOST ICONIC MEN’S HAIRSTYLES IN HISTORY: 1920 – 1969
  26. ^ 1940s Men’s Hairstyles & Facial Hair