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地理編集

ルゼはロワール川南岸に位置する。ルゼ中心部はナントの中心部から3マイル離れている。

歴史編集

新石器時代メンヒルの存在で明らかなように、先史時代から人が定住していた。ロワール下流はケルト系のアンビリアティ族(fr)が定住しており、その後ローマ人がアウグストゥス帝時代にラティアトゥム(Ratiatum)をつくった[1]。これがルゼの前身である。1世紀、プトレマイオスは『ラティアトゥムはリモヌム(現在のポワティエに次ぐ第二の都市である』と言及している[2][3]。神殿やヴィッラが建てられ繁栄した都市であったが、港に泥の堆積が3世紀末から進行し、まちは衰退していった。260年にサクソン人とフランク族がまちを襲撃し始めた。ナントとともにラティアトゥムは略奪され、焼かれた[4]。4世紀にラティアトゥムはキリスト教が伝来した。

851年、シャルル禿頭王とブルターニュ王エリスポエ(fr)が締結したアンジェ条約によって、ルゼとロワール川南の流域がブルターニュ王国に併合された[5]。ルゼとその地域の運命は、9世紀からナントと密接に結びつくようになる。ルゼはナント司教区に属し、ロワール川南西にブルターニュ公が制定したペイ・ド・レズ地方に属した。

ヴァンデ戦争においては、農民軍のナント攻撃の拠点となった。戦争で廃墟と化したルゼは、19世紀より再建が始まった。この時期、かつての住民たちが再びルゼに戻ってきた。

1946年、ナントとの統合を問う住民投票が行われたが否決された。戦後の再建の時代、住宅に対するニーズの増大が都市の大規模な都市化につながった。1963年、モンティ・ド・ルゼにあるかつての城跡に大規模な公営住宅が建設された。

交通編集

  • 鉄道 - TERペイ・ド・ラ・ロワール、ルゼ・ポン=ルソー駅。ナント・トラムの路線あり。
  • 道路 - ナント環状道路がルゼを通り、4つのインターチェンジがある。

人口統計編集

ルゼは、第二次世界大戦後に都市の拡大を経験するまで、長い間半農村のまちだった。かつての村の周りが成長していき、1950年代から1980年代のルゼの都市化は単一性に欠けている。短期間人口は停滞したが、現在は増加に転じている。

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年
28 276 33 509 35 730 33 562 33 262 25 518 37 333

参照元:Insee[6] · [7] · [8]

姉妹都市編集

脚注編集

  1. ^ Carte de José Gomez de Soto, d’après Jean Hiernard et Louis Maurin, in Jean Combes dir., Histoire du Poitou et des Pays charentais. Clermond-Ferrand : Éditions Gérard Tisserand, 2001. 2-84494-084-6, p 90
  2. ^ Géographie, II, 7, 6
  3. ^ « Rezé, une ville antique », sur site de la Mairie de Rezé (consulté le 17 juin 2010)
  4. ^ (de Wismes 1995, p. 18)
  5. ^ (Belser 2000, p. 20)
  6. ^ « Évolution et structure de la population », sur Résultats du recensement de la population - 2008 (consulté le 4 janvier 2012)[リンク切れ]
  7. ^ « Recensement de la population au 1er janvier 2006 », sur le site de l'Insee (consulté le 4 janvier 2012)
  8. ^ « Recensement de la population au 1er janvier 2009 », sur le site de l'Insee (consulté le 4 janvier 2012)