ルネ・プレヴァン

ルネ・プレヴァン(フランス語:René Pleven1901年4月15日1993年1月13日)は、フランス政治家ヴァンサン・オリオール政権にて首相を務めた。

ルネ・プレヴァン
René Pleven
René Pleven.jpg
生年月日 (1901-04-15) 1901年4月15日(120歳)
出生地 Flag of France (1794–1815, 1830–1958).svg フランス レンヌ
没年月日 (1993-01-13) 1993年1月13日(91歳没)
死没地 フランスの旗 フランス パリ
出身校 レンヌ大学
所属政党 レジスタンス民主社会主義連合など

内閣 ジャック・シャバン=デルマス内閣
第1次ピエール・メスメル内閣
在任期間 1969年6月22日 - 1973年3月15日
大統領 ジョルジュ・ポンピドゥー

内閣 ピエール・フリムラン内閣
在任期間 1958年5月14日 - 1958年6月1日
大統領 ルネ・コティ

内閣 第1次ルネ・プレヴァン内閣
第2次ルネ・プレヴァン内閣
在任期間 1950年7月12日1951年3月10日
1951年8月11日 - 1952年1月20日
大統領 ヴァンサン・オリオール

在任期間 1949年10月28日 - 1950年7月12日
1952年3月8日 - 1954年6月19日
大統領 ヴァンサン・オリオール
ルネ・コティ
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生涯編集

1901年4月15日にレンヌに誕生する。第二次世界大戦中は自由フランスに参加した。戦後、レジスタンス組織を広範に結集した中道右派政党のレジスタンス民主社会主義連合(Union démocratique et socialiste de la Résistance、UDSR)結成に参加した。自由フランス時代、フランス第四共和政にあって幾多の閣僚を経て、1950年7月から1951年3月、1951年8月から1952年1月までの2度に渡り首相を務めた。主な業績としては、フランス・イタリア西ドイツベネルクス三国による欧州防衛共同体構想(プレヴァン・プラン1950年)の策定が挙げられる。

1993年1月13日にパリで亡くなった。91歳であった。

外部リンク編集

先代:
アンリ・ブレオー
  フランス植民地大臣
1944年8月26日 – 1944年9月10日
次代:
ポール・ジャコビ
先代:
エメ・ルペルク
  財務大臣
1944年9月 - 1946年1月
次代:
アンドレ・フィリップ
先代:
ピエール・マンデス=フランス
  国民経済大臣
1945年4月6日 – 1945年11月21日
次代:
フランソワ・ビロウ
先代:
ポール・ラマディエ
ジョルジュ・ビドー
  フランス国防大臣
第7代:1949年10月28日 - 1950年7月12日
第10代:1952年3月8日 - 1954年6月19日
次代:
ジュール・モック
ピエール・コーニッグ
先代:
  副首相
ギー・モレジョルジュ・ビドー
1951年3月10日 - 1951年8月11日
次代:
先代:
アンリ・クイユ
アンリ・クイユ
  フランス閣僚評議会議長
第119代:1950年7月12日 – 1951年3月10日
第121代:1951年8月11日 - 1952年1月20日
次代:
エドガー・フォール
アンリ・クイユ
先代:
クリスチャン・ピノー
  フランス外務大臣
第10代:1958年5月14日 - 1958年6月1日
次代:
モーリス・クーヴ・ド・ミュルヴィル
先代:
ジャン=マルセル・ジャンネイ
  フランス司法大臣
第7代:1969年6月22日 - 1973年3月15日
次代:
ピエール・メスメル