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生い立ち編集

カリフォルニア州モントレーでイタリア移民の子として生まれた。1960年サンタクララ大学政治学専攻卒。1963年、同大学ロー・スクール法務博士課程修了。1963年に陸軍に入隊し、情報将校となる。1963年少尉に昇格。1966年に陸軍称揚章を獲得し中尉に昇格、同年に除隊。

政治経歴編集

もともとは共和党員で、1966年から1969年まで、共和党穏健派の連邦上院議員トーマス・カッチェルの政策秘書を務める。1969年にロバート・ハチソン・フィンチ保健教育福祉長官の補佐官となる。その後、保健教育福祉省公民権課長に任命されたが、翌1970年に辞職した。

1970年から1971年までやはり共和党穏健派であったジョン・リンゼイニューヨーク市長の補佐官を務めた。1971年にはモントレーに帰郷し、法律事務所を共同経営しながら弁護士活動に従事。この頃民主党員に転向した。

1977年から1993年まで、カリフォルニア州16選挙区から民主党の連邦下院議員を務めた。予算・教育・公民権などに取り組む。1979年から予算委員会に所属し、1989年から1993年まで予算委員長を務める。

政権歴編集

その後、民主党ビル・クリントン政権下の1993年から1994年まで行政管理予算局局長を務め、1994年には大統領首席補佐官に抜擢され1997年まで務めた。

CIA長官編集

2009年1月、バラク・オバマ大統領からCIA長官に指名された。

陸軍退役後は、内政畑を歩んできたことから、ジャーナリストやCIAなどアメリカの各情報機関では経験不足を懸念する声があがった。

一方で、組織をまとめる能力は高く評価されているうえ、クリントン大統領の首席補佐官時代には、CIAのブリーフィングに定期的に出席していたことから、CIA長官としての力量には問題はないという声もあり、イラク人虐待問題などで失墜したCIAの信頼回復を期待された。

国防長官編集

2011年4月、バラク・オバマ大統領から国防長官に指名され、2011年6月21日にアメリカ合衆国連邦議会上院本会議でCIA長官の時と同じく、全会一致で承認された[1]。7月1日よりロバート・ゲーツに代わって国防長官に就任した。

2019年、旭日大綬章受章[2]

著作編集

脚注編集

  1. ^ パネッタ米国防長官を承認 上院が全会一致 産経新聞 2011年6月23日閲覧
  2. ^ 『官報』号外第151号、令和元年11月5日

外部リンク編集