レニングラード・カウボーイズ

レニングラード・カウボーイズLeningrad Cowboys)は、フィンランドヘルシンキ出身のロックバンドである。独特の出で立ちや音楽性でカルト的な人気を持つ。

レニングラード・カウボーイズ
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レニングラード・カウボーイズ(2005年)
基本情報
別名 スリーピー・スリーパーズ
出身地  フィンランドヘルシンキ
ジャンル
活動期間 1989年 -
レーベル
公式サイト www.leningradcowboys.fi
メンバー
  • ティペ・ジョンソン
  • サッケ・ヤルヴェンパー
  • ユウソ・ハンヌカイネン
  • ユハ・コルテヒスト
  • ペモ・オヤラ
  • マルシ・ニューマン
  • ティモ・トロネン
  • ペトリ・プオリタイヴァル
  • サミ・ヤルヴィネン
  • ツオマス・ウウシタロ
  • ヴァレ・ヴァルティアイネン

特徴編集

メンバーは、極端なリーゼントの髪型(約25cm)、同じく極端に先の尖ったブーツを履き、旧ソ連軍服を模した衣装にサングラス姿というスタイルがトレードマーク。バンド名からも分かる通り、ウォッカカチューシャコサックなどのロシアの風物を好んで曲のモチーフにしている。このためロシア出身のバンドという誤解を受けることもある。

バンドの音楽性はポルカなどロシアの民族音楽や、プログレッシブ・ロックにも影響を受けているが、ギターベースドラムなど一般的なロックバンドの構成に加え、数名のブラスセクションを置いているため、賑やかでユーモラスな曲調である。また、この編成のため10人前後のメンバーを抱える大所帯バンドとなっている。

オリジナル曲の他、欧米のバンド(ビートルズローリング・ストーンズレッド・ツェッペリンなど)のヒット曲・スタンダード曲をカバーすることも多い。

経歴編集

このバンドが広く知られるようになったのは、1989年のフィンランド映画『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(アキ・カウリスマキ監督)によってである。ただし、「レニングラード・カウボーイズ」というバンドは、当初はカウリスマキ監督の創作に過ぎなかった。それまで「スリーピー・スリーパーズ」(Sleepy Sleepers) という名前で活動していたバンドが「レニングラード・カウボーイズ」という“架空”のバンド役で映画に出演することになったが、結果的に「レニングラード・カウボーイズ」は映画のおかげで話題となり、バンドは映画の枠を超えて活動を続けることになった。

1993年、旧ソ連の「ロシア軍歌と踊りのアンサンブル」(Ансамбль песни и пляски Российской армии, いわゆる「アレクサンドロフ・アンサンブル」「赤軍合唱団」)総勢170名とのジョイントコンサート「トータル・バラライカ・ショー」をヘルシンキで開催し、7万人の観客を集めた。この時の模様は、カウリスマキ監督により同名のドキュメンタリー映画にもなっている。さらに翌1994年、アレクサンドロフ・アンサンブルのメンバー70名を引き連れ、ニューヨークMTVビデオ・ミュージック・アワードに出演。同年にはベルリンでもアレクサンドロフ・アンサンブルとのジョイントコンサートを行い、6万人を動員した。

1994年には「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」の続編となる映画『レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う』に出演。その後2003年には、「グローバル・バラライカ・ショー」と題したコンサートを開き、アレクサンドロフ・アンサンブルの他にアメリカキューバセネガルなど海外からのアーティスト120名とともにステージに立った。

2009年現在も精力的に演奏活動を展開している。

その他編集

バンドが主演する劇映画2作を撮ったアキ・カウリスマキ監督との縁は深く、「These Boots」「Thru the Wire」などの曲で、プロモビデオをカウリスマキが演出している。また、俳優業にも進出した元メンバーのサカリ・クオスマネンは、その後数々のカウリスマキ作品に出演した。

先述の通り大編成のバンドであり、現在は11名のメンバーと2名の「レニングラード・レディース」(コーラス担当)が在籍する。メンバーの脱退などで数度の入れ替わりがあり、活動開始当時からのメンバーは数人しか残っていない。

日本にもテレビ出演などで数度訪れており、缶チューハイの CM に出演して日本語で歌ったこともある。日本テレビバラエティ番組進め!電波少年』の企画にて、松村邦洋がメンバーのリーゼントヘアをで切り取る企画を断行。失敗に終わる。

バンド名の由来ともなったロシアの都市・レニングラードがサンクトペテルブルクと改称された際、その名も「Leningrad」という曲で「俺たちのレニングラードを返せ!」と歌った。

ジンギスカン」をカバーした際には、もともとドイツのジンギスカンの楽曲にもかかわらず、なぜか日本語で歌っている。

ディスコグラフィ編集

スタジオ・アルバム編集

  • 1917–1987 (1988年)
  • Leningrad Cowboys Go America (1989年) ※映画『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』のサウンドトラック
  • 『俺たちゃブルックリン生まれ!?』 - We Cum From Brooklyn (1992年)
  • 『ハッピー・トゥギャザー』 - Happy Together (1994年) ※カバーアルバム
  • 『レニングラード・カウボーイズ宇宙へ行く』 - Go Space (1996年)
  • 『モンゴリアン・バーベキュー』 - Mongolian Barbeque (1997年)
  • Terzo Mondo (2000年)
  • Zombies Paradise (2006年) ※カバーアルバム
  • Buena Vodka Social Club (2011年)
  • Merry Christmas (2013年)

ライブ・アルバム編集

  • Live in Prowinzz (1992年)
  • 『トータル・バラライカ・ショウ』 - Total Balalaika Show - Helsinki Concert (1993年)
  • Nokia Balalaika Show (1995年) ※プロモ盤のみ
  • Global Balalaika Show (2003年)

コンピレーション・アルバム編集

  • Thank You Very Many - Greatest Hits & Rarities (1999年)
  • Leningrad Cowboys Go Wild (2000年)
  • Those Were the Days - The Best Of Leningrad Cowboys (2009年)
  • Those Were the Hits (2014年)

フィルモグラフィ編集

注記のないものはすべてアキ・カウリスマキ監督。

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d Mason, Stewart. Leningrad Cowboys Biography, Songs, & Albums - オールミュージック. 2022年6月29日閲覧。

外部リンク編集