レベッカ (1940年の映画)

1940年制作のアメリカの映画作品

レベッカ』(Rebecca)は、アルフレッド・ヒッチコック監督による1940年アメリカ合衆国サイコスリラー映画英語版。英国で活動していたヒッチコックの渡米第一作。出演はジョーン・フォンテインローレンス・オリヴィエなど。ダフニ・デュ・モーリエ小説レベッカ』を原作とし、制作はセルズニック・プロ、米国内配給はユナイテッド・アーティスツが担当。第13回アカデミー賞にてアカデミー賞最優秀作品賞撮影賞白黒部門)の2部門を獲得。

レベッカ
Rebecca
Rebecca (1939 poster).jpeg
ポスター(1939)
監督 アルフレッド・ヒッチコック
脚本 ロバート・E・シャーウッド英語版
ジョーン・ハリソン
原案 フィリップ・マクドナルド
マイケル・ホーガン英語版
原作 ダフニ・デュ・モーリエ
製作 デヴィッド・O・セルズニック
出演者 ジョーン・フォンテイン
ローレンス・オリヴィエ
ジョージ・サンダース
音楽 フランツ・ワックスマン
撮影 ジョージ・バーンズ
編集 W・ドン・ヘイズ
製作会社 セルズニック・インターナショナル・ピクチャーズ
配給 アメリカ合衆国の旗 ユナイテッド・アーティスツ
日本の旗 東和
公開 アメリカ合衆国の旗 1940年3月22日
日本の旗 1951年4月7日
上映時間 130分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $1,288,000[1]
興行収入 アメリカ合衆国の旗カナダの旗 $6,000,000[1]
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ジュディス・アンダーソン(左)とジョーン・フォンテイン

日本での公開は1951年4月。オリジナル上映時間は130分。

ストーリー編集

ヴァン・ホッパー夫人の付き人(レディズ・コンパニオン)としてモンテカルロのホテルにやってきた「わたし」は、そこでイギリスの大金持ちであるマキシムと出会い、2人は恋に落ちる。マキシムは1年前にヨットの事故で前妻レベッカを亡くしていたのだが、彼女はマキシムの後妻として、イギリスの彼の大邸宅マンダレイ英語版へ行く決意をする。多くの使用人がいる邸宅の女主人として、控えめながらやっていこうとする彼女だったが、かつてのレベッカづきの使用人で、邸宅を取り仕切るダンヴァース夫人にはなかなか受け入れてもらえない。次第に「わたし」は前妻レベッカの見えない影に精神的に追いつめられていき、遂にはダンヴァース夫人に言われるまま、窓から身を投げようとしてしまう。そのとき、偶然に上がった花火の音で「わたし」は正気を取り戻すが、その花火は難破船が見つかったことを知らせるものであった。見つかった船はレベッカのヨットで、船内からレベッカの死体が見つかる。レベッカは嵐の夜にヨットで遭難し、流れ着いた死体をマキシムが確認して既に葬られていたことから、改めてレベッカの死因が調べられることになる。この事態に絶望したマキシムはレベッカの死の真相を「わたし」に語る。その日、かねてよりレベッカの放蕩に悩まされ続けていたマキシムが、彼を罵倒するレベッカに詰め寄ったところ、彼女が倒れて頭を打って死んでしまったために、その遺体を運び入れたヨットごと沈めたのである。マキシムがレベッカを全く愛してなどいなかったことを知った「わたし」はマキシムを支えようと決意し、2人は互いの愛を確認する。

レベッカの死に関する審問が始まる。レベッカの船の整備を請け負っていた船大工のタブの調査により、レベッカの船には意図的に中から穴が空けられていたことが判明する。レベッカの「従兄(cousin)」と称する愛人だったジャックはレベッカが自殺するなど考えられないことからマキシムによる殺害の可能性をちらつかせてマキシムに金を無心する。マキシムはジャックの脅迫を跳ね除け、逆にジャックを告発しようとする。慌てたジャックはレベッカが自分の子を妊娠し、死の当日に医師の診察を受けていたことを明かす。ところが、その医師の証言により、レベッカは妊娠していたのではなく、不治の癌に冒されていたことが明らかになり、レベッカの死は自殺によるものと断定される。実は、自殺を決めたレベッカは自らの病を隠したままマキシムに自分を殺させようとしていたのである。レベッカによる呪縛からようやく解き放たれた2人だったが、現実を受け入れられずに狂ったダンヴァース夫人によって屋敷は火をつけられ、彼女とともに焼け落ちて行く。

キャスト編集

日本語吹替編集

役名 俳優 日本語吹替
NETテレビ PDDVD N.E.M.版[2]
わたし ジョーン・フォンテイン 武藤礼子 本田貴子 早見沙織
マキシム ローレンス・オリヴィエ 家弓家正 小山力也 三木眞一郎
ダンヴァース夫人 ジュディス・アンダーソン 加藤道子 紗ゆり 宮村優子
ジャック ジョージ・サンダース 川久保潔 後藤敦 江頭宏哉
フランク レジナルド・デニー 島宇志夫 中村浩太郎 佐々木義人
ベアトリス グラディス・クーパー 島宗りつこ 濱口綾乃
ジャイルズ ナイジェル・ブルース をはり万造 菊地達弘
ベン レオナルド・キャリー 槐柳二 山内勉 篠原孝太朗
タブ ラムスデン・ヘイア 緑川稔 武虎
フリス エドワード・フィールディング 北村弘一 佐々木睦 虎島貴明
ロバート フィリップ・ウィンター 澤田将考 三好翼
ホッパー夫人 フローレンス・ベイツ 竹口安芸子 八百屋杏
ベイカー医師 レオ・G・キャロル 真木恭介
演出:春日正伸、翻訳:山田実、効果:P.A.G、調整:山田太平
  • PDDVD版
その他声優:西垣俊作牧之瀬ゆい
演出:多部博之、翻訳:塩崎裕久、調整:遠西勝三、制作:ミック・エンターテイメント
  • N.E.M.版:様々な名画を現代の人気声優が吹き替える「New Era Movie」というプロジェクトによって製作されている。

製作編集

ヒッチコックは制作の数年前に「レベッカ」の映画化を検討したが、版権が取れずに断念した経緯があったため、この作品を手がけることには乗り気だったと思われる。しかし、それまで常に自作の脚本に関与してきたのに「レベッカ」のシナリオには参加できず、しかも制作中にプロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックから多くの横やりが入っており、ヒッチコックにとってはおおいに不本意な制作環境であったという。

セルズニックは配役にあたってオリヴィア・デ・ハヴィランドを主人公にと考えていたが、彼女はすでにサミュエル・ゴールドウィンの作品の出演が決まっていたので諦めた。その後彼女の妹のジョーン・フォンテインに打診したが、彼女のエージェントは全く別の女優を推薦してきた。結局ロレッタ・ヤングヴィヴィアン・リーアン・バクスター(彼女はヒッチコックのお気に入りで後に『私は告発する』(1953)で出演させている)なども選択肢になったが、特に役作りの上でヤングとリーは間違った選択になると思い、結局ジョーン・フォンテインに落ち着いた。しかし、当時のフォンテインは大スターではなかったため、スタジオ側は彼女が主演と聞いて落胆したと伝えられる。

セルズニックはキャロル・ロンバードを主演させるために5万ドルの映画権料を支払い、男性側の主演にロナルド・コールマンを考えていた。しかし、近年発見されたセルズニックのメモによると、これではロンバードに引っ張られて殺人の陰謀に加わったような印象を受けるとして、コールマンは役を降りた。次の選択にはローレンス・オリヴィエウィリアム・パウエルレスリー・ハワードなども候補に挙がったが、結局オリヴィエがパウエルより少ない10万ドルのギャラで同意したため、決定となった。

ヒッチコックはセルズニックがセットに押しかけるのを拒んだ。その結果、ラッシュを見たセルズニックから膨大なメモを受け取るようになった。そのメモの指摘の中には、オリヴィエの演技のペースが遅いことも指摘してあった。

オリヴィエとしては、当時の恋人ヴィヴィアン・リーとの共演を望んでいたため、撮影中ジョーン・フォンテインには冷たい態度をとった。オリヴィエの態度にフォンテインが恐れを抱いたのに気付いたヒッチコックは、スタジオにいる全員に対して、フォンテインに対してつらく当たるように伝えた。これによって、フォンテインから恥ずかしがりで打ち解けられないという演技を引き出したのであった。

劇中、フォンテイン演じる主人公のファーストネームは一度も語られることはない。原作者のデュ・モーリアは撮影中セルズニックに「ダフネ」と名前を付けるように頼んだが断られた。

ダンヴァース夫人は登場する際に歩く描写はほとんどなく、気付くと主人公の近くに立っている。これはもちろんヒッチコックの演出である。幽霊のように突如現れるイメージを繰り返すことで、ダンヴァース夫人が亡きレベッカ(とその屋敷)に取り憑かれた、主人公と対峙する側の存在であることをヒッチコックは強調している。

セルズニックはロケ地としてニューイングランド地方を中心に米国中を捜させたが、ぴったり条件に合う場所がなかった。そこで、遠景はミニチュアで作られたが、この世ならぬ雰囲気をかもし出すためにはかえって効果的であった。またヒッチコックは屋敷の立地を示すような映像を意図的に描かず、屋敷の存在をさらに神秘的なものにしている。

セルズニックは燃えさかる家の煙突から「R」の文字の煙を出させたかったが、ヒッチコックは技術上の困難さを理由に断った。代わりに枕の上で「R」の文字を炎が作ることにした。

『レベッカ』は1940年アカデミー作品賞を受賞。ヒッチコックは監督賞にもノミネートされていたが、結局監督賞は『怒りの葡萄』のジョン・フォードが受賞した。ヒッチコックにとっては生涯唯一の最優秀作品賞であるが、フランソワ・トリュフォーとの対談でヒッチコックは「あれ(作品賞)はセルズニックに与えられた賞だ」と語り[3]、実際にオスカー像もヒッチコックには与えられなかった(ヒッチコックはその後4度も監督賞にノミネートされたが結局受賞することはなく、壇上でオスカーを手にしたのは1967年、アーヴィング・タールバーグ記念賞(功労賞)の一度きりであった)。

DVD編集

本作品は日本国内では著作権保護期間が満了しパブリックドメインとなっているため、非常に安価なパブリックドメインDVDが数多く販売されている。

作品の評価編集

映画批評家によるレビュー編集

Rotten Tomatoesによれば、批評家の一致した見解は「ヒッチコック初のアメリカ映画(そして彼の唯一の作品賞受賞作)である『レベッカ』は、忘れがたい雰囲気、ゴシック的スリル、そして心を掴むサスペンスの傑作である。」であり、64件の評論の全てが高評価で、平均点は10点満点中8.80点となっている[4]Metacriticによれば、16件の評論の全てが高評価で、平均点は100点満点中86点となっている[5]

受賞歴編集

部門 対象者 結果
第13回アカデミー賞 作品賞 デヴィッド・O・セルズニック 受賞
監督賞 アルフレッド・ヒッチコック ノミネート
主演男優賞 ローレンス・オリヴィエ
主演女優賞 ジョーン・フォンテイン
助演女優賞 ジュディス・アンダーソン
脚色賞 ロバート・E・シャーウッド英語版ジョーン・ハリソン
作曲賞 フランツ・ワックスマン
美術監督賞(白黒部門) ライル・R・ウィーラー
撮影賞 (白黒部門) ジョージ・バーンズ 受賞
編集賞 ハル・C・カーン ノミネート
特殊効果賞 ジャック・コスグローブ英語版(写真部門)、アーサー・ジョーンズ英語版(音響部門)

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 再放送1974年12月18日『水曜ロードショー』他。

出典編集

  1. ^ a b Rebecca (1940) - Financial Information” (英語). The Numbers. 2014年3月2日閲覧。
  2. ^ N.E.M.officialさんのツイート(2019年11月29日) - Twitter
  3. ^ 『ヒッチコック映画術 トリフォー 株式会社晶文社 1981年12月発行 第6章121頁』
  4. ^ Rebecca (1940)” (英語). Rotten Tomatoes. 2021年1月21日閲覧。
  5. ^ Rebecca (1940) Reviews” (英語). Metacritic. 2021年1月21日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集