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レヴィー・ブレイク」 (When the Levee Breaks) は、アメリカの女性ブルースシンガー、メンフィス・ミニーカンザス・ジョー・マッコイとともに作曲し発表したブルース曲。イギリスロックグループ、レッド・ツェッペリンのレパートリーとして広く知られている。

レヴィー・ブレイク
レッド・ツェッペリン楽曲
収録アルバム レッド・ツェッペリン IV
リリース 1971年11月8日
録音 1971年
ヘッドリィ・グランジ
ジャンル ロック
時間 7分8秒
レーベル アトランティック
作曲者 ジョン・ボーナム
ジョン・ポール・ジョーンズ
ジミー・ペイジ
ロバート・プラント
メンフィス・ミニー
プロデュース ジミー・ペイジ

カリフォルニア
(7)
レヴィー・ブレイク
(8)

概要編集

ブルースのカヴァーでありながら同時に、レッド・ツェッペリンならではのヘヴィなロックナンバーとして仕上がった曲。ボーナムの強力なドラミングに、プラントのむせぶようなヴォーカルハーモニカ、ペイジのスライドギターが絡まって、強烈な印象を醸し出す。彼らに敵対的であった「ローリング・ストーン」誌も、この曲を「レッド・ツェッペリンのキャリアで初めての、悪趣味な改悪ではないブルースのカヴァー」と評している。

曲はビートを刻むボーナムのドラムスから始まるが、このドラムサウンドは多くの音楽関係者から「究極のドラムサウンド」と称賛されており、サンプリングの好素材となっている。レコーディング・エンジニアアンディ・ジョーンズの回想によれば、ボーナムは常にレコードになった自分のドラムスの音に不満を抱いていた。ジョーンズはボーナムの不満を解消しようと試行錯誤した結果、ヘッドリィ・グランジの高い吹き抜けのある玄関ホールにドラムスを設置し、少し離れた階段の2段目に一対のステレオ・マイクをセットして、リミッターを極限まで掛けた上でボーナムの演奏を収録した。プレイバックを聴いたボーナムは非常に満足していたという。

このほか、ヴォーカルのエフェクトを1コーラスごとに変える、ハーモニカの演奏にバックワード・エコー(余剰のレコーディングトラックを逆回転させながらテープエコーのディレイ成分だけを録音する。正回転でミックスするとディレイがオリジナル音よりも先に聞える)を掛ける、さらに曲の終盤ではステレオの左右の定位をまるごとパンニングさせるなど、さまざまなレコーディング技術が意欲的に盛り込まれた曲である。

来歴編集

原曲は1929年に発表された。1927年ミシシッピ大洪水に巻き込まれた黒人労働者の悲哀を歌っている。レヴィー(levee)は、英語で「堤防」のことで、原題("When The Levee Breaks")は「堤防が決壊するとき」の意。洪水が起こった際、プランテーション農園で働いていた黒人たちが集められ、で脅されながら堤防の決壊を防ぐための作業を無理やりさせられた。その後も彼らは帰郷を許されず、食料の供給も乏しい中、キャンプ生活を強いられ、救助活動を手伝わされた。歌詞はそのことを歌っている。なお、原曲はすでに著作権が消滅し、パブリック・ドメインになっている。[1]

ロバート・プラントは自分のレコードコレクションの中からこの曲に目を付け、我流に整理した上で1970年末、レッド・ツェッペリンのレコーディング・セッションに持ち込んだ。当初、アイランド・スタジオでのセッションでは完成させることができなかったが、1971年に入ってヘッドリィ・グランジに移動してから完成し、彼らの第4作アルバムレッド・ツェッペリン IV』のB面4曲目に収められて発表された。クレジットは、ジョン・ボーナムジョン・ポール・ジョーンズジミー・ペイジ、ロバート・プラント、及びメンフィス・ミニー。レコードでの演奏時間は7分余。

ステージ・パフォーマンス編集

1975年のアメリカツアーで数回演奏された。

1995年ロックの殿堂入りを共に果たしたニール・ヤングと、授賞式でセッションした。

脚注編集

参考文献編集

  • 『レッド・ツェッペリン全曲解説』デイヴ・ルイス著 福田美環子訳 シンコー・ミュージック刊