ロアッソ熊本

日本のサッカークラブ

ロアッソ熊本(ロアッソくまもと、Roasso Kumamoto)は、日本熊本県熊本市をホームタウンとする[1]日本プロサッカーリーグに加盟するサッカークラブである。

ロアッソ熊本
原語表記 ロアッソ熊本
呼称 ロアッソ熊本
愛称 ロアッソ
クラブカラー  [1]
創設年 2005年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン 明治安田生命J2リーグ
クラブライセンス J1
ホームタウン 熊本県熊本市[1]
ホームスタジアム
Kkwing20060513.JPG
えがお健康スタジアム[1]
収容人数 30,449[1]
運営法人 株式会社アスリートクラブ熊本[1][2]
代表者 永田求[1]
監督 日本の旗 大木武
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社アスリートクラブ熊本
Athlete Club Kumamoto Co.,Ltd.
種類 株式会社
市場情報 未上場
本社所在地 862-0954
熊本県熊本市中央区神水2-10-10 片岡ビル[1][2]
設立 2004年12月21日[2]
業種 サービス業
法人番号 6330001006420 ウィキデータを編集
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 永田求(代表取締役会長兼社長)[1][2]
資本金 3億4,500万円[2]
売上高 5億5,000万円 (2022年1月期)[3]
営業利益 ▲3,700万円 (2022年1月期)[3]
経常利益 ▲3,500万円 (2022年1月期)[3]
純利益 ▲3,700万円 (2022年1月期)[3]
純資産 3,100万円 (2022年1月期)[3]
総資産 3億500万円 (2022年1月期)[3]
決算期 1月期
主要株主 熊本県熊本市益城町
ロアッソ熊本持株会他
外部リンク http://roasso-k.com
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概要編集

運営会社は株式会社アスリートクラブ熊本(2004年12月設立)[1]。ホームスタジアムはえがお健康スタジアム[1]、練習場は熊本県民総合運動公園、水前寺競技場などを使用している(詳細は#スタジアム・練習場を参照)。

チーム名のロアッソは、阿蘇山および「火の国熊本」からイタリア語Rosso(ロッソ、の意味)と、イタリア語でAsso(アッソ、「唯一の」や「エース」を意味)を組み合わせた造語である[1][2]。エンブレムのデザインは暴れ馬と赤い盾[2]は選手・若者、盾はサポーターを表しており、盾の形は熊本県のマークからイメージしている[2]。エンブレムやマスコット等のモチーフとなっている「馬」は熊本の伝統的な祭事などに関わる象徴的な動物である[2]

クラブマスコットは「馬」をモチーフとしたロアッソくん(2008年誕生)[1] が務めている。

歴史編集

プロサッカークラブ発足まで編集

1969年に創部された日本電信電話公社熊本サッカー部が母体となり、2002年からはアルエット熊本(A熊本)の名称でクラブチームとなった。

2004年9月に発足した「熊本にJリーグチームを」県民推進運動本部[2] は、A熊本を母体としてプロサッカークラブを設立する方針を決定。2004年12月に運営会社として株式会社アスリートクラブ熊本(AC熊本)を設立[1] し、2005年2月にロッソ熊本が発足した[1]。なお、2008年に商標権の問題で「ロアッソ熊本」へ改称した[1]

発足と共に特別顧問に県知事、熊本市長が就任するなど自治体からの支援も受けた全県的なチームとしてJリーグを目指すこととなり、所属選手全員とプロ契約を結んだ。

なお、形式上ロアッソの前身はA熊本であるが、ロアッソへの移行の際にチーム名称以外にチームカラー・エンブレム・所属選手など全て変更されたため、新たにクラブが発足した2005年がロアッソの創設年とロアッソやJリーグのホームページにも記載され[1][2]、A熊本とロアッソは別のクラブと見なされている。ただし、天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会の出場回数はA熊本時代からの通算である。

2005年 - 2007年(九州・JFL)編集

2005年は九州リーグでは最終戦でFC琉球との首位攻防戦を制し、A熊本時代を含めて7回目の優勝を収めた。第29回全国地域リーグ決勝大会は3位。なお、JFL優勝の愛媛FCがJリーグへ加盟したため、日本フットボールリーグ(JFL)へ昇格した[1]。2006年8月にJリーグ準加盟クラブとして承認された[1]

2007年9月27日にJリーグ加盟の申請書を提出。同年のリーグ戦は2位の成績となり、12月3日のJリーグ臨時理事会で2008年度からのJリーグ加盟が承認された。

11月16日、Jリーグ加盟に併せて商標権の関係でクラブ名をロアッソ熊本へ改称すると報じられた[4]。この名称は8月に特許庁に申請しており、翌2008年4月には承認された[注釈 1]。11月29日、公式サイトに「チーム名変更について(お詫び)」と記された文面が掲載され[5]、12月25日にチーム名称とエンブレム・ロゴが発表された。

2008年 - 2018年(J2)編集

2008年編集

チームスローガン:Action & Communication

1月23日に『「ロアッソ熊本」国獲り宣言』と題した中期目標並びにシーズンスローガン、シーズン目標が発表され、またクラブマスコットロアッソくん』が誕生した。

韓国から車智鎬を完全移籍で、G大阪から中山悟志をレンタル移籍で獲得。あとは高校生2人(吉田智志網田慎)を獲得した。JFL昇格時のメンバーを中心としたメンバー構成で戦った1年目はシーズン終盤には8試合無敗となるなど、10勝13分19敗で12位の成績。5月に九州産業交通元取締役の岡英生がAC熊本の社長に、8月に池谷友良ゼネラルマネージャー(GM)に就任(監督と兼任)。なお、シーズン終了後に池谷が監督を退任した(GMは留任)。

2009年編集

チームスローガン:絆~Keep & Change~

京都のジュニアユース元監督の北野誠が監督に就任。

レンタル移籍だった中山悟志松岡康暢が完全移籍。京都から石井俊也を、甲府から宇留野純を、名古屋から元日本代表の藤田俊哉を完全移籍で獲得。G大阪から木下正貴をレンタル移籍で獲得した。リーグ戦は前年を下回る14位の成績。シーズン終了後に北野が監督を退任した。

2010年編集

チームスローガン:絆 ~STRONG WILL 強い意志~

東京V元監督の高木琢也が監督に就任。

木島良輔小森田友明石井俊也中山悟志山本翔平らが退団した一方、レンタル移籍であった木下正貴を完全移籍で獲得。また、元日本代表から南雄太、同じく神戸から松橋章太を完全移籍で、名古屋より平木良樹がレンタル移籍、徳島にレンタル移籍していた筑城和人、元山形渡辺匠を完全移籍で獲得。

シーズン開始後の4月に、2月より練習生として参加していたファビオターレスが入団した。2010 FIFAワールドカップによる中断期間に浦和より堤俊輔がレンタル移籍で加入。中断期間終了直後の7月にターレスが退団したが、7月21日には磐田よりカレン・ロバート、8月1日には横浜FCより片山奨典が完全移籍した。

開幕から5戦負け無しで一時は3位まで浮上。シーズンを通して2桁順位に一度も落ちる事無く終盤まで昇格争いに加わり、過去最高の7位でシーズンを終了、目標としていた10位以内を達成した。

2011年編集

チームスローガン:絆 ~be Real 実現~

高木体制2年目。

神戸よりエジミウソン横浜FCより岩丸史也根占真伍を完全移籍で、FC岐阜SECONDより片山朗を獲得。清水より長沢駿及び廣井友信より武富孝介期限付き移籍。また、中京大学より齊藤和樹大阪教育大学より田中俊一、柏U-18より仲間隼斗が入団した。

夏の移籍ウィンドウ期間中に、岡村和哉長崎へレンタル移籍したが、G大阪より菅沼駿哉がレンタル移籍、ソン・イニョンが入団した。

また、九州産業大学サッカー部所属の前山拓也がクラブ史上初の特別指定選手となり[6]、更に田中達也も特別指定選手となった。2種登録選手としてロアッソ熊本ユースより6人が登録された。また、南がキャプテンに、廣井と宇留野が副キャプテンに就任。

J2参入後開幕戦初勝利を挙げ、リーグ戦も前半は前年からの堅守路線を継続して昇格圏を伺う位置にいたが、FC東京や東京V、岡山に大敗するなどして、昨年よりも下位となる11位で終了。シーズンを通して3点以上得点した試合が全く無く、チームの総得点は33点で2011年のJ2リーグ20チーム中最低を記録した。天皇杯は初戦(2回戦)で鳥取に敗退。

第38節鳥栖戦の試合終了後、J1昇格が決まった鳥栖に対してロアッソサポーターが「サガン鳥栖を愛する全ての人へ 堅忍不抜の努力に敬意を表します 追いつき追い越すまでJ1にいてね♥」という横断幕を掲げ、サガン鳥栖コールを繰り返した。これに対し、鳥栖市から礼状が届き、また、サガン・ドリームス代表取締役会長井川幸広が感謝の意を述べた。

2012年編集

チームスローガン:絆 ONE heart ~心をひとつに~

高木体制3年目。また、3月9日に岡英生が社長を辞任、後任にGMの池谷が就いた[7]

補強は、C大阪から高橋祐太郎川崎から昨シーズン甲府にレンタル移籍した養父雄仁岡山から白谷建人大宮から藤本主税栃木SCから崔根植を完全移籍で獲得、関西サッカーリーグアイン食品サッカー部から畑実及び元FC琉球田島翔宮崎産業経営大学サッカー部所属の五領淳樹が入した。また、甲斐敬介がユース出身で初めてトップチームに昇格した。前年から引き続き九州産業大学の田中達也、新たに鹿屋体育大学山崎侑輝が特別指定選手となった。

シーズン開幕後、3月30日に練習生として参加していた元柏の藏川洋平、5月25日に柏の北嶋秀朗期限付き移籍が発表された。

第2節のホーム開幕戦の鳥取戦でシーズン初勝利を挙げ9位となるが、第7節から第15節まで9試合無勝利となるなど、開幕から15試合で2勝6分7敗と低迷、一時は19位にまで順位を下げた。第34節ホーム大分戦から第38節ホーム町田戦までクラブ史上初のリーグ戦5連勝(公式戦である天皇杯仙台戦を含めると6連勝)したが、最終成績は14位。シーズン終了後に高木は監督を退任した。天皇杯は3回戦でJ1仙台に勝利し、クラブ史上初めて4回戦へ進出した。

北嶋秀朗の呼びかけにより藤本主税と南雄太が賛同して、第28節栃木SC戦よりロアッソ熊本で使用されているチャントの一つである「come on rosso!」に乗せて、ホーム・アウェイに関わらずチームが勝利した時のみ試合後選手・スタッフと観客が一緒に踊るというパフォーマンスが行われるようになった[8]

2013年編集

チームスローガン:絆 with us ~180万馬力~

監督に、U-20サッカー日本代表元監督の吉田靖が就任。

市村篤司横浜FCへ、武富孝介湘南へ移籍、廣井友信清水へ復帰した。

補強は、千葉から佐藤慎之介ブラジルからドゥグラスジェフェルソンが完全移籍で、鳥栖から黒木晃平がレンタル移籍で加入。新卒は、秀岳館高校出身のパブロ流通経済大学から藤本大が入団した。また、北嶋秀朗がレンタル移籍から完全移籍へ、特別指定選手として昨季3試合に出場した山崎侑輝が正式に加入、終盤にベンチ入りしたユースの森川泰臣がトップ昇格を果たした。鹿屋体育大学の坂田良太が特別指定選手となった。また、4月に水原三星からノ・ヒョングを完全移籍で、甲府から堀米勇輝FC東京から橋本拳人をレンタル移籍で獲得。なお、堀米と橋本は2013年より新たに適用された「23歳以下の選手は下位カテゴリーへのレンタル移籍に限り、登録期間外でも自由に移籍が出来る」制度(育成型期限付き移籍)[9]を活用した[10]

開幕2戦を連敗後、第3節アウェー松本戦でシーズン初勝利を挙げるが、その後第4節から7戦勝利なし(4連続引分の後3連敗)となり、順位も20位まで低下。第11節から3連勝し14位まで順位を上げたものの、6月に入り再び第17節から第24節にかけて4連敗1回を含む8試合連続勝利なし(3分5敗)となり順位も19位まで降下。また6月15日(第19節)の北九州戦ではJ2最多得点差タイ記録となる0-7での敗戦を喫した[注釈 2]

7月10日、成績不振により吉田が監督を退任し、池谷友良が社長との兼務で代行監督に就任。また、同日付でパブロがヴォルカ鹿児島期限付き移籍した。7月27日、DFジェフェルソンの契約を解除。8月10日、元甲府所属ウーゴの移籍及び千葉から青木良太のレンタル移籍を発表。8月14日、池谷が社長を退任し、会長の永田求が社長を兼任することになる。

9月30日、2014年度のJリーグクラブライセンス申請において、J1ライセンスを付与されたものの、同時に、債務超過解消に向け「今期損益見通し詳細を報告し、Jリーグの指導を受けること」「2014年度予算編成に際し、Jリーグの事前指導を受けること」の2点が是正通達された[11]

第25節での勝利を最後に第26節から第32節まで7試合勝利なし(3引分後4連敗)の後、第33節から4試合負けなし(3勝1分)を記録したが、最終順位はJ2参加後ワーストの19位(10勝13分19敗、勝点43)。得失点差は22チーム中20位の-30であった。ホームゲームは4勝6分11敗の勝点18(アウェーは6勝7分8敗の勝点25)。年間入場者数は130,769人となり、前シーズン比6.3%の増加。天皇杯は3回戦で広島に敗れた。シーズン終了後に池谷が監督代行から退任した。

2014年編集

チームスローガン:絆 My Hometown 180万馬力

広島元監督の小野剛が監督に就任[1]池谷友良は社長に復帰した[12]

ノ・ヒョングドゥグラスウーゴが契約満了に伴い退団、また2013年シーズン途中に期限付き移籍で加入した堀米勇輝青木良太についても契約満了に伴い退団した。さらにチーム設立時から所属している唯一の選手だった福王忠世鳥取南雄太横浜FC、期限付き移籍をしていた白谷建人町田へ完全移籍した。2013年7月からブラジル・サンパウロ州のモジミリンECに短期留学していた甲斐敬介奈良クラブへ期限付き移籍した。北嶋秀朗筑城和人佐藤慎之介が引退、北嶋はアシスタントコーチ兼アカデミースタッフに、筑城は強化スタッフに就任した。

補強は札幌から岡本賢明東京Vから巻誠一郎といずれも熊本県出身の選手が完全移籍で加わったほか、愛媛から園田拓也富山から金井大樹がいずれも完全移籍で、岡山から篠原弘次郎、広島からキム・ジョンソクがいずれも期限付き移籍でそれぞれ加入した。さらに2013年に期限付き移籍で加入していた黒木晃平橋本拳人は期限付き移籍期間が延長され、九州サッカーリーグヴォルカ鹿児島に期限付き移籍していたパブロが復帰した。新人については、ジュニアユース時代からクラブに所属する上村周平嶋田慎太郎がトップチームに昇格、中央大学から大津高校出身の澤田崇流通経済大学から広島ユース出身の中山雄登第92回全国高等学校サッカー選手権大会ベスト4の京都橘高校永井建成韓国漢陽工業高等学校朝鮮語版ジョン・ミンヒョクが加わった。

4月に選手登録しているGK畑実と永井建成が練習中に負傷[13]、4月13日の讃岐戦(うまスタ)でGKが金井大樹だけになり控えがいない状況になった。この緊急事態にGKコーチの加藤竜二が4月18日付で選手登録され7年ぶりに現役復帰[14]、4月20日には育成型期限付き移籍でJ1仙台のGKシュミット・ダニエルを獲得した[15](- 2014年5月19日まで)。4月25日にシュミット・ダニエルの背番号が「31」[16]となり試合出場可能になったことを受けて、加藤竜二は同日付で選手登録を抹消、GKコーチとして再登録された[17]。またロアッソユースからGK八木大政が2種登録選手として選手登録された[18]

夏の移籍ウィンドウ期間にキム・ビョンヨンアンデルソンが完全移籍で、髙柳一誠は期限付き移籍で加入、大津高校野田裕喜特別指定を受けた。ジョン・ミンヒョク、藤本大及び山崎侑輝山口へ期限付き移籍、加療中のパブロが外国人枠の関係で登録を外れた[19]

開幕5戦で勝ち点がわずか4であり、第19節から第22節まで4連敗するなど波に乗り切れなかった時期もあったが、若手の起用を積極的に行い[20]、ハードワークをしながら球を奪ったらすぐにシュートまで持ち込むスタイル[注釈 3] を徹底させた結果、昨年よりも上の順位である13位でシーズンを終えた。

2015年編集

チームスローガン:RISING 絆 180万馬力

小野体制2年目。

ファビオ高橋祐太郎長崎へ移籍)、大迫希V大分へ移籍)、五領淳樹鹿児島へ移籍)、山崎侑輝栃木Uへ移籍)が契約満了。期限付き移籍だった橋本拳人篠原弘次郎は元のクラブへ復帰、キム・ジョンソク山口へ再度期限付き移籍した。昨シーズン、チーム最多得点を挙げた澤田崇清水へ完全移籍、仲間隼斗讃岐森川泰臣鳥取へそれぞれ期限付き移籍した。矢野大輔原田拓藤本主税吉井孝輔が引退、藤本はロアッソ熊本ジュニアユース監督、吉井はロアッソ熊本ユースコーチに就任、矢野と原田はロアッソ熊本のフロントスタッフとなった。

補強は、群馬から平繁龍一クォン・ハンジン東京Vから常盤聡広島から原裕太郎札幌から上原拓郎を完全移籍で獲得。期限付き移籍であった黒木晃平髙柳一誠も完全移籍へ移行した。広島の大谷尚輝は期限付き移籍で加入した。山口に期限付き移籍していた藤本大は復帰、登録外となっていたパブロは再登録された。新卒は、九州産業大学から1年次より特別指定選手だった田中達也流通経済大学からインカレMVPを獲得した鈴木翔登駒澤大学から熊本出身の小牧成亘が入団。昨年、特別指定選手だった熊本県立大津高等学校野田裕喜は今年も指定を受けた。

第3節で初勝利を上げたものの、その後は第6節から第10節まで5連敗するなど低迷。一時はJ3降格圏にまで達したが、シーズン途中に鳥栖から清武功暉湘南から岡崎亮平、そして前年に続き仙台からシュミット・ダニエルを期限付き移籍で獲得した。清武とダニエルはいずれも主力として活躍し、リーグ後半戦で9勝7分け5敗とチームが躍進する原動力になった。最終成績は13位に終わった。

しかし、8月26日に小野が練習中にスタッフの1人に行き過ぎた注意をした事が暴力行為ではないかと問題となり、Jリーグから11月7日付で「厳重注意」の処分が下された。処分が下った後でクラブ側は小野に来季続投を要請していたが、シーズン終了後、プレーオフ進出を逃した責任を取って監督を辞任した。

2016年編集

チームスローガン:+ONE 絆180万馬力

前年までロアッソ熊本ヘッドコーチを務めていた清川浩行が監督に就任。

キム・ビョンヨンパブロ常盤聡群馬へ移籍)が契約満了。クォン・ハンジン済州ユナイテッドFCへ、齊藤和樹磐田へ、養父雄仁長崎へそれぞれ完全移籍した。讃岐へ期限付き移籍した仲間隼斗も完全移籍となった。期限付き移籍で加入した選手のうち、岡崎亮平シュミット・ダニエル大谷尚輝は期間満了でチームを離れ、藤本大は引退した。

福島より齋藤恵太札幌より薗田淳鹿島より佐藤昭大岡山より植田龍仁朗愛媛より村上巧が完全移籍で加入。鳥取へ期限付き移籍していた森川泰臣大分へ期限付き移籍していた金井大樹は共にチームに復帰。新卒は阪南大学より八久保颯が加入した。また、前年期限付き移籍で加入した清武功暉は期限付き移籍期間が延長された。

チームはシーズン開幕から3連勝を果たし、第3節終了時にはJリーグ昇格後初めてリーグ戦で単独首位に立った。

ところが、4月14日及び16日未明に発生した熊本地震により練習場が使用不能となり、ホームスタジアムの熊本県民総合運動公園陸上競技場(うまスタ)が支援物資の集積所となった。そのため、トップチーム及びアカデミーを含め活動が中止になり、リーグ戦についても、第8節・京都(4月17日・西京極、6月29日に同球場で代替開催)戦、第9節・横浜FC(4月23日・うまスタ、9月7日に同球場で代替開催)戦、第10節・山形(4月29日・NDスタ、7月6日に同球場で代替開催)戦、第11節・愛媛FC(5月3日・うまスタ、8月31日に同球場で代替開催)戦、第12節・札幌(5月7日・札幌ドーム、8月25日に同球場で代替試合)戦の計5試合が中止となった。

リーグ戦自体には5月15日の第13節から復帰を果たしたものの、ホームスタジアムのうまスタは安全確認が完了していないことや、試合運営の準備期間を確保することが困難なため、リーグ戦に復帰した後もホームスタジアムでの試合は行えない状態が続いた。そのため、うまスタ開催の予定であった第14節水戸戦は「熊本地震復興支援マッチ」として柏側の協力もあり、柏のホームスタジアムである日立柏サッカー場[21][22] で、第15節町田戦は神戸側の協力もあり神戸のホームスタジアムであるノエビアスタジアム神戸[23][24] で、第17節金沢戦・19節讃岐戦は鳥栖側の協力もあり鳥栖のホームスタジアムでもあるベストアメニティスタジアム[25][26] でのホーム代替開催に変更、うまスタでの試合開催は7月3日の第21節・C大阪戦からとなった。またこの期間中に原裕太郎がゴールキーパーの相次ぐ負傷離脱による登録ウィンドーの例外による期限付き移籍の制度により愛媛へ期限付き移籍した[27]

シーズン中には、関東2部・LB-BRB TOKYOから若杉拓哉が完全移籍で、C大阪から小谷祐喜が期限付き移籍で加入、さらに元鳥栖の菅沼実が新加入した。一方で森川泰臣が藤枝MYFCに期限付き移籍、坂元大希ドイツ6部リーグドイツ語版FCドルンドルフへ完全移籍、アンデルソンが退団した。

リーグ戦復帰後は4連敗となかなか勝利に恵まれていなかったが、第17節金沢戦で復帰後初勝利を挙げた。しかし、リーグ復帰前の順位には届かず最終順位は16位で終了した。

2017年編集

チームスローガン:光となれ!絆 180万馬力

清川体制2年目。

髙柳一誠山口へ移籍)、金井大樹永井建成京都へ移籍)、森川泰臣JFLV大分へ移籍)、キム・テヨン藏川洋平が契約満了、若杉拓哉が退団、小牧成亘沼津鈴木翔登北九州へ期限付き移籍、清武功暉は期限付き移籍満了で退団(その後千葉へ完全移籍)、愛媛へ期限付き移籍していた原裕太郎も完全移籍となった。

札幌より上里一将福岡より光永祐也名古屋から昨年秋田でプレーしていた野村政孝川崎より安柄俊が完全移籍で加入。ECバイーアより昨年名古屋でプレーしていたグスタボを期限付き移籍で獲得。C大阪から期限付き移籍していた小谷祐喜は完全移籍に移行。岐阜へ期限付き移籍していた田中達也はチームに復帰。新外国人選手として嶺南大学からイム・ジンウサイバー韓国外国語大学校からヤン・サンジュンが加入、元町田三鬼海国士舘大学から林祥太が新加入した。

J2リーグ開幕戦、讃岐に2-1で勝利し3位タイとなったのか年間最高順位で、続く第2節3節を引き分け、そこまでは1桁順位だったものの、第4節からの4連敗で一気に20位にまで低下、直後に2連勝し17位までは戻したものの、さらに4連敗し19位まで降下。3度目の3連敗(先述の2度の4連敗を含む)となった第18節終了時点で4勝3分11敗で19位のままとなり、清川監督が退任、代表取締役社長の池谷友良が社長を退任し監督代行を含め3度目の監督に就任した[28]。また社長は会長の永田求が再び兼任することになった[28]。3度目の連敗は5連敗まで続き、前半戦を5勝3分13敗の勝点18、19位で終える。

シーズン中に、齋藤恵太水戸へ完全移籍したがECヴィトーリアU-20からモルベッキCAメトロポリターノからジュニオール、JFL・東京武蔵野から内山圭が完全移籍で加入、特別指定選手東海大学熊本キャンパス末次敦貴が登録された。

前半戦最終戦の第21節の勝利から4戦負けなし、同節から6戦で3勝2分1敗とするなど調子を上げたかと思われたが、第27節の敗戦を皮切りに4試合で1分3敗するなど21位でシーズンを終える。本来であればJ3降格となる順位だが、J3からの昇格が2017年シーズン2位だった栃木SCの1クラブのみ(1位のブラウブリッツ秋田は2018年J2ライセンス未交付のため昇格できず)となったため、規定によりJ2残留となった。

シーズン終了後には成績低迷の責任をとり、池谷は退任して熊本から離れることになった[29]。また、強化本部長を務めていた飯田正吾が解任された[30]

2018年編集

チームスローガン:飛翔

大宮元監督の渋谷洋樹が監督に就任した。ゼネラルマネジャーには前広島社長の織田秀和が就いた。

モルベッキ磐田へ移籍)、グスタボベトナムホーチミン・シティFCへ移籍)、ジュニオール光永祐也藤枝へ移籍)、菅沼実が契約満了となった。他クラブへ期限付き移籍していた薗田淳秋田へ移籍)、小牧成亘(藤枝へ移籍)も契約満了、富山へ期限付き移籍をしていた平繁龍一群馬へ完全移籍した。期限付き移籍で加入した田鍋陵太木村祐志は共に期間満了となりチームを離れた。また、嶋田慎太郎は大宮へ、三鬼海山形へ完全移籍した。岡本賢明は引退して、ロアッソのアカデミーコーチに就いた。

大宮から高瀬優孝鳥栖から青木剛千葉から多々良敦斗京都から伊東俊琉球から田辺圭佑アルビレックス新潟シンガポールから佐野翼が完全移籍で加入し、広島から皆川佑介が期限付きで加入した。また北九州へ期限付き移籍していた鈴木翔登が復帰した。中央大学からはロアッソ熊本ユース出身の池谷友喜中京大学からは同じく熊本ユース出身の坂本広大が入団した。ユースからは衛藤幹弥がトップチームへ昇格している。

第7節終了時にプレーオフ進出圏内の6位に浮上し、それから第11節まで一旦8位に落ちた第9節終了時を除いて6位となるが、第10節までの5勝3分2敗という好調から一転、第11節から4連敗し17位へ転落、1勝の後3連敗で18位、2引分の後4連敗で20位、1引分後3連敗で13試合連続未勝利となり、J3降格圏の21位に転落、第29節の勝利後、8試合連続未勝利となった第37節終了後遂に最下位に転落するが最終4節を2勝1分1敗、第40節の勝利で21位に再浮上、そのまま2年連続の21位でシーズンを終えたため前年に続き2シーズン連続でJ3リーグの最終順位によりJ3リーグ降格もしくはJ2リーグ残留が決することとなった。しかし11月25日、鹿児島ユナイテッドFCが勝利したため2019年のJ2リーグ昇格となる2位を確定、これにより熊本の2019年のJ3リーグへの降格が決まった[31]。得点はリーグ12位の50を挙げながらも、失点が79と次に悪い千葉、讃岐の72失点を7上回るJ2リーグでは最悪だったことが響いた。

2019年 - 2021年(J3)編集

2019年編集

チームスローガン:我心勝鍛

渋谷体制2年目[32]

開幕から3戦勝利なし、第5節時点で13位と低迷するも、第6節から6連勝し、第16節までの11戦で9勝1分1敗とし、第10節に初の首位に立ち、一旦第12節に2位に落ちたものの、第13節から前半戦終了となる17節終了時点まで首位を維持した。しかし第17節から4試合勝ちなしで、第18節に再び2位、J3リーグ中断期間前の第20節には昇格圏外の3位に転落。その後3連勝し第23節には再び2位浮上したが、続く第24節に4位転落、同節以降11試合で3勝4分4敗で4位を維持、最終節で富山に逆転され最終順位は5位、1年でのJ2復帰とはならなかった。得点がリーグ8位タイ、失点もリーグ7位と振るわず、首位だった前半戦が27得点20失点の得失点差+7に対し、後半戦は18得点19失点の得失点差-1と得点力が低下、またホームでは9勝6分2敗と、優勝した北九州をも上回る勝点を上げたものの、アウェーでは7勝3分7敗にとどまったことも影響した。シーズン終了後、渋谷が監督を退任した。

2020年編集

クラブスローガン:'繋続~TSUNAGI~

甲府京都岐阜などで監督を務めた大木武が監督に就任した。

前半戦は開幕4連勝や2度の3連勝などで、第17節終了時点で12勝2分3敗、1試合少ないながら無敗で首位の秋田に勝点差2の2位、3位長野に勝点差6をつけていた。しかし後半戦に入り第18節から3連敗で長野に抜かれ3位に陥落するなど10試合で勝点僅か8(2勝2分6敗)と不調、長野と2位3位を推移する。第25節以降7戦未勝利で9位まで順位を下げ、12月9日、第32節で8試合ぶりの勝利を挙げたものの、同節勝利した2位長野との勝点差が7のまま変わらず、2試合を残して2年連続J2昇格を逃すことが決定した。最終的に後半戦は4勝4分9敗で勝点16を加えるにとどまり、年間では前年と同じ16勝を挙げたものの、引分数が減ったため勝点は前年を3下回る54、順位も前年の5位から8位に低下した。

2021年編集

クラブスローガン:闘え!

大木体制2年目。

J3リーグ前半戦は先制するも最終的には追いつかれ引き分けになる試合も多く、J2昇格圏の2位に浮上したのは第9・13各節終了時のみだったが、第11節以降第16節からの7連勝を含む11戦負け無しで第20節終了時に首位に浮上する。しかし第24節から4戦勝利なし(3分1敗)で2位となった後、第28節YS横浜戦の勝利で残り2試合の時点で再び首位に立つも、第29節引き分け以上で昇格が決まる2位宮崎との直接対決に敗れ昇格圏外の3位に後退。J2昇格には勝利が絶対条件となった最終節は後半の2得点で岐阜に勝利し、試合の無かった宮崎を追い抜きJ2昇格が決定。さらに岩手が沼津と引き分けたため、J3優勝も決定した。

2022年 - (J2)編集

2022年編集

クラブスローガン:闘え!2022

大木体制3年目。岡本知剛が現役引退、岩下航内山圭小笠原佳祐水野泰輔藤枝へ(水野は復帰)、北村知也テゲバジャーロ宮崎浅川隼人奈良クラブにそれぞれ完全移籍。加入1年目でブレイクを果たしたターレスは完全移籍したのち熊本に1年間の期限付き移籍をする形で名古屋へ移籍した。一方で、田辺圭佑鹿児島から復帰、粟飯原尚平三島頌平岐阜から、広島から増田卓也(前年は町田でプレー)が完全移籍。イヨハ理ヘンリー(前年は鹿児島でプレー)は期限付き移籍した。前年のインターカレッジ優勝メンバーの土信田悠生江﨑巧朗駒沢大学)をはじめ阿部海斗福岡大学)、東山達稀静岡産業大学藤田一途仙台大学)の大卒新人5名が新加入(前年度の特別指定選手も含む)、 ユースから谷山湧人が昇格した。

成績編集

タイトル・主な成績編集

リーグ戦編集

カップ戦他編集

  • NHK杯熊本県サッカー選手権大会(兼天皇杯熊本県予選):4回
    • 2005年(第9回)、2006年(第10回)、2007年(第11回)、2019年(第23回)
  • 全国社会人サッカー選手権大会:1回
    • 2005年(第41回)
  • 熊本県チャンピオンシップシップサッカー大会(アデルカーズカップ):1回
    • 2005年(第1回)

個人別編集

その他編集

  • J2リーグ
  • J3リーグ
    • J3フェアプレー賞:3回
      • 2019年、2020年、2021年
  • 日本フットボールリーグ
    • ベストサポーター賞:2007年

スタジアム・練習場編集

ホームスタジアムはえがお健康スタジアムであるが、熊本市水前寺競技場でもホームゲームを開催している。過去のホームゲーム開催スタジアムはロアッソ熊本の年度別成績一覧#年度別入場者数を参照のこと。

2012年3月29日、熊本県民総合運動公園内にロアッソ熊本のクラブハウスを兼ねた「スポーツ交流館」が落成した[33]。クラブ専用のミーティングルームやロッカーシャワールームなどを備えている。練習は主にスポーツ交流館横のサッカー場・ラグビー場で行われる他、水前寺競技場、大津町運動公園球技場益城町陸上競技場菊池市七城運動公園サッカー場でも行われる[34]

ユニフォーム編集

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd) 白×黒
GK(1st) ネイビー×黒 ネイビー ネイビー
GK(2nd)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
FP 1st
 
 
 
 
 
 
 
 
 
FP 2nd
 
 
 
 
 
 
 
 
GK 1st
 
 
 
 
 
 
 
GK 2nd

チームカラー編集

ユニフォームスポンサー編集

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
平田機工 Hirata 2018年 -
鎖骨 RKKCS RKKCS 2022年 - [35] 左側に表記
背中上部 高橋酒造 白岳(1st)
白岳しろ(2nd)
2020年 - 2005年はパンツ
2006年 - 2007年・2012年 - 2017年は胸
2018年 - 2019年は背中下部
2005年「白岳」表記
2006年 - 2007年は「白岳 HAKUTAKE」表記
2012年 - 2017年の1stは「白岳 HAKUTAKE」表記
2012年 - 2013年の2ndは「白岳しろ HAKUTAKE SHIRO」表記
2014年 - 2015年の2ndは「白岳しろ HAKUTAKE」表記
背中下部 なし - -
なし - -
パンツ前面 サトウロジック サトウロジック 2015年 -
パンツ背面 なし - -
  • 2014年 - 2018年は、熊本県PRキャラクターのくまモンが背番号の下にプリントされていた[36]ゆるキャラをユニフォームにプリントしたのはJリーグで初めてのケースであった[37]。しかし、くまモンのイラストが国際サッカー評議会 (IFAB) の2018-19競技規則で定められた「チームの紋章やロゴ、各国サッカー協会、大陸連盟または国際サッカー連盟 (FIFA) の規定により認められる商業的広告」に該当しないとして、2019年のユニフォームよりくまモンのプリントが外されることになった[38]。一部報道で「くまモンが熊本県(自治体)のキャラクターであり、IFAB競技規則の『用具には、政治的、宗教的または個人的なスローガンやメッセージ、あるいはイメージをつけてはならない』項目に抵触するため」という理由が報じられていた[39] が、熊本日日新聞がJリーグに確認したところ「くまモンが政治的意味合いを持つならば、従来から掲出できていない」と、事実誤認であるとの見解を示している[38]
  • 2019年のユニフォームより、背番号下にネームが入った[40]

トレーニングウェアスポンサー編集

公式用トレーニングウェア編集

掲出箇所 スポンサー名 表記 備考
シアーズホームグループHD シアーズ 上段に表記
マイナビ マイナビ 下段左側に表記
MARUKU MARUKU 下段右側に表記
えがお えがお 両側に表記
背中上部 熊本日日新聞 熊本日日新聞
背中下部 磯崎工務店 いそざきの家 上段に表記
熊本市 熊本市 下段に表記
アンサー・インターナショナル Answer
International

練習用トレーニングウェア編集

掲出箇所 スポンサー名 表記 備考
九州エネコ 九州エネコ 上段に表記
ピカッシュ ピカッシュ 下段左側に表記
肌美和 Kimiwa 下段右側に表記
背中上部 シアーズホームグループHD シアーズ
えがお えがお

ユニフォームサプライヤーの遍歴編集

歴代ユニフォーム編集

FP 1st
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2005 - 2006
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2007
 
 
 
 
 
 
 
 
2008
 
 
 
 
 
 
 
2009 - 2011
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2012 - 2013
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2014
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2015
 
 
 
 
 
 
 
2016
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2017
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2018
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2019
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2020
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2021
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2022 -
FP 2nd
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2005 - 2006
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2007
 
 
 
 
 
 
 
 
2008 - 2009
 
 
 
 
 
 
 
2010 - 2011
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2012 - 2013
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2014
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2015
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2016
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2017
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2018
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2019
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2020
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2021
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2022 -
FP Other
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2018
夏季限定[注釈 4]

歴代ユニフォームスポンサー表記編集

年度 箇所 サプライヤー
鎖骨左 鎖骨右 背中上部 背中下部 パンツ前面 パンツ背面
2005 Tsuruya 解禁前 熊本の安心を守る警備会社
キューネット
解禁前 Coca-Cola 白岳 解禁前 PUMA
2006 白岳
HAKUTAKE
ANESİS
2007
2008 武者がえし
kobai.jp
神城文化の森
FUjiTΛ
しんきん Coca-Cola
2009 武者がえし
kobai.jp
(1st)
誉の
陣太鼓
kobai.jp
(2nd)
NTM
NIHON TOTAL TELE-MARKETING
2010
2011
2012 白岳
HAKUTAKE
(1st)
白岳しろ
HAKUTAKE SHIRO
(2nd)
再春館製薬所
2013
2014 白岳
HAKUTAKE
(1st)
白岳しろ
HAKUTAKE
(2nd)
えがお -
2015 サトウロジック
2016 白岳
HAKUTAKE
(1st)
白岳しろ
(2nd)
- /
熊本電力
KUMAMOTO Electric Power
[注釈 5]
2017 マイナビ 熊本電力
KUMAMOTO Electric Power
2018 Hirata - 白岳
(1st)
白岳しろ
(2nd)
熊本電力
KUMAMOTO Electric Power
2019
2020 白岳
(1st)
白岳しろ
(2nd)
- - -
2021
2022 RKKCS -

スポンサー編集

アカデミー編集

2006年にジュニアユースチーム、2009年にユースチームが発足。また、2008年はJサテライトリーグ(2010年廃止)へ参加したが、2009年より九州チャレンジャーズリーグへ参戦している。U-18は2013年にプリンスリーグ九州2部に参入したが、同年を持ってリーグを1部体制にする煽りを食って降格、2015年には県リーグで首位に立ち、プリンスリーグ参入戦で勝利したことにより、2016年度より再度昇格している[41]

2016年より、これまでユース(U-18)、ジュニアユース(U-15、U-14、U-13)に加えて、小学生を対象にしたジュニアチームを発足させる[42]

ジュニアユースまでは男女一緒にプレーする環境となっており、時折女子生徒のチームメンバーが加入する。

ゆるキャラ応援団編集

2010年よりくまモンがロアッソ熊本のホームゲームにて毎試合応援に駆けつけている[43]。2012年からは鞠智城菊池市)のPRキャラクターであるころう君も参加[44]するようになり、ロアッソくん、くまモンと共に試合開始前やハーフタイムで会場を盛り上げている。2016年2月26日、熊本城熊本市)のPRキャラクターであるひごまるも応援レギュラーメンバーに加わり、ゆるキャラ応援団を結成した[45][46]。なお、レギュラーメンバー以外にも熊本県内各地のゆるキャラが参加することもある[47]

メディア編集

番組編集

コーナー編集

特集編集

  • 仕事ハッケン伝 - NHK総合テレビジョン 2012年6月28日放送[49]。お笑いコンビ・スピードワゴンのボケ担当である小沢一敬が、ロアッソ熊本の運営スタッフとして1週間働いた。小沢はこれ以後、ロアッソ熊本のファンを公言している[50]。また、小沢が企画した「叫べメッセージ!!」と「ロアッソ選手ってこんな人!クイズ」は2012年シーズンのホーム最終戦まで行われた。

公式応援ソング編集

脚注・出典編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 商願2008-30208、商願2007-91509(第5149767号)、商願2007-117015(第5150345号)
  2. ^ 他に、2000年3月30日の浦和×鳥栖(浦和の7-0)、2013年10月20日の神戸×松本(神戸の7-0)。
  3. ^ エルゴラ J2リーグ総集編2014 p.87 なお、同出典によるとタックル数はリーグ1位、シュートまでの平均時間は3番目に短い。
  4. ^ 2018年のGK 1stユニフォームと同一のもの。
  5. ^ 4月3日の第6節・清水戦より提出開始。

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u クラブプロフィール”. Jリーグオフィシャルサイト (2020年6月12日). 2020年8月7日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k クラブ概要”. ロアッソ熊本. 2020年8月7日閲覧。
  3. ^ a b c d e f Jクラブ個別経営情報開示資料(令和3年度)”. 日本プロサッカーリーグ. 2022年6月2日閲覧。
  4. ^ ロッソ熊本がJ入り前に「ロアッソ熊本」に変更も”. ゲキサカ (2007年11月16日). 2020年8月7日閲覧。
  5. ^ ロッソ熊本 オフィシャルサイト”. 2007年11月28日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2022年1月18日閲覧。
  6. ^ “九産大のFW田中受け入れ 特別指定選手に” (プレスリリース), 熊本日日新聞, (201-08-11) 
  7. ^ “株式会社アスリートクラブ熊本 代表取締役交代について” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2012年3月9日), オリジナルの2016年3月4日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20160304102415/http://roasso-k.com/news/past_view.htm?id=201203&news_id=2070 2022年1月18日閲覧。 
  8. ^ サッカー批評61 p.32-33
  9. ^ “Jリーグ 23歳以下はいつでもレンタル移籍が可能に” (プレスリリース), スポニチアネックス, https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2012/11/15/kiji/K20121115004558590.html 2022年1月18日閲覧。 
  10. ^ “韓国人DFノ・ヒョングと甲府の堀米の2人加入” (プレスリリース), 熊本日日新聞, (2013年4月27日), オリジナルの2013年6月1日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20130601075131/http://kumanichi.com/roasso/kiji/201304/20130427002.html 2022年1月18日閲覧。 
  11. ^ “2014シーズン・Jリーグクラブライセンスの交付について” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2013年10月1日), http://roasso-k.com/news/news_view.htm?id=622 2022年1月18日閲覧。 
  12. ^ “池谷監督代行、社長復帰 GM的立場担う”. 熊本日日新聞. (2013年12月18日). オリジナルの2013年12月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131220213003/http://kumanichi.com/roasso/kiji/201312/20131218001.xhtml 2022年1月18日閲覧。 
  13. ^ “選手の負傷について” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2014年4月15日), オリジナルの2016年3月9日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20160309224840/http://roasso-k.com/news/news_view.htm?id=1015 2022年1月18日閲覧。 
  14. ^ “GK不足のJ2熊本、44歳GKコーチを選手登録 7年ぶり現役復帰”. スポニチアネックス. (2014年4月18日). オリジナルの2014年4月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140421084929/http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2014/04/18/kiji/K20140418007997610.html 2022年1月18日閲覧。 
  15. ^ “シュミット ダニエル選手、期限付き移籍加入のお知らせ” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2014年4月20日), オリジナルの2018年6月28日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20180628233447/http://roasso-k.com/news/news_view.htm?id=1027 2022年1月18日閲覧。 
  16. ^ “シュミット ダニエル選手、背番号決定のお知らせ” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2014年4月25日), オリジナルの2016年3月10日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20160310010244/http://roasso-k.com/news/news_view.htm?id=1046 2022年1月18日閲覧。 
  17. ^ “加藤竜二選手登録抹消、GKコーチ登録について” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2014年4月25日), オリジナルの2018年7月11日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20180711185731/http://roasso-k.com/news/news_view.htm?id=1047 2022年1月18日閲覧。 
  18. ^ “ロアッソ熊本ユース選手、トップチーム登録ついて” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2014年4月25日), オリジナルの2016年3月7日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20160307022836/http://roasso-k.com/news/news_view.htm?id=1048 2022年1月18日閲覧。 
  19. ^ (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2014年8月8日), オリジナルの2016年3月4日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20160304191110/http://roasso-k.com/news/news_view.htm?id=1329+2022年1月18日閲覧。 
  20. ^ サッカーダイジェスト 2014Jリーグ総集編 p.182
  21. ^ “5/22 ホームゲーム・水戸戦 代替スタジアム決定のお知らせ” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2016年5月2日), オリジナルの2019年5月6日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20190506114647/http://roasso-k.com/news/news_view.htm?id=2567 2022年1月18日閲覧。 
  22. ^ “2016明治安田生命J2リーグ 第14節 ロアッソ熊本 vs 水戸ホーリーホック 代替スタジアム決定のお知らせ” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2016年5月2日), https://www.jleague.jp/release/post-42955/ 2016年5月6日閲覧。 
  23. ^ “5/28 ホームゲーム・町田戦 代替スタジアム決定のお知らせ” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2016年5月16日), オリジナルの2016年6月10日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20160610170439/http://roasso-k.com/news/news_view.htm?id=2596 2022年1月18日閲覧。 
  24. ^ “2016明治安田生命J2リーグ 第15節 ロアッソ熊本 vs FC町田ゼルビア 代替スタジアム決定のお知らせ” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2016年5月16日), https://www.jleague.jp/release/post-43208/ 2016年5月17日閲覧。 
  25. ^ “6月開催ホームゲーム(金沢戦、讃岐戦)開催スタジアム変更のお知らせ” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2016年5月24日), オリジナルの2016年6月25日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20160625035404/http://roasso-k.com/news/news_view.htm?id=2623 2022年1月18日閲覧。 
  26. ^ “2016明治安田生命J2リーグ 第17・19節 ロアッソ熊本vsツエーゲン金沢、ロアッソ熊本vsカマタマーレ讃岐 開催スタジアム変更のお知らせ” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2016年5月24日), http://www.jleague.jp/release/post-43314/ 2016年5月24日閲覧。 
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  51. ^ a b ロアッソ熊本公式応援ソング”. ロアッソ熊本公式サイト. 2013年4月13日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集