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ロッキートビバッタ (Melanoplus spretus) は1902年に絶滅したと考えられているバッタ科バッタ。かつて北アメリカで大規模な蝗害を起こしたことで知られる。19世紀末まで、アメリカ合衆国の西半分全域と、カナダ西部の一部に生息していた。

ロッキートビバッタ
Minnesota locusts.jpg
1870年代にミネソタ州で撮影されたロッキートビバッタ
保全状況評価[1]
EXTINCT
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
Status iucn3.1 EX.svg
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
: 昆虫綱 Insecta
: バッタ目 Orthoptera
上科 : バッタ上科 Acridoidea
: バッタ科 Acrididae
亜科 : フキバッタ亜科 Melanoplinae
: MelanoplusMelanoplus
: ロッキートビバッタ M. spretus[2]
学名
Melanoplus spretus
Walsh1866
和名
ロッキートビバッタ
英名
Rocky Mountain locust

このバッタは主にプレーリー地方に生息していたが、ロッキー山脈の西側にもいた。このバッタは暖かく乾いた砂地を好んで産卵する。気温が高いとこのバッタは早く成長する。成虫になると、アメリカ北部中央に流れているジェット気流を利用して大規模な移動を始める。

群れの大きさは昆虫の中では最大規模のものであり、1874年にある昆虫学者が目撃した記録英語版によると51万平方キロメートルであった。この面積はカリフォルニア州全域よりも大きい。この記録はギネスブックにも「動物の作る最も大きな群れ」(greatest concentration of animals)として掲載され、そこには群れの大きさは少なくとも12兆5000億匹、総重量2750万トンと書かれている。ところがその後30年足らずで、ロッキートビバッタは絶滅した。そのため生きている個体は現存しないが、モンタナ州バッタ氷河 (モンタナ州)英語版には氷河に凍結されたこのバッタの死骸が見つかっている。

目次

特徴編集

成虫の平均体長は20-35mmと小さい。長い翅を持つのが特徴で、広げた時には腹部よりも3割ほど長くなる。また、オスの腹の最後の節に刻みが付いている[3]

ロッキートビバッタは、1866年にベンジャミン・ダン・ウォルシュ英語版によりCaloptenus spretus というラテン語名で報告されたが[4]、ウォルシュはロッキートビバッタの生物学的な特徴については詳細に記しておらず、1876年にその生態を詳細に調査したサイラス・トーマスの著作を初出とする場合もある[5]。今日の学名であるMelanoplus spretus を最初に用いたのは、1887年のサミュエル・ハバード・スカダー英語版の著作であるとされる[6][7]

ロッキートビバッタは後述のバッタ氷河の事例から、本来はロッキー山脈の高地を生息地としていたが、乾季に西向きの強い風が吹いた際にロッキー山脈より低地のプレーリーに大量に舞い降り、産卵を行うことで蝗害を発生させた。そのため、ロッキートビバッタの蝗害は通常「1年目にロッキー山脈より飛来した大群が山麓一帯に最初の被害をもたらし、翌年に山麓一帯で大繁殖した第2世代が周辺地域に更に大きな被害をもたらす」という2年間の連続性を持つ特徴を有していたが、ロッキートビバッタは環境に対する適応性に乏しかったため、プレーリーで誕生した第2世代の個体は低地では十分な繁殖活動が行えず、2年目の大発生の後には殆どの個体が死滅し、蝗害自体も自然終息するという特異性も有していた[8]

ウォルシュによると、「spretus」は「軽蔑」を意味する言葉であるといい、ロッキートビバッタは自身によりラテン語名が提起される100年以上前から、ロッキー山脈周辺で度々特異な蝗害を引き起こしていた事が報告されていたにも関わらず、当時の米国の昆虫学で第一人者とされたフィリップ・リーズ・ユーラー英語版を始めとする昆虫学者達の誰もが、ロッキートビバッタを既知のトビバッタ亜種程度としか捉えておらず、その存在が「軽視」或いは「見過ごされた」まま正式な分類と研究が行われていなかった現状を揶揄する意味で採用に至ったとしている[4]

蝗害編集

ロッキートビバッタによる蝗害がアメリカ合衆国の歴史に最初に現れるのは、フランス領ルイジアナ時代の1743年の事で、その後1756年、1797年、1798年にバーモント州メイン州の農場に飛来して被害をもたらした[9]。19世紀のアメリカ合衆国の植民地時代、農場が西方に拡大していく中でロッキートビバッタによる蝗害はこの地の主要な農業問題に発展し、その被害領域も時代を下る事に深刻の度を増していった。蝗害は1828年、1838年、1846年、1855年にも発生。1856年から57年、そして1865年にはミネソタ州ネブラスカ州にも被害が拡大した[9]

ロッキートビバッタが最後に大規模な群れを作ったのは1873年から1877年にかけてのことであり、この時にはコロラド州カンザス州ミネソタ州ミズーリ州ネブラスカ州を始めとする地域で2億ドルの農被害をもたらした。前述の巨大な群れはこのとき観測されたものである。

当時のミズーリ州の州雇い昆虫学者チャールズ・バレンタイン・ライリーの調査によると、このバッタの襲来は、これ以前には1818-1820年、1864-1867年にも起こっており、このことから、この回の大発生に関しても、その推移を予測することができた。彼はミシシッピー渓谷地帯ではバッタが永続的に生存できないので、7月初頭には移動を始めると予想し、これを年次報告に盛り込んだ。これを読んだ時のミズーリ州知事チャールズ・ヘンリー・ハーディン英語版は「6月3日を祈りと断食の日とし、災厄を払い去り、豊穣と恵みを神に祈る」よう全州に布告を出したところ、数日中にバッタは移動を始めた。

しかし、州政府はロッキートビバッタの移動の時期こそ予測できたものの、防除の策までは十分に検討されなかったことから、結果として飛来地域には恐ろしい被害がもたらされた。ある農民は、この蝗害が飛来する様子を「バッタの群れは余りにも巨大で、雲か、吹雪か、或いは蒸気のように、太陽光を遮断した。」と記した[9]。ロッキートビバッタは草木や作物ばかりでなく、皮革や木材、羊毛までを食い尽くし、酷い場合には人々が着用する衣服にまで纏わり付いてぼろぼろに食害したとも報告されており、人々はロッキートビバッタを駆逐するために火薬を爆発させたり、意図的に火災を起こしたり、毒餌を撒いたり、バッタを誘い込んで捕殺する様々な仕掛けを考案したが、群れが余りにも巨大すぎて殆ど実効性を発揮できなかった。ライリーは余りの被害の大きさに匙を投げ、「ロッキートビバッタを捕獲して胡椒バターを用いてフライパンで炒めて英語版食用する」という救荒食を考案し、その普及に努めなければならない程であった[9]

被害各州の州政府や農民達は、この蝗害に対して本格的な対策に乗り出した。ネブラスカ州では1877年に「16歳から60歳までの住民全員に、蝗害の飛来から2日間はバッタの捕獲作業に専念する義務を課し、違反者には10米ドルの罰金を請求する」とする州法を制定。同年ミズーリ州では1ブッシェルのロッキートビバッタを捕獲した住民に対して、3月は1米ドル、4月は50セント、5月は25セント、6月は10セントの報奨金を支払った。グレートプレーンズ一帯でもミズーリ州と同様の報奨金が支払われた。農民達は、バッタの駆除と平行して主力作物をロッキートビバッタが飛来する前に収穫可能な冬小麦へと切り替える対策も講じた。これらの対策の結果、ロッキートビバッタの蝗害による被害が軽減されただけでなく、その発生の規模をも大幅に縮小する事に成功、被害各州の農業生産は1880年代に入るころには、オハイオ川の周期的な大洪水[10]に苦しんでいたオハイオ州の被災者に対し、トウモロコシを支援物資として充分供出可能な水準にまで回復した[9]

この大発生の後、ロッキートビバッタが大集団を作ることはなくなり、1878年にはロッキー山脈のふもとの地域でも局所的な小さな群れを見るのみとなり、翌年にはこのバッタの報告はほとんど皆無になった。その後1892年までは散発的に小さな群れが発見され、1902年までは小数個体が発見された記録があるが、それ以降はまったく発見されなくなり、絶滅したものと考えられる。

バッタによる農被害は、現在でも北アメリカで無視できないほどの農被害を与えているが、大規模な群れとなって蝗害を与えることは無い。現在の北アメリカは、七大州の中では南極を除いて蝗害が起こらない唯一の地域である。

1870年代のロッキートビバッタの蝗害は、その規模の大きさから後年の幾つかの創作物でもテーマとして取り上げられている。その一つがローラ・インガルス・ワイルダーにより1937年に著された『プラム・クリークの土手で英語版』であり、作中では彼女が1874年から1875年に掛けてミネソタ州で遭遇したロッキートビバッタの蝗害の実体験に基づいた描写が行われている[11]オーレ・エドヴァルト・レルヴォーグ英語版も1924年の『大地の巨人 (小説)英語版』にて、彼の妻とその家族が1875年にネブラスカ州で遭遇したロッキートビバッタの蝗害体験の記憶に基づいた描写を行った[12]

絶滅について編集

このバッタが絶滅した原因には諸説がある。有力な説としては、グレートプレーンズ一帯に入植した移民により耕作と灌漑が進んだことにより、生態系が壊されたとするものがある[13]。このバッタは河原の砂地に産卵するため、砂地が人間により農地に変えられてしまったら繁殖ができない為である。当時の農民の報告によると、この地域を開墾すると1平方インチあたり150個以上の卵を破壊できたという[13]。このバッタの繁殖地と開墾地とが偶然一致したため、この付近の農民は蝗害を受けることが少なかった。もしそうでなかったら、北アメリカの農業はずいぶんと違った形で発達していた可能性がある。

しかし、このバッタの群れの出現パターンを研究したサイラス・トーマスによると、ロッキートビバッタはロッキー山脈から飛来する最初の大発生の後、世代を経る毎に個体の大きさと繁殖力が急減していく事から、蝗害の発生から数年以内で低地での繁殖が継続できなくなることで自然終息する事が報告されており[14]、グレートプレーンズ一帯の生態系の変化と絶滅との関連性について十分な説明ができないままとなっている。また、トーマスをはじめとする昆虫学者は、蝗害を発生させるロッキートビバッタの群生相(移動相)個体については詳細な研究を行ったものの、原産地であるロッキー山脈高地における分布までは把握できておらず、この地に原生していたであろう孤独相個体についての標本採集や生態研究は殆ど行われなかったことから、ロッキートビバッタがロッキー山脈高地からも姿を消した理由についても今日に至るまで解明できないままとなっている。

一方で、「ロッキートビバッタは滅びた訳ではなく、バッタ科のバッタは相変異により大きく姿を変えることがあるため、ロッキートビバッタも個体数が減って外見が変わっただけなのだ」とする説も存在する。しかしながら、現存するこの地域のバッタ(北米イナゴ英語版の亜種である高地イナゴ英語版)を集団で飼育しても、博物館に残っているロッキートビバッタの標本のような姿になることはなく、また、ロッキートビバッタとDNAが一致するバッタも見つかっていない。遺伝子上、ロッキートビバッタは同じく絶滅したブルーナートビバッタ英語版と近い種類だと示唆されている[15]

結局、ロッキートビバッタの絶滅が国際自然保護連合に正式に認定されたのは、最後の個体観測の報告から100年以上が経過した2014年の事であった[16]

バッタ氷河編集

上記のように、このバッタの堆積した氷河がある。モンタナ州の高地、標高3300mの地点で、氷河の中に暗色の物質からなる水平層が発見され、これがほとんどロッキートビバッタから構成されていることがわかった。末端の氷の解けた部分には腐ったバッタの山があったとのこと。これは、おそらく移動中のバッタの群れが、気流によって吹き上げられ、氷河の上で大量に凍死した結果ではないか、などと推察されている。炭素14による年代測定によると、バッタの層は数百年前程度とされる。このような絶滅生物の新鮮な標本がごっそり手に入る例は、まず他にはないだろう。

なお、グラスホッパーの名を持つ氷河英語版ワイオミング州にも存在しているが、モンタナ州のバッタ氷河ほど著名ではない。

出典、注釈編集

  1. ^ Hochkirch, A. 2014. Melanoplus spretus. The IUCN Red List of Threatened Species 2014: e.T51269349A55309428. doi:10.2305/IUCN.UK.2014-1.RLTS.T51269349A55309428.en, Downloaded on 13 February 2017.
  2. ^ この分類はITISCatalogue of Life Archived 2009年1月15日, at the Wayback Machine.(2008)による。
  3. ^ Animal Dibersity Web Melanoplus spretus
  4. ^ a b Walsh, B.D. (October 1866). “Grasshoppers and Locusts”. The Practical Entomologist II (1): 1–2. https://books.google.ca/books?id=kSU4AQAAMAAJ&pg=RA1-PA25. 
  5. ^ Thomas, C. (1878). “On the Orthoptera collected by Elliott Coues, U.S.A., in Dakota and Montana, during 1973-74”. Bulletin of the United States Geological and Geographical Survey of the Territories. Department of the Interior 4: 483–501. https://www.biodiversitylibrary.org/item/98470#page/507/mode/1up. 
  6. ^ Scudder, SH (1878). “Remarks on Calliptenus and Melanoplus, with a notice of the species found in New England”. Proceedings of the Boston Society of Natural History 19: 287. https://www.biodiversitylibrary.org/item/130632#page/299/mode/1up. 
  7. ^ Scudder, SH (1878). Entomological Notes 6: 46. 
  8. ^ Scudder, SH (1898). “Revision of the orthopteran group Melanoplii (Acridiidae), with special reference to North American forms”. Proceedings of the United States National Museum 20 (1124): 1–421. doi:10.5479/si.00963801.20-1124.1. https://www.biodiversitylibrary.org/item/53812#page/202/mode/1up.  and references therein
  9. ^ a b c d e Lyons, Chuck (2012年2月5日). “1874: The Year of the Locust”. HistoryNet. 2015年6月17日閲覧。
  10. ^ THE OHIO RIVER FLOODS. - インディアナ大学
  11. ^ Looking Back at the Days of the Locust” (2002年4月23日). 2015年4月1日閲覧。
  12. ^ Curley, Edwin A. (2006). “Introduction”. Nebraska 1875: Its Advantages, Resources, and Drawbacks. Introduction by Richard Edwards. U of Nebraska Press. p. xvii. ISBN 978-0-8032-6468-7. https://books.google.com/books?id=UDn2TKWMQK8C&pg=PR17. 
  13. ^ a b Lockwood, Jeffrey A. (2004). Locust: the Devastating Rise and Mysterious Disappearance of the Insect that Shaped the American Frontier (1st ed.). New York: Basic Books. ISBN 978-0-7382-0894-7. 
  14. ^ Thomas, C. (1878). “On the Orthoptera collected by Dr. Elliott Coues, U.S.A., in Dakota and Montana, during 1973-74”. Bulletin of the United States Geological and Geographical Survey of the Territories. Department of the Interior 4: 485–501. https://www.biodiversitylibrary.org/item/98470#page/509/mode/1up. 
  15. ^ [Chapco & Litzenberger, 2004]
  16. ^ Hochkirch, A. (2014). Melanoplus spretus. レッドリスト 2014: e.T51269349A111451167. doi:10.2305/IUCN.UK.2014-1.RLTS.T51269349A55309428.en. http://www.iucnredlist.org/details/51269349/0 2018年1月15日閲覧。. 

参考文献編集

  • (英語版) Chapco, W. & Litzenberger, G. (2004): A DNA investigation into the mysterious disappearance of the Rocky Mountain grasshopper, mega-pest of the 1800s. Molecular Phylogenetics and Evolution 30(3): 810–814. doi:10.1016/S1055-7903(03)00209-4
  • (英語版) Samways, M. J. & Lockwood, J. A. (1998): Orthoptera conservation: pests and paradoxes. Journal of Insect Conservation 2(3-4): 143–149. doi:10.1023/A:1009652016332 (HTML abstract)
  • (英語版) Lockwood, Jeffrey A. Locust: The Devastating Rise and Mysterious Disappearance of the Insect that Shaped the American Frontier, 2004 (Basic Books, New York). ISBN 0-7382-0894-9
  • H.E.エヴァンズ,日高敏隆訳,『虫の惑星』,(1968),早川書房

外部リンク編集