ロバート・ウィケンズ

カナダのレーシングドライバー

ロバート・テイラー・ウィケンズRobert Tyler Wickens, 1989年3月13日 - )はカナダゲルフ出身のレーシングドライバー。

ロバート・ウィケンズ
Robert Wickens Indianapolis 2019.jpg
ロバート・ウィケンズ (2019年)
基本情報
国籍 カナダの旗 カナダ
生年月日 (1989-03-13) 1989年3月13日(33歳)
出身地 カナダの旗 カナダ
オンタリオ州ゲルフ
過去参加シリーズ
2005-06
2006
2006

2007,09
2007-08
2007-08,11
2008-09
2009
2010
2012-17
2017

2018
フォーミュラ・BMW USA
フォーミュラ・BMW ADAC
フォーミュラ・ルノー2.0 ユーロカップ
チャンプカー・アトランティック
A1グランプリ
フォーミュラ・ルノー3.5
フォーミュラ3・ユーロシリーズ
FIA F2選手権
GP3シリーズ
ドイツツーリングカー選手権
ウェザーテック・スポーツカー選手権
インディカー・シリーズ
選手権タイトル
2011
2006
フォーミュラ・ルノー3.5
フォーミュラ・BMW USA

ファミリーネームはメディアによって「ウィケンス」「ウィッケンス」「ウィッケンズ」「ウィキンス」とも表記される。

経歴編集

ジュニアフォーミュラ編集

2005年にフォーミュラ・BMW USAに参戦を始め、これが四輪レースのデビューとなった。ウィケンズはこのシーズン2勝と5つの表彰台を獲得した。翌年も引き続きフォーミュラ・BMWに参戦。この年には3勝してチャンピオンを獲得した。この活躍に注目したレッドブルはウィケンズを育成プログラムに加え、彼のキャリアへのサポートを始めた[1]

2007年にはフォーミュラ・アトランティックへとステップアップし、レッドブル・チーム・フォーサイスから出場した。ポートランドで勝利し、ラファエル・マトスフランク・ペレラに次ぐランキング3位となった。

この年の後半にウィケンズはレース活動の拠点をヨーロッパに移した。カーリン・モータースポーツからフォーミュラ・ルノー3.5の終盤2戦に出場したほか、翌年にかけてジェームズ・ヒンチクリフに代わってA1・チーム・カナダからA1グランプリの7ラウンドに参戦し、南アフリカのダーバンで行われたスプリントレースで勝利を挙げた。

翌年は同チームからフル参戦を果たし、シルバーストーン戦で勝利してランキング12位に入った。また、フォーミュラ・ルノー3.5と並行してシグナチュール・チームからフォーミュラ3・ユーロシリーズにも参戦した。2つのシリーズの日程の重複のために3ラウンドを欠場したが、ブガッティ・サーキットで行われたレースで勝利し12位でシーズンを終えた。

2009年、ウィケンズはこの年より開始されたFIA F2選手権に参戦した。第1戦のバレンシア・サーキットで開催された2レースで連勝する順調な滑り出しを見せたものの、その後は勝利を挙げることができず、7勝を記録してチャンピオンとなったアンディ・ソウセックからは大きく離されたランキング2位でシーズンを終えた。また、この年を最後にレッドブル・ジュニアチームの所属を外れた。

 
2011年ニュルブルクリンク戦にて

2010年にはステータス・グランプリよりGP3シリーズに参戦した。後半戦に3勝を挙げたものの、シーズンを通して安定した成績を残したエステバン・グティエレスがポイントで上回り、二年連続のランキング2位となった。

2011年、ウィケンズはマルシアの支援を受け、再びカーリンよりフォーミュラ・ルノー3.5に参戦した。チームメイトとなったレッドブルの育成プログラムに所属するジャン=エリック・ベルニュとのタイトル争いとなり、ウィケンズが9ポイントのリードで迎えた最終戦カタロニアにおいて、スタート直後のターン1でベルニュはウィケンズのインを衝き接触。両者共にリタイアとなりウィケンズが2011年のタイトルを手にした[2]

F1編集

2011年6月3日、F1に参戦するヴァージン・レーシングはウィケンズをリザーブドライバーとして起用したことを発表した[3]。9月にはバイラノ・サーキットで初の直線テストを行い、210kmを走破した[4]。ウィケンズはアブダビグランプリの金曜フリー走行に出走し[5]、続く若手ドライバーテストにもヴァージンより参加したが、2012年のシートはシャルル・ピックの手に渡った。

ドイツツーリングカー選手権編集

 
2016年第1戦ホッケンハイムレース2にて

2012年4月、メルセデスは新たなジュニアドライバープログラムを開始し、クリスチャン・ビエトリスロベルト・メルヒと並んでウィケンズをメンバーとして起用することを発表した[6]。ウィケンズはデビッド・クルサードと共にミュッケ・モータースポーツからドイツツーリングカー選手権(DTM)に参戦し、初年度は3度の入賞を果たしてランキング16位となった。

2013年にはHWAチームに移籍し、ウェットレースとなった第7戦ニュルブルクリンクで初優勝を飾った[7]。この年は他に2度の表彰台を獲得し、ランキング5位に入る躍進を見せた。

2014年にもノリスリンクで1勝を挙げるが、ポールポジションを獲得したレッドブルリンク戦ではピットアウト時のアンセーフリリースに対して課せられたペナルティを無視してレースを続け、失格の処分が下される一幕もあった。ウィケンズが指示に従わなかったことについて、チーム側はスチュワードがマルコ・ヴィットマンと接触したパスカル・ウェーレインへのペナルティと混同しているとチームが判断したためだと説明している[8]

2016年にはザントフォールトモスクワで勝利を挙げて中盤戦のタイトル争いをリードしたが、ハンガロリンクで行われた第16戦では自身のグリッドを通り過ぎるミスを犯して最後尾スタートとなった[9]。決勝は10位に入賞したものの、このミスが原因となりタイトル争いからは脱落した(最終的なチャンピオンシップ順位は4位)。

インディカー編集

2017年6月、ビザに関する問題のためにアメリカへの入国が遅れたミカイル・アレシンに代わり、シュミット・ピーターソン・モータースポーツよりロードアメリカ戦のフリー走行に出走した[10]

10月に同チームは2018年のインディカー・シリーズに向けてウィケンズを起用したことを発表した。同郷で親友でもあるヒンチクリフが再びチームメイトとなった[11]。カーナンバーはDTMで使用していた「6」を付ける。

開幕戦のセントピーターズバーグでは初戦ながら予選でポールポジションを獲得。決勝でも110周のレースのうち69周をリードするトップ争いを演じたが、残り3周で迎えた最終リスタート時に2番手から追い抜きを試みたアレクサンダー・ロッシとターン1で接触し、リタイアに終わった[12]

続く第2戦フェニックスでも初のオーバルレースで残り4周まで首位を快走した。優勝こそジョセフ・ニューガーデンに奪われたものの、2位でフィニッシュしてインディカーにおける初表彰台を獲得した。

以後、インディアナポリス(ロードコース)、トロント、ミッドオハイオの3戦でも表彰台に上り、第14戦ポコノの時点ではルーキードライバーながら、ランキング6位につけていた。

ポコノでの事故編集

8月19日に行われた第14戦ポコノの7周目にウィケンズはライアン・ハンター=レイとの3位争いの中でターン2で接触。ウィケンズのマシンはハンター=レイの車体のノーズに乗り上げる形で宙に舞い、コース外側のキャッチフェンスに激しく衝突した。ウィケンズはリーハイ・バレー病院へ緊急搬送され、意識は明瞭なものの、下肢や右腕、背骨、肺を損傷する重傷だと診断された[13]。翌日には脊椎と胸髄損傷への対処としてチタン製のロッドやネジなどを埋め込む手術を行った[14]。続いて25日には右腕と下肢の負傷への手術が行われた[15]

9月7日にウィケンズの家族は彼がポコノのクラッシュで負ったすべての怪我について公表した。そのリストによると、脊髄損傷、肺挫傷、頚椎・胸部脊椎・両足脛骨・腓骨・両手、右前腕・肘・肋骨の骨折が含まれていた。また、チームオーナーであるサム・シュミットはウィケンズが再びレースに戻ってくるまでの期間にかかわらず、6号車のエントリーをウィケンズのために確保しておくことを明らかとした[16]

なお、シーズンに残されていた3戦はすべて欠場したものの、ウィケンズが獲得した得点を上回るルーキードライバーが現れなかったため、第16戦ポートランド終了時点でこの年のルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた[17]

2019年のトロント戦ではアロー・エレクトロニクス英語版とホンダが共同開発した手動操作が可能なアキュラ・NSXのペースカーを操縦し、パレードラップとスタートコマンドを担当した。これが事故後初の観客の前で見せたドライブとなった[18]

レース戦績編集

略歴編集

シリーズ 所属チーム レース 勝利 PP FL 表彰台 ポイント 順位
2005 フォーミュラ・BMW USA チーム・アペックス・レーシング USA 14 2 1 2 5 122 3位
フォーミュラ・BMW ワールドファイナル チーム・オートテクニカ 1 0 0 0 0 N/A 6位
2006 フォーミュラ・BMW USA ユーロインターナショナル
チーム・アペックス・レーシング USA
14 3 3 3 7 149 1位
フォーミュラ・BMW ADAC ADAC ベルリン・ブランデンブルク 2 0 0 0 0 N/A NC†
フォーミュラ・ルノー2.0 ユーロカップ モトパーク・アカデミー 2 0 0 0 0 N/A NC†
フォーミュラ・BMW ワールドファイナル ユーロインターナショナル 1 0 0 0 0 N/A 8位
2007 チャンプカー・アトランティック レッドブル・チーム・フォーサイス 12 1 1 2 4 255 3位
フォーミュラ・ルノー・3.5 カーリン・モータースポーツ 4 0 0 0 0 6 25位
2007–08 A1グランプリ A1チーム・カナダ 14 1 2 1 4 75 9位
2008 フォーミュラ・ルノー3.5 カーリン・モータースポーツ 17 1 1 3 4 55 12位
フォーミュラ3・ユーロシリーズ シグナチュール・プラス 14 1 0 0 2 10.5 15位
2009 FIA F2選手権 モータースポーツ・ビジョン 16 2 5 3 6 64 2位
フォーミュラ3・ユーロシリーズ コレス&ハインツ・ユニオン 4 0 0 0 0 0 NC
イギリス・フォーミュラ3選手権 カーリン・モータースポーツ 2 0 0 0 1 12 16位
アトランティック・チャンピオンシップ ジェノア・レーシング 1 0 0 0 0 12 14位
2010 GP3シリーズ ステータス・グランプリ 16 3 1 2 7 71 2位
2011 フォーミュラ・ルノー3.5 カーリン・モータースポーツ 17 5 7 4 10 241 1位
フォーミュラ1 マルシャ ヴァージン・レーシング テストドライバー
2012 ドイツツーリングカー選手権 ミュッケ・モータースポーツ 10 0 0 0 0 14 16位
2013 ドイツツーリングカー選手権 HWAチーム 10 1 1 0 3 70 5位
2014 ドイツツーリングカー選手権 10 1 2 0 1 41 12位
2015 ドイツツーリングカー選手権 HWA AG 18 1 0 1 2 61 13位
2016 ドイツツーリングカー選手権 メルセデス・ベンツ DTMチーム HWA I 18 2 1 3 5 124 4位
2017 ドイツツーリングカー選手権 メルセデス・AMG モータースポーツ Mercedes Me 18 1 1 1 4 119 9位
ウェザーテック・スポーツカー選手権 - PC スターワークス・モータースポーツ 1 0 0 0 0 26 23位
インディカー・シリーズ シュミット・ピーターソン・モータースポーツ テストドライバー
2018 インディカー・シリーズ 14 0 1 0 4 391 11位
  •  : ゲストドライバーとしての出走であるため、ポイントは加算されない。

フォーミュラ・ルノー3.5編集

(key) (太字ポールポジション斜字ファステストラップ)

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 DC ポイント
2007年 カーリン モータースポーツ MNZ
1
MNZ
2
NÜR
1
NÜR
2
MON
1
HUN
1
HUN
2
SPA
1
SPA
2
DON
1
DON
2
MAG
1
MAG
2
EST
1

12
EST
2

10
CAT
1

7
CAT
2

11
25位 6
2008年 カーリン モータースポーツ MNZ
1

Ret
MNZ
2

Ret
SPA
1

14
SPA
2

Ret
MON
1

19
SIL
1

9
SIL
2

1
HUN
1

Ret
HUN
2

8
NÜR
1

13
NÜR
2

18
LMS
1

14
LMS
2

22
EST
1

3
EST
2

12
CAT
1

3
CAT
2

3
12位 55
2011年 カーリン モータースポーツ ALC
1

2
ALC
2

5
SPA
1

1
SPA
2

2
MNZ
1

Ret
MNZ
2

Ret
MON
1

2
NÜR
1

1
NÜR
2

2
HUN
1

5
HUN
2

7
SIL
1

1
SIL
2

1
LEC
1

2
LEC
2

19
CAT
1

1
CAT
2

Ret
1位 241

A1グランプリ編集

(key) (太字ポールポジション斜字ファステストラップ)

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 DC ポイント
2007年–08年 A1チーム・カナダ NED
SPR
NED
FEA
CZE
SPR
CZE
FEA
MYS
SPR

3
MYS
FEA

Ret
CHN
SPR

15
CHN
FEA

Ret
NZL
SPR

Ret
NZL
FEA

2
AUS
SPR

3
AUS
FEA

6
RSA
SPR

1
RSA
FEA

12
MEX
SPR

7
MEX
FEA

5
CHN
SPR

2
CHN
FEA

20
GBR
SPR
GBR
FEA
9位 75

FIA F2選手権編集

(key) (Races in bold indicate pole position) (Races in italics indicate fastest lap)

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 DC ポイント
2009年 モータースポーツ・ビジョン VAL
1

1
VAL
2

1
BRN
1

9
BRN
2

Ret
SPA
1

Ret
SPA
2

3
BRH
1

4
BRH
2

2
DON
1

Ret
DON
2

Ret
OSC
1

8
OSC
2

4
IMO
1

4
IMO
2

2
CAT
1

Ret
CAT
2

3
2位 64

アメリカン・オープンホイール編集

インディカー・シリーズ編集

(key)

チーム シャシー No. エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 順位 ポイント
2018年 シュミット・ピーターソン・モータースポーツ ダラーラ・DW12 6 ホンダ STP
18
PHX
2
LBH
22
ALA
4
IMS
3
INDY
9
DET
8
DET
6
TXS
19
RDA
5
IOW
5
TOR
3
MDO
2
POC
19
GTW POR SNM 11位 391

インディアナポリス500マイル編集

シャシー エンジン スタート フィニッシュ チーム
2018年 ダラーラ ホンダ 18 9 シュミット・ピーターソン・モータースポーツ

出典編集

[脚注の使い方]
  1. ^ “Flying the flag for Canada: Robert Wickens”. Formula Scout. (2011年6月21日). http://www.formulascout.com/flying-the-flag-for-canada-robert-wickens/244 2020年4月28日閲覧。 
  2. ^ “Why World Series Formula V8 3.5 finally burned out”. Formula Scout. (2018年2月7日). http://www.formulascout.com/why-world-series-formula-v8-3-5-finally-burned-out/39703 2020年4月28日閲覧。 
  3. ^ “ヴァージン、リザーブを2名体制に変更”. As-web. (2012年4月3日). https://www.as-web.jp/past/%e3%83%b4%e3%82%a1%e3%83%bc%e3%82%b8%e3%83%b3%e3%80%81%e3%83%aa%e3%82%b6%e3%83%bc%e3%83%96%e3%82%922%e5%90%8d%e4%bd%93%e5%88%b6%e3%81%ab%e5%a4%89%e6%9b%b4 2020年4月21日閲覧。 
  4. ^ “ヴァージンのリザーブドライバーがテストデビュー”. As-web. (2011年9月4日). https://www.as-web.jp/past/%e3%83%b4%e3%82%a1%e3%83%bc%e3%82%b8%e3%83%b3%e3%81%ae%e3%83%aa%e3%82%b6%e3%83%bc%e3%83%96%e3%83%89%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%90%e3%83%bc%e3%81%8c%e3%83%86%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%87%e3%83%93%e3%83%a5 2020年4月21日閲覧。 
  5. ^ “ヴァージン、ウィケンスをアブダビ金曜で起用へ”. As-web. (2011年11月5日). https://www.as-web.jp/past/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%80%81%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%92%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%80%E3%83%93%E9%87%91%E6%9B%9C%E3%81%A7%E8%B5%B7%E7%94%A8%E3%81%B8 2020年4月21日閲覧。 
  6. ^ “メルセデス、新ジュニアチームを始動。メルヒら加入”. As-web. (2012年4月3日). https://www.as-web.jp/past/%e3%83%a1%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%83%87%e3%82%b9%e3%80%81%e6%96%b0%e3%82%b8%e3%83%a5%e3%83%8b%e3%82%a2%e3%83%81%e3%83%bc%e3%83%a0%e3%82%92%e5%a7%8b%e5%8b%95%e3%80%82%e3%83%a1%e3%83%ab%e3%83%92%e3%82%89 2020年4月21日閲覧。 
  7. ^ “DTM第7戦ニュル:ウィケンスが初勝利を飾る”. As-web. (2013年8月19日). https://www.as-web.jp/past/dtm%e7%ac%ac7%e6%88%a6%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%ab%ef%bc%9a%e3%82%a6%e3%82%a3%e3%82%b1%e3%83%b3%e3%82%b9%e3%81%8c%e5%88%9d%e5%8b%9d%e5%88%a9%e3%82%92%e9%a3%be%e3%82%8b 2020年4月21日閲覧。 
  8. ^ “DTM:メルセデス、ペナルティは“誤認”と主張”. As-web. (2014年8月4日). https://www.as-web.jp/past/dtm%ef%bc%9a%e3%83%a1%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%83%87%e3%82%b9%e3%80%81%e3%83%9a%e3%83%8a%e3%83%ab%e3%83%86%e3%82%a3%e3%81%af%e8%aa%a4%e8%aa%8d%e3%81%a8%e4%b8%bb%e5%bc%b5 2020年4月27日閲覧。 
  9. ^ “DTM王者争いから脱落したウィケンス、ハンガリーでのミスを悔やむ”. As-web. (2016年9月29日). https://www.as-web.jp/overseas/51292 2020年4月27日閲覧。 
  10. ^ “入国トラブルのアレシンに代わってDTMで活躍のウィケンスが急きょインディカー参戦”. As-web. (2017年6月23日). https://www.as-web.jp/overseas/134538 2020年4月21日閲覧。 
  11. ^ “ウィケンスがDTMからインディにスイッチ。ヒンチクリフと共にシュミット・ピーターソンから参戦”. As-web. (2017年10月19日). https://www.as-web.jp/overseas/171987 2020年4月21日閲覧。 
  12. ^ “インディ開幕戦:ルーキーの手からこぼれた勝利をブルデーが掴む。琢磨は追突され12位に”. As-web. (2013年3月12日). https://www.as-web.jp/overseas/347247 2020年4月21日閲覧。 
  13. ^ “ポコノ戦でクラッシュしたウィケンス、下肢や右腕、背骨などを負傷し手術へ”. As-web. (2018年8月20日). https://www.as-web.jp/overseas/401858 2020年4月21日閲覧。 
  14. ^ “インディカー:ウィケンスの脊椎修復手術が無事終了。容態安定も後遺症の程度は不明”. As-web. (2018年8月22日). https://www.as-web.jp/overseas/402419 2020年4月21日閲覧。 
  15. ^ “インディカー:大クラッシュ起こしたウィケンスの右腕と下肢への手術が成功”. As-web. (2018年8月25日). https://www.as-web.jp/overseas/403503 2020年4月21日閲覧。 
  16. ^ “Wickens medical update, family reveals extent of injuries”. Motorsport.com. (2018年9月7日). https://www.motorsport.com/indycar/news/wickens-medical-update-family-reveals-extent-of-injuries/3172320/?filters%5Bdriver%5D%5B0%5D%5Btitle%5D=Robert+Wickens&filters%5Bdriver%5D%5B0%5D%5Bvalue%5D=7522 2020年4月21日閲覧。 
  17. ^ “最終戦を前に療養中のウィケンスがインディカー・ルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝く”. As-web. (2018年9月6日). https://www.as-web.jp/overseas/407603 2020年4月21日閲覧。 
  18. ^ “インディ第11戦:パジェノーがライバルも舌を巻く速さでトロントを制圧。琢磨は悔しいリタイア”. As-web. (2019年7月15日). https://www.as-web.jp/overseas/502658 2020年4月21日閲覧。 

外部リンク編集