ロビン・ハード(Robin Herd、1939年3月23日 - 2019年6月5日)は、イギリスのレーシングカーエンジニアデザイナー実業家

ロビン・ハード (Robin Herd)
(1971年4月)
32歳のロビン・ハード
出生 1939年3月23日
出生地 ニュートン・ル・ウィローズ
死亡 2019年6月5日(80歳) [1]
国籍 イギリス
活動拠点 ビスター英語版
教育 セントピーターズ・カレッジ (オックスフォード大学)
物理学, 工学のダブルファースト
工学
分野
自動車エンジニア
レーシングカーデザイナー
カスタマーレーシングカー製造

実業家

主な設計など 1961-1965: RAE-Concorde project
National Gas Turbine Establishment
1965-1968: McLaren-M2B
McLaren-M4B
McLaren-M5A
McLaren-M7A
1968-1969: Cosworth-4WD F1 car
1969: 直営 F.WilliamsBT26関連
1969.07まで: March693を組上げた
1969: マーチ・エンジニアリング設立
1969-1989: March Engineering, March Racing, March Engines, March Wind Tunnels, Comtec, March Grand Prix, RAM March F1等のMarch Groupのトップ
1989-1990: Robin Herd Ltd. -
1990-1992: Fomet1, GR01
1992-1993: Venturi UK - (GR02)=LC92
Larrousse UK Ltd - LH93, LH94, LH95
1993-1995: GenTech (UK)
1995-1998: オックスフォード・ユナイテッド会長
1999: オニクス・グランプリの支援
1999:

レーシングカー・コンストラクターマーチ・エンジニアリングの共同設立者として知られている。

経歴編集

初期編集

ランカシャー州ニュートン・ル・ウィローズ英語版出身。

オックスフォードセント・ピーターズ・カレッジで学ぶ。

RAE-コンコルド・プロジェクトのエンジニアとして、RAEの支局の英国立ガスタービン施設:NGTE英語版[2]に勤める。

NGTEの同僚のゴードン・コパックとともにマクラーレンに在籍し、M2B英語版M4BM5AM7Aを設計して、 1968年コスワースに移り、4WDF1カー英語版を設計した。

マーチ編集

その由来が、Max MosleyAlan ReesGraham Coaker、Robin Herdの頭文字をとったものとされるマーチ

設立前夜編集

1969年夏のマーチ・エンジニアリングの設立に先立って、F3カーのマーチ・693英語版が組み上げられた[3][4][5]

この年ハードは、フランク・ウィリアムズの手伝いをしていた。ブラバムから購入したマシン(BT26)でのF1初参戦をサポートするものだった。

F1編集

マーチは1970年から1992年の間に「マーチ・エンジニアリング」、「マーチ・レーシング」などの名称でエントリーして、207回のF1グランプリレースを完走し、4PP、3勝を挙げた。

1981年はロビン・ハードがRAMレーシングのジョン・マクドナルドと手を結び、共同でマーチ・グランプリを設立。共同オーナーとなり1981年のF1世界選手権に参戦したが、このプロジェクトの現場で関わったのは1年限りだった。

マーチ上場まで編集

チームはF2とインディカーのレースで成功を収め、マーチカーは1983年から1987年まで5年連続でインディアナポリス500で優勝した。その成功のさなかの1986年、マーチはロンドンの証券取引所に上場した。

マーチグループの崩壊編集

 
フォンドメタル・GR01(1992年)
1992年設立の設計事務所
Fomet1のメンバーは[6]
・Robin Herd
Tino Belli
Tim Holloway
・Les McTaggart
 
ラルース・LH93(1993年)
 
レイナード・95i(1995年。ジャック・ヴィルヌーヴ車)
Team Green)←GenTech

1986年からハードはF1への復帰計画を開始し、ドライバーにイヴァン・カペリと契約。チームマネージャーにイアン・フィリップスを雇い、日本の不動産企業レイトンハウスがメインスポンサーとして出資することも決まり、1987年からレイトンハウス・マーチとしてF1に参戦復帰した[7]。レイトンハウスは段階的にマーチの株式を購入し、1989年、マーチ・レーシングは100%レイトンハウスのものとなり、スポンサーからオーナーになった。マーチ・グループから弾き出されたハードは、ビスターにデザインオフィス、ロビン・ハード社を設立した。

ロビン・ハード社は、クライアントが変わるたびに社名(フォメット1社、ベンチュリーuk社、ラルースuk社)が変更された。

GenTech (UK)はバリー・グリーンからの依頼で仕事をしていた時の社名。

1995年、オックスフォード・ユナイテッドFCを買収し、1998年までクラブの会長を務めた。

1999年には、オニクスの元代表のマイク・アールと力を合わせて新しいF1チームを設立するという話もあった[8]

また、マーチ・インディ・インターナショナルと呼ばれるインディレーシングリーグチームも結成された[9]

インディモデル関連の表編集

インディアナポリス500優勝者
1983 Tom Sneva March83C Cosworth Bignotti-Cotter
1984 Rick Mears March84C Cosworth Penske Cars
1985 Danny Sullivan March85C Cosworth Penske Cars
1986 Bobby Rahal March86C Cosworth Truesports
1987 Al Unser March86C Cosworth Penske Racing
チャンプカー・ワールド・シリーズチャンピオン
1985 Al Unser March85C Cosworth Penske Racing
1986 Bobby Rahal March86C Cosworth Truesports
インディアナポリス モデルの製造台数
投入年 / 型式 製造台数 累積製造台数 ノート Marchives, frame page
1980 March 80C 3 3 853 Orbiter[10]=(792/79A-based chassis)chief designer : Ian Reed[11]
1981 March 81C 9 12 921 Based on 811chief designer : Alan Mertens +(Gordon Coppuck)単年
1982 March 82C 20 32 970 Updated 81Cchief designer : Alan Mertens11戦中5勝
1983 March 83C 21 53 1025 Robin Herd's last design, updated 81Cchief designer : Alan Mertenswon Indy 500
1984 March 84C 47 100 1105Adrian Newey's
R&D
Honeycomb Monocoque, tilted engine (3 degrees), won Indy 500
1985 March 85C 44 144 1175New Honeycomb Monocoque                                 first Championwon Indy 500
1986 March 86C 38 182 1290New Monocoque, tilted engine (2 degrees), new body1-2-3 Championwon Indy 500
1987 March 87C 33 215 138986C tub and layout with new rear structure(86C) won Indy 500
1988 March 88C 20 235 1419 'Scaled down' Indy car, overall dimensions and layout as 87C
1989 March 89P 4 239 1444 New car, honeycomb and composite tub, Porsche
March 89C/89CE 2 241 1446 made at Ralt

March archiveサイトのアーカイブ(2006.01.16), frame page

死去編集

出典編集

  1. ^ Former Chairman Robin Herd Passes Away”. oufc.co.uk. 2022年12月23日閲覧。
  2. ^ Pyestock の探検調査記録 (Simon Cornwell)”. www.ngte.co.uk. 2022年8月20日閲覧。
  3. ^ "The First March". Marchives. 2023年2月2日閲覧
  4. ^ "1969". Marchives. 2023年2月2日閲覧
  5. ^ "Andy's March 693". Marchives. 2023年2月2日閲覧
  6. ^ (執筆:Joe Saward) grandprix.com-ENCYCLOPEDIA-"Tim Holloway" (執筆時期不明)
  7. ^ MARCH グランプリ・エクスプレス 1987年日本GP号 26-27頁 山海堂 1987年11月15日発行
  8. ^ Robin Herd. Grandprix.com
  9. ^ "March Indy International,Inc. Engages New Director of Racing". motorsport.com. 2000年1月7日. 2023年2月2日閲覧
  10. ^ Howdy, The Orbitor And Me”. racingnation.com. 2022年7月25日閲覧。
  11. ^ Robin Herd”. pressreader.com. 2022年7月21日閲覧。
  12. ^ Oxford United (2019年6月6日). “元会長死亡の社報 (水曜日の5日に死亡)”. https://www.oufc.co.uk/news/2019/june/robin-herd/ 
  13. ^ Mark Hughes (2019年6月6日). “Robin Herd: 1939-2019 (火曜日の4日に死亡)”. https://www.motorsportmagazine.com/articles/single-seaters/f1/robin-herd-1939-2019 
  14. ^ Adam Cooper (2019年6月7日). “Robin Herd, best known as a co-founder of March Engineering, has died at the age of 80”. https://www.autosport.com/f1/news/march-formula-1-team-co-founder-robin-herd-dies-aged-80-4987226/4987226/ 

外部リンク編集