ロフト (ライブハウス)

新宿ロフト(しんじゅくロフト、Shinjuku Loft)は、日本東京都新宿区歌舞伎町1丁目12番9号のタテハナビルにあるライブハウス。株式会社ロフトプロジェクトにより運営されている。雑貨店のロフトとの関連はない。この項ではロフトプロジェクトの運営する各ライブハウスについても記述する。

目次

沿革概要編集

  • 1976年10月1日西新宿で平野悠によってオープン。
  • 1992年、ビルのオーナーから立ち退きを命じられ、「新宿LOFT立ち退き裁判」になる。
  • 1998年12月15日、ビルのオーナーと和解成立。
  • 1999年3月17日、退去。4月1日、歌舞伎町新宿コマ劇場横に移転。
  • 2006年には30周年を迎え、イベント「SHINJUKU LOFT 30th ANNIVERSARY -ROCK OF AGES 2006-」が開催された。

施設概要編集

経営者編集

ロフトプロジェクト代表の平野悠は、1944年東京生まれ[1]。大学時代に新左翼運動にはまり、大学中退後郵政省に入省、新左翼系労働運動に従事し、逮捕歴3回[1]。1970年郵政省を辞め、1971年ジャズ喫茶「烏山ロフト」を開店後、ロック・フォーク系のライブハウスとして西荻窪、荻窪、下北沢、新宿にロフトをオープン、1980年にはロック居酒屋「自由ヶ丘ロフト」も開業したほかレコードレーベルなども立ち上げたが、1982年に新宿ロフトのみの経営となる[1]。5年間で100か国を旅し、ドミニカ共和国で市民権を獲得し、1987年に日本レストランと貿易会社を設立、1990年の大阪花博ではドミニカ政府代表代理、ドミニカ館館長を務める[1]。1991年に「下北シェルター」をオープンし、翌年ドミニカを撤退して帰国[1]。1995年にトークライブハウス「ロフトプラスワン」をオープン[1]。アメリカ人の日本研究者ヘンリイ・パイク・ブイの孫(次男の子)で、平野レミとはいとこになる[2]

ロフトプロジェクト運営ライブハウス編集

下北沢SHELTER編集

1991年10月にオープンしたライブハウス。世田谷区北沢2-6-10仙田ビルB1[3]

新宿ロフトプラスワン編集

Naked Loft編集

 
Naked Loft

ネイキッドロフト。2004年にオープンした新宿区百人町職安通り沿いのトークライブハウス。最寄駅は新宿ロフト、プラスワンと同じ西武新宿駅だが、正面口ではなく、北口方面に位置する。約50席。イベントによっては通り沿いの壁を取り払うことも可能。

Asagaya/Loft A編集

 
Asagaya/Loft A

阿佐ヶ谷ロフトA。2008年、杉並区阿佐谷南にオープンしたBARホール併設のトークライブハウス。商店街(阿佐谷パールセンター)の中にある。プラスワンより狭く、ネイキッドよりは収容力がある。

Loft PlusOne West編集

2014年[2]、大阪ミナミにオープンした関西初のトークライブハウス。

LOFT9 Shibuya編集

2016年オープン。渋谷・円山町のトークライブハウス。LOFTの名前を冠する9番目のライブハウスということで名付けられた。ユーロスペースなどが入居するKINOHAUS1階。イベントがない時間はカフェ&バーとして運営[4]。約150席。

脚注編集

注釈編集

出典編集

  1. ^ a b c d e f ロフトの名物おやじ平野悠のおじさんの部屋 プロフィール
  2. ^ Yuu Hirano‏Semmel Family Forest
  3. ^ 下北沢SHELTER 25周年特設サイト”. 音楽の街下北沢にあるライブハウス「下北沢シェルター」  (2016年11月13日). 2016年11月13日閲覧。
  4. ^ LOFT9 Shibuya”. 渋谷・円山町のトークライブハウス  (2016年11月13日). 2016年11月13日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集