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ロンドン条約(ロンドンじょうやく、Treaty of London of 1839)は、五国同盟ネーデルラント連合王国間で1839年に結ばれた条約

1830年ベルギー独立革命で、ベルギーは実質的に独立し、レオポルド1世が即位していた。これをヨーロッパの列強は認めたが、オランダ王ウィレム1世はベルギー独立の承認を拒否していた。

1831年、オランダ軍の侵攻がフランス軍に阻止されたが、ウィレム1世はその後も粘り、1838年ロンドン会議でしぶしぶ承認した。

内容編集

「紙屑」編集

 
軍への入隊を促すイギリスのプロパガンダ。以下翻訳:
「紙屑」
この「紙屑」-1839年に署名されたベルギーの独立と中立を保証する条約-には六大国の代表の署名と証印がある。
「Palmerston」はイギリスのために署名し、「Bülow」はプロイセンのために署名した。
ドイツ人は固く誓約した言葉を破り、ベルギーを荒らした。ベルギーの自由を回復させ、以て我が国の名誉を輝かせ続けるために助力せよ。
本日入隊せよ

この条約はベルギーが九年間も粘った結果といえるが、その後も影響力を発揮した。1914年8月、ドイツ帝国が条約に違反して中立国ベルギーを侵攻すると、イギリスはこの条約を理由にドイツに宣戦した。イギリス宣戦の知らせがドイツ宰相テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェークに届くと、彼は「イギリスとドイツが紙切れ一枚のために戦うのか」とショックを受けたという。

脚注編集


関連項目編集