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ワルシャワ市電

ワルシャワ市電 (ワルシャワしでん) とは、ポーランドワルシャワに路線を有する路面電車網である。

ワルシャワ市電
ワルシャワ歴史地区を背景に走る市電
ワルシャワ歴史地区を背景に走る市電
基本情報
ポーランドの旗 ポーランド
所在地 ワルシャワ
種類 路面電車
開業 1866年
運営者 Tramwaje Warszawskie
詳細情報
総延長距離 120 km
路線数 30系統
保有車両数 コンスタル13N 240両
コンスタル105Na 590両
コンスタル116 30編成
PESA120N 46編成
軌間 1,435 mm
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路線図
第二次世界大戦前のワルシャワの路面電車ネットワークのマップ (インタラクティブバージョン)
馬車鉄道時代(1867年)
電化後の市電(1914年)
第二次大戦中の光景

目次

概要編集

ワルシャワ交通局が他の公共交通機関とともに統括している。実際の運行は公営企業のTramwaje Warszawskie Sp. z.o.o. (ワルシャワ市電有限会社) が行っている。利用者数はワルシャワの人口の半分に達する[1]

車両数は863両であり、規模はシレジア・インターアーバンに次ぐポーランド第二のものである[2]。運行系統数は30ある[3]

歴史編集

馬車鉄道時代編集

ワルシャワにおける市電の歴史は、1866年に6kmで開業した馬車鉄道にさかのぼる。区間は、ウィーン方面鉄道の駅からヴィスワ川を渡り、ヴィリニュステレスポル方面鉄道の駅までであった。これはロシア当局により、ヴィスワ川の鉄道橋建設が戦略的理由で制限されていたことによるものである。 1880年ベルギー資本により、市内交通としての利用を意図して、2番目の路線が建設された。この会社は急速に路線を拡大した。最初の馬車鉄道が意図した鉄道駅間の連絡は、1875年に鉄道橋が開通したことで目的が失われたものの、路線拡大の結果として1882年には鉄道駅間も結ばれるようになった。1899年には、路線網は市に買収された。

この時点で、路線延長は30km、系統数は17になり、234台の客車と654頭の馬を擁するまでになっていた。1903年までには、電化計画が提案され、1908年までに実施が完了した。

戦間期編集

電化後10年間は、短距離の延伸が行われた以外はあまり変化の無い時期であった。第一次世界大戦後は、乗客数が急速に増加し、路線は郊外へ向け延伸が続いた。1939年時点で、路線延長は60km、車両数は757両に達していた。1927年私鉄のEKD (現在のWKD - ワルシャワ通勤鉄道) が建設され、近隣の街々からワルシャワ中心部まで、市電よりやや大型の電車が乗り入れてきた。この鉄道は駅間距離が短く、市内では併用軌道となっていた。しかし、この路線は市電とは軌間が異なっていた (EKDは標準軌、市電はロシア支配時代以来の広軌) 。1925年には、都市高速鉄道 (ワルシャワ地下鉄) の建設が決定し、ボーリング調査が開始されたものの、世界恐慌により延期された。1938年には再度構想が浮上するものの、建設再開は第二次世界大戦後となった。

20世紀後半編集

ナチスによる占領時も、1944年ワルシャワ蜂起までは市電は運行を続けていたが、状況は徐々に悪化していた。ワルシャワ蜂起が失敗に終わると、市街とともに市電の施設も、ナチスによる報復的な破壊を受けることとなった。戦争が終わると、市電の再建は比較的迅速に進められた。このタイミングで、標準軌へ改軌することも行われた。1950年代 - 1960年代を通じて、郊外に建設された団地や工場への路線延伸が行われ、PCCカーをもとにした新車の導入も進められた。当時のワルシャワには地下鉄がなかったことと、自家用車の所有が制限されていたことから、市電はワルシャワの基幹交通機関であった。1960年代には、政府はソ連で産出される石油への依存を強め、一方で自国で産出される石炭外貨獲得のため西ヨーロッパ諸国に輸出されていた。このため、新たに開発された地区は市電ではなくバスにより中心部と結ばれ、一部の路線は廃止された。

近年の状況編集

1989年民主化以降、市電が受けた投資は地下鉄建設に付随した小さなものだった。しかし2005年からは、新型車両の導入、主要路線の近代化、案内表示装置の導入といった変化が始まった。これらの動きの中には、電車優先信号の導入や路線延長計画も含まれていた。2008年8月、186編成の冷房超低床電車の導入が始まった。

2011年、市は2路線の延長に着手した。1つ目は、市の北部でヴィスワ川を渡り、市北東部の郊外と地下鉄駅を結ぶものである。2つ目は、市の西部において2つの既存路線を短絡するものである。

車両編集

画像 車種 総数 解説
  コンスタル13N 240両 ワルシャワ初の近代型路面電車である。ホジュフのコンスタル社において1959年から1969年に製造された。アメリカPCCカーの技術を用いて生産された車両である。2012年12月31日をもって営業運転から引退した[4]
 
 
コンスタル105Na
(派生形:HCP 123N)
590両 ワルシャワ市電の最大勢力であり、1973年から2007年まで生産された。電気品はコンスタル13Nをベースにしており、車体はより軽量化されている。後年に更新を受けたものもある。2両ひと組で使われる場合が多いが、単行や3連運転にも対応している。
  コンスタル112
コンスタル116N/116Na
30編成 コンスタル112は、コンスタル105Naをベースに、1995年に低床車プロトタイプとして製造された。部分低床車で、2車体連接車となっている。これに中間車体を追加した設計としたのがコンスタル116N/116Naである。3車体連接車で、1998年から2000年にかけて製造された。
 
 
PESA 120N/120Na 46編成 (155編成が増備予定) ブィドゴシュチュPESA社で製造された、全面低床車である。2007年から120Nが製造され、2010年からは120Naが製造されるようになった。5車体連接車で、近代化を図った路線であるイェロゾリムスキェ通りの系統に重点的に投入された。2013年までに、さらに186編成が新路線開業と旧型車置き換えのために投入される予定になっている。

脚注編集

  1. ^ Tramwaje Warszawskie Sp. z o. o. - Informacje ogólne: Stan inwentarzowy taboru”. Tw.waw.pl. 2010年2月14日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年6月12日閲覧。
  2. ^ Tramwaje Warszawskie Sp. z o. o. - Informacje ogólne: Wskaźniki eksploatacyjne”. Tw.waw.pl. 2010年2月14日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年6月12日閲覧。
  3. ^ Tramwaje Warszawskie Sp. z o. o. - Mapa strony”. Tw.waw.pl. 2010年1月9日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年6月12日閲覧。
  4. ^ „Ostatnia paróweczka”, czyli tramwaj legenda przechodzi do historii 2012年12月21日公開 2018年7月19日閲覧

外部リンク編集