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ワンディー・シンワンチャータイ語: วันดี สิงห์วังชา, 英語: Wandee Singwangcha1980年2月5日 - )は、タイプロボクサー。本名はオーン・ドゥーウィセートอ้อน ดูวิเศษ)。元世界ボクシング評議会 (WBC)世界ミニマム級王者および元WBC世界ライトフライ級暫定王者ワンディー・チョー・チャレオンとも。身長158.2cm、リーチ163.0cm(2006年10月6日測定)。

ワンディー・シンワンチャー
基本情報
本名 อ้อน ดูวิเศษ
階級 スーパーフライ級
国籍 タイ王国の旗 タイ
誕生日 (1980-02-05) 1980年2月5日(39歳)
出身地 タイウドーンターニー県
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 85
勝ち 67
KO勝ち 18
敗け 17
引き分け 1
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目次

来歴編集

1994年12月13日、プロデビュー。

1996年7月13日、タイバンコクローランド・トヨゴンIBFインターコンチネンタルミニマム級王座決定戦を行い、10回判定勝ちを収め王座を獲得した。

1997年8月30日、インドネシア東ジャワ州スラバヤのケルタジャスタジアムでファイソル・アクバルと対戦し、12回判定負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落した。

1998年8月23日、26戦目で世界初挑戦。横浜ロッキー・リン台湾出身)とWBC世界ミニマム級暫定王座決定戦を争い、2-0(116-114、115-113、114-114)の判定勝ちで王座獲得に成功した。

1999年5月4日、岡山県倉敷市の水島緑地福田公園体育館でウルフ時光と対戦し、12回2分51秒TKO勝ちで初防衛に成功した。

1999年9月29日、正規王者リカルド・ロペスメキシコ)が王座を剥奪されたのに伴い、正規王者に認定された。

2000年2月11日、タイ・サムットサーコーン県のマハーチャイ・ビラ・アリーナでホセ・アントニオ・アギーレ(メキシコ)と対戦し、0-2(113-115、112-116、114-114)の判定負けを喫し、暫定王座を含め通算2度目の防衛に失敗、王座から陥落した。

2003年3月29日、イギリスロンドンのウェンブリー・カンファレンス・センターでピーター・カルショー(イギリス)とWBF世界スーパーフライ級タイトルマッチを行い、0-3の判定負けを喫し王座獲得に失敗した。

2003年6月13日、オーストラリアシドニー西部郊外にあるオーバーンのオーバーン・RSL・クラブでIBFパンパシフィックフライ級タイトルマッチでビック・ダルチニアンと対戦し、4回KO負けを喫し王座獲得に失敗、12月12日のホームブッシュ・ベイのバッジェリーズ・パビリオンで行われたIBF世界フライ級挑戦者決定戦でのダルチニアンとの再戦でも5回KO負けを喫し、IBF世界フライ級王座の挑戦権獲得に失敗、ワンディー自身4連敗を喫した。

2004年9月9日、チュムポーン県エルネスト・ルビリアルフィリピン)とWBCインターナショナルライトフライ級王座決定戦を行い、8回TKO勝利を収め王座を獲得した。

2004年11月16日、ノンタブリー県のスコータイ・タマティラート大学でジュン・アルロス(フィリピン)と対戦し、1-1(114-114、115-113、113-117)の引分で初防衛に成功した。

2006年7月18日、2階級制覇を懸け、バンコクバーンカピ区のザ・モール・ショッピングセンターでファニト・ルビリアル(フィリピン)とWBC世界ライトフライ級暫定王座決定戦を行い、3-0(117-111、117-113、117-113)の判定勝ちで王座獲得に成功、2階級制覇を達成した。

2006年10月9日、後楽園ホール嘉陽宗嗣と対戦し3-0(114-113、116-111、116-111)の判定勝ちを収めたが、ワンディーが前日計量をクリア出来ず王座を剥奪されていた為、王座は空位となった。

2007年11月19日、バンコクのザ・モール・ショッピングセンター・ンガムウォンワンでフェルナンド・ルマカド(フィリピン)とABCOフライ級王座決定戦を行い、3-0(116-112、116-112、118-112)の判定勝ちで王座を獲得した。

2009年3月4日、さいたまスーパーアリーナ亀田大毅と対戦し、6回0分27秒KO負けを喫した。

2009年5月28日、セブ州セブ市セブ・コロシアムマルビン・ソンソナWBOオリエンタルフライ級王座決定戦を行い、2回1分49秒KO負けを喫し、王座獲得に失敗した。

2009年8月11日、ブリックス・レイ(フィリピン)とWBOアジア太平洋フライ級王座決定戦で対戦し、3-0(115-113、115-113、116-112)の判定勝ちで王座を獲得した。

2010年7月31日、WBCインターナショナルスーパーフライ級タイトルマッチでシルベスター・ロペス(フィリピン)と対戦し、2回2分10秒TKO負けを喫し、王座獲得に失敗した。

2011年5月12日、サムイ島ペッバーンボーン・ゴーキャットジムABCOスーパーフライ級コンチネンタル王座決定戦を行い、8回1分52秒、1-2(74-77、75-76、76-75)の負傷判定負けを喫し王座獲得に失敗した[1][2]

2013年5月28日、香港香港コンベンション・アンド・エキシビション・センターでABCOコンチネンタルスーパーフライ級王者レックス・ツォー(香港)と対戦し、4回1分4秒TKO負けを喫し王座獲得に失敗した。

獲得タイトル編集

WBCミニマム級暫定王座で防衛1回を経験した以外の王座は防衛0回。

  • WBC世界ミニマム級暫定王座
  • WBC世界ミニマム級王座
  • WBC世界ライトフライ級暫定王座

脚注編集

  1. ^ Petchbanborn defeats Wandee Fightnews.com 2011年5月12日
  2. ^ 勝ったのはカニター、タイのWBC女子シルバー戦同門対決 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年5月12日

関連項目編集

外部リンク編集


WBC世界ミニマム級暫定王者
在位期間
暫定王者決定戦対戦者:ロッキー・リン1998年8月23日 - 1999年9月29日次暫定王者:正規認定により消滅
WBC世界ミニマム級王者
在位期間
空位
(前タイトル獲得者:リカルド・ロペス
1999年9月29日 - 2000年2月11日ホセ・アントニオ・アギーレ
WBC世界ライトフライ級暫定王者
在位期間
暫定王者決定戦対戦者:ファニト・ルビリアル2006年7月18日 - 2006年10月8日(剥奪)次暫定王者:剥奪により消滅