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ヴィルヘルム・デア・ユンゲレ (ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公)

ヴィルヘルム・デア・ユンゲレ
子供達に本を読み聞かせるヴィルヘルム(中央)

ヴィルヘルム・デア・ユンゲレドイツ語:Wilhelm der Jüngere, 1535年7月4日 - 1592年8月20日)は、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公の1人で、リューネブルク(在位:1559年 - 1592年)。デア・ユンゲレは「若い」を意味する異称。リューネブルク侯エルンスト1世とその妃ゾフィー・フォン・メクレンブルクとの間に4男として生まれた。

生涯編集

1559年に急死した長兄のフランツ・オットーからリューネブルク侯領を引き継いだ。但し、1569年までは次兄のハインリヒを共同統治者としていた。

1582年、ヴィルヘルムは精神錯乱に陥り、1584年には身の危険を感じた妻ドロテアが彼の元を離れて別居している。1592年に死去、長男のエルンスト2世が後を継ぎ、ドロテアが摂政となった。

子女編集

1561年デンマークノルウェークリスチャン3世の娘ドロテアと結婚し、間に15人の子女をもうけた。

爵位・家督
先代:
フランツ・オットー
リューネブルク
1559年 - 1592年
次代:
エルンスト2世