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ヴィルヘルム6世 (ヘッセン=カッセル方伯)

ヴィルヘルム6世

ヴィルヘルム6世Wilhelm VI., 1629年5月23日 - 1663年7月16日)は、ヘッセン=カッセル方伯(在位:1637年 - 1663年)。「正義伯」(ドイツ語der Gerechte)と呼ばれる。ヴィルヘルム5世とその妻であったアマーリエ・エリーザベト(1602年 - 1651年、ハーナウ=ミュンツェンベルクフィリップ・ルートヴィヒ2世の娘)の長男。

1629年5月29日にカッセルで生まれた。1637年に父の死去によって方伯位を嗣ぐが、幼少だったため1650年まで母のアマーリエ・エリーザベトが摂政を務めた。1604年に断絶したヘッセン=マールブルク方伯領を巡るヘッセン=カッセルとヘッセン=ダルムシュタットの争いは1627年に一応の解決を見ていたが、彼女はこの帰属に不満を持ち、三十年戦争末期の1645年ヘッセン戦争を起こした。1648年まで続いたこの戦争により、ヘッセン=カッセルはヘッセン=ダルムシュタット方伯ゲオルク2世にヘッセン=マールブルクの分割をやり直させることに成功した。1663年7月16日にカッセルで死去、長男のヴィルヘルム7世が方伯位を嗣いだ。

子女編集

1649年、ヴィルヘルム6世はブランデンブルク選帝侯ゲオルク・ヴィルヘルムの娘ヘートヴィヒ・ゾフィーと結婚し、間に3男4女の計7人の子女をもうけた。

先代:
ヴィルヘルム5世(不変伯)
ヘッセン=カッセル方伯
1637年 - 1663年
次代:
ヴィルヘルム7世