メインメニューを開く

ヴュルテンベルク君主一覧

ウィキメディアの一覧記事
ヴュルテンベルク公から転送)
ヴュルテンベルク王家の居住の中心であるドイツアルツハウゼン宮殿の門に掲げられた王家の紋章
ヴュルテンベルク伯の紋章
1495年の公国昇格の際にエーバーハルト1世によって採用された紋章。

ヴュルテンベルク君主一覧では、1918年まで続いた伯から王までのドイツヴュルテンベルクの君主を列挙する。

目次

1495年までのヴュルテンベルク伯編集

ニュルティンゲン条約でヴュルテンベルク伯は、シュトゥットガルトに拠点を置くヴュルテンベルク=シュトゥットガルト系とウラッハに拠点を置くヴュルテンベルク=ウラッハ系に分かれた。

ヴュルテンベルク=シュトゥットガルト系編集

ヴュルテンベルク=ウラッハ系編集

1482年ミュンジンゲン条約の結果、2つの系統はエーバーハルト5世の許で統一された。1495年にエーバーハルトはヴュルテンベルク公に昇爵した。

ヴュルテンベルク公(1495年から1803年まで)編集

ヴュルテンベルク選帝侯(1803年から1805年まで)編集

ヴュルテンベルク国王(1806年から1918年まで)編集

名前 開始 終了 備考
フリードリヒ1世 1806年1月1日 1816年10月30日  
ヴィルヘルム1世 1816年10月30日 1864年6月25日  
カール1世 1864年6月25日 1891年10月6日 1871年ドイツ帝国の成立により、その下位に置かれた。
ヴィルヘルム2世 1891年10月6日 1918年11月29日

ヴュルテンベルク王国は1918年ドイツ革命で消滅した。

1921年ヴィルヘルム2世の死によって、サリカ法典下で男子の相続人が絶えたため、祖先のフリードリヒ2世オイゲンまで遡る必要に迫られた。ウラッハ公系は貴賎結婚により除外され、アルツハウゼン系が継承することになった。

フリードリヒ2世オイゲンの他の貴賎結婚による子孫に、イギリス国王ジョージ5世(当時はヨーク公)の妃となったメアリー・オブ・テックがいる。

1918年以降のヴュルテンベルク家家長編集

ヴュルテンベルク家は現在でも続いているが、政治的活動は長い間行っていない。

名前 開始 終了 備考
ヴィルヘルム2世 1918年10月30日 1921年10月2日  
アルブレヒト 1921年10月2日 1939年10月31日  
フィリップ 1939年10月31日 1975年4月15日  
カール 1975年4月15日 現在  

関連項目編集