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一迫町(いちはさまちょう)は、宮城県北西部にあったである。2005年4月1日栗原郡内全町村が合併し、栗原市の一部分となった。

一迫町
廃止日 2005年4月1日
廃止理由 新設合併
築館町若柳町栗駒町高清水町一迫町瀬峰町鶯沢町金成町志波姫町花山村
栗原市
現在の自治体 栗原市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
栗原郡
団体コード 04525-0
面積 87.58km2
総人口 9,004
推計人口、2005年3月1日)
隣接自治体 栗原郡高清水町築館町栗駒町鶯沢町花山村
玉造郡鳴子町岩出山町
町の木 マツ
町の花 アヤメ
一迫町役場
所在地 987-2392
宮城県栗原郡一迫町真坂字清水田河前5
座標 北緯38度44分19.8秒
東経140度56分49秒
Ichihasama-Miyagi.png
特記事項 2,634世帯(2005年1月31日)
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目次

地理編集

宮城県北西部に位置する町である。町の中心を迫川が流れ、町の面積の半分を森林が占める。

隣接していた自治体編集

歴史編集

町役場近くの山王囲遺跡からは、縄文時代から弥生時代にかけての土器・埋蔵物が数多く発見されている。また、前九年の役では、町の西部、現在の牛渕公園の周辺が古戦場となった。戦国時代には大崎氏が支配した。その滅亡後は木村吉清、ついで伊達政宗の領地になり、江戸時代には仙台藩の支配を受けた。

沿革編集

  • 明治8年(1875年)10月17日 - 水沢県による村落統合にともない、清水村を真坂村に、曽根村を柳目村に、それぞれ編入。真坂村の一部(端郷北沢村)は狐崎村と合併し王沢村となる。
  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行にともない、真坂村と柳目村が合併して一迫村が発足。
  • 大正12年(1923年)4月10日 - 町制施行し、一迫町となる。
  • 昭和30年(1955年)4月1日 - 金田村長崎村および姫松村の一部(王沢)と合併し、新制の一迫町が発足。
  • 平成17年(2005年)4月1日 - 栗原郡内全町村が合併して栗原市となる。

行政編集

  • 最後の町長:佐藤覚次郎(2004年1月~)
  • 歴代村長
氏名 就任 退任 備考
1 熱海宗三郎 明治26年(1893年)4月21日 明治27年(1894年)7月4日
2 千葉銀蔵 明治27年(1894年)7月14日 明治31年(1898年)7月13日
3 熱海宗三郎 明治31年(1898年)7月23日 明治35年(1902年)9月4日 再任
4 千葉銀蔵 明治35年(1902年)10月21日 明治40年(1907年)3月27日 再任
5 熱海良之助 明治40年(1907年)5月16日 明治44年(1911年)5月15日
6 鹿野栄六 明治44年(1911年)8月3日 大正2年(1913年)2月17日
7 松田茂右ェ門 大正2年(1913年)12月27日 大正11年(1922年)2月21日
8 熱海彦 大正11年(1922年)3月20日 大正12年(1923年)4月9日
  • 歴代町長
昭和の合併以前
氏名 就任 退任 備考
1 熱海彦 大正12年(1923年)4月10日 昭和5年(1930年)4月14日
2 菅原義雄 昭和5年(1930年)4月25日 昭和9年(1934年)4月24日
3 熱海彦 昭和9年(1934年)5月1日 昭和11年(1936年)2月9日 再任
4 熱海啓輔 昭和11年(1936年)2月17日 昭和15年(1940年)2月16日
5 菅原義雄 昭和15年(1930年)2月24日 昭和19年(1944年)2月23日 再任
6 松田宏一 昭和19年(1944年)2月24日 昭和21年(1946年)11月23日
7 曾根義伝 昭和22年(1947年)4月6日 昭和24年(1949年)4月19日
8 狩野文朔 昭和24年(1949年)5月16日 昭和30年(1955年)3月31日 再任
昭和の合併以後

初代 - 狩野文朔

教育編集

一迫町立から栗原市立に名称変更

交通編集

鉄道編集

町内に鉄道路線は無い。最寄り駅は東北新幹線くりこま高原駅(車で約20分)。 または、陸羽東線池月駅 (車で約25分)*どちらも一迫総合支所から。

道路編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

祭り・イベント編集

出身有名人編集

関連項目編集