三井 高尚(みつい たかひさ、1855年7月23日安政2年6月10日) - 1914年大正3年)12月8日)は、日本実業家三井物産社主、東神倉庫社長、三井銀行監査役などを務めた。別名・武之助。三井五丁目家初代当主。

人物・経歴編集

三井高福の九男。1876年三井物産が創立されると、同社社主に就任[1]。1877年には深川亮蔵渋沢栄一三井高明益田孝三野村利助小室信夫木村正幹小松彰福地源一郎渋沢喜作とともに東京株式取引所の設立にあたった[2][3]。1898年三井銀行監査役[4]。1914年東神倉庫社長[5]三井鉱山監査役等も務めた[6]

三井高朗三井高弘は兄。妻は吉田清成の娘[6]。家督は三男の三井高昶 (1911年生)が継いだ[7]多く、長男の高貞(1898年生)は見受けした新橋芸者の才三(水谷ぬい)との子で、京都の中川元藏(三井八郎右衛門五男三井高保の子)の養子となった[8][7]。長女の美尾子(1900年生)も庶子で、三井高光(三井高信の子)の妻となった[7]

脚注編集

  1. ^ 三井物産(株)『挑戦と創造 : 三井物産一〇〇年のあゆみ』(1976.07)渋沢社史データベース
  2. ^ 東京証券取引所『東京証券取引所20年史』(1974.04)渋沢社史データベース
  3. ^ 東証Arrows見学日本取引所グループ
  4. ^ 「(株)三井銀行『三井銀行五十年史』(1926.09)」渋沢社史データベース
  5. ^ 三井倉庫(株)『三井倉庫五十年史』(1961.03)渋沢社史データベース
  6. ^ a b 「三井武之助 (男性)」人事興信録データベース(名古屋大学)
  7. ^ a b c 三井高昶『人事興信録』第8版 [昭和3(1928)年7月]
  8. ^ 『弊風一班 蓄妾の実例』黒岩涙香、現代教養文庫、社会思想社、1992年、p54
先代:
三井高堅
東神倉庫社長
1914年
次代:
三井高明