三学(さんがく, : tisikkhā)とは、釈迦によって示された、仏道を修行する者がかならず修めるべき3つの基本的な修行項目をいう[1]三勝学(さんしょうがく)とも。具体的には、戒学・定学・慧学の3つを指す[1][2]。この戒 ・定 ・慧は、修習の順番が重要である[2]

  1. 戒学(かいがく) - によって身口意(しんくい)の三業(さんごう)が清らかになり、禅定に入りやすくなる[2]
  2. 定学(じょうがく)- 禅定を修めることで、慧が得られる[2]
  3. 慧学(えがく) - 智慧(パンニャー)を修めることで煩悩が排され、解脱智見が得られる[2]
仏教用語
三学
パーリ語 tisikkhā
サンスクリット語 त्रिशिक्षा (triśikṣā)
チベット語 ལྷག་པའི་བསླབ་པ་གསུམ།
(Wylie: lhag-pa’i bslab-pa gsum)
中国語 三学
(拼音sān xué)
日本語 三学
(ローマ字: sangaku)
朝鮮語 삼학
(RR: samhak)
英語 threefold training, three trainings, three disciplines
タイ語 ไตรสิกขา
ベトナム語 tam học
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三学に解脱(vimutti)、解脱智見(vimutti-ñāṇa-dassana)を加えたものを五分法身と呼ぶ[3]

最古の修行法 編集

三学は、文献学的にさかのぼりうる最古の修行法で、釈迦の直説(じきせつ)の可能性がある。並川孝儀は最古層経典の修行法の内容がほぼ三学であることを指摘している(並川2023a[4],p.14)。

  • 最古層経典:修行法はほぼ「戒」や「定」や「慧」など後世の三学に該当する内容で占められる。
  • 古層経典:新たな修行法もみられるようになる。その代表的な修行法が七種の修行法(三十七道品)である。中でも「五根」が最も早くみられ、続いて「八正道(八聖道)」が「四諦(四聖諦)」と一体で説かれる。
  • 新層経典:新たに「四念処」「四正勤」「四神足」「五力」「七覚支」という修行法が説かれる。

漢訳仏典・サンスクリット仏典 編集

釈迦が最晩年に生涯をふりかえり、スバッダに語ったでも、三学に相当する修行法が説かれている。

漢訳仏典『長阿含経』巻四(『大正大蔵経』1巻p.25中段)

我年二十九、出家求善道。
須跋我成仏、今已五十年。
戒定智慧行、独処而思惟。
今説法之要、此外無沙門。

私は29歳で、良き道を求めて出家した。
スバッダよ。私がブッダとなってすでに50年がたった。
私は戒定慧の行を実践し、ひとり、深く考えてきた。
いま説いた法のかなめが、求道者のありかたのすべてである。


上記の偈に対応するサンスクリット仏典
Avadānaśataka(AVŚ)

ekānnatriṃśatko vayasā subhadra
yat prāvrajaṃ kiṃkuśalaṃ gaveṣī
pañcāśad varṣāṇi samādhikāni
yasmād ahaṃ pravrajitaḥ subhadra(AVŚ_40.1)
śīlaṃ samādhiś caraṇaṃ ca vidyā
caikāgratā cetaso bhāvitā me
āryasya dharmasya pradeśavaktā
ito bahir vai śramaṇo 'sti nānyaḥ (AVŚ_40.2)
- 引用元 エディンバラ大学ジャータカ物語のサイト」(英文)

パーリ仏典 編集

Tīṇimāni bhikkhave samaṇassa samaṇakaraṇīyāni. Katamāni tīṇi:
adhisīlasikkhāsamādānaṃ, adhicittasikkhāsamādānaṃ, adhipaññāsikkhāsamādānaṃ,
imāni kho bhikkhave tīṇi samaṇassa samaṇakaraṇīyāni.

比丘たちよ、これら三つの、沙門のための沙門がすべき事がある。いかなる三か。
増上学の受戒、増上学の受戒、増上学の受戒である。
比丘たちよ、これら三つが、沙門のための沙門がすべき事である。

Tisso imā bhikkhave sikkhā. Katamā tisso? Adhisīlasikkhā adhicittasikkhā adhipaññāsikkhā.

比丘たちよ、これら三つの学(sikkhā)がある。いかなる三か。
増上戒学、増上心学、増上慧学である。

それぞれを修めたならば、激しい欲(chando)は起こらず、三毒(rāgo, doso, moho)は消えてしまうと釈迦は説く[5]。三学を修習しない者は、真の比丘ではないと釈迦は説いている[1]。また釈迦は、農夫らが予め田畑を耕してから種を捲くように、比丘たちはまず三学を修習するよう説いている[5]

八正道との関係 編集

三学と八正道は、以下のように隣接関係にある[6]

分類 要素
[7] (梵: śīla, 巴: sīla) 3. 正語
4. 正業
5. 正命
[7] (サマーディ, 梵/巴: samādhi) 6. 正精進
7. 正念
8. 正定
般若 (パンニャー, 梵: prajñā, 巴: paññā) 1. 正見
2. 正思惟

象跡喩小経においては、三学に沿った16段階の修行道が説かれている[2]

脚注 編集

  1. ^ a b c 崔 鍾男「戒・定・慧 三学の修行方法」『印度學佛教學研究』第54巻第1号、2005年、436-432頁、NAID 110004026844 
  2. ^ a b c d e f ターナヴットー ビック「ニカーヤにおける八聖道と三学系統の修行道」『インド哲学仏教学研究』第4巻、1996年、3-15頁、NAID 120006908941 
  3. ^ 雑阿含経 638
  4. ^ 並川孝儀「初期韻文経典にみる修行に関する説示 : 三十七道品と三界」(小野田俊蔵教授 本庄良文教授古稀記念号)佛教大学仏教学会紀要 28 1-21, 2023-03-25
  5. ^ a b パーリ仏典, 増支部三集沙門品, Sri Lanka Tripitaka Project
  6. ^ Prebish, Charles (2000), “From Monastic Ethics to Modern Society”, in Keown, Damien, Contemporary Buddhist Ethics, Routledge Curzon 
  7. ^ a b Harvey 2013, p. 83-84.

参考文献 編集

  • Harvey, Peter (2013), An Introduction to Buddhism, Cambridge University Press 

関連項目 編集