三島由紀夫賞
三島由紀夫賞(みしまゆきおしょう)は、作家・三島由紀夫の業績を記念し新潮社の新潮文芸振興会が主催する文学賞[1]。略称は「三島賞」。新潮社は新潮社文学賞(1954-1967年)、日本文学大賞(1969-1987年)を主催してきたが、それに代わるものとして、三島没後17年の1987年(昭和62年)9月1日に創設され[1]、翌1988年(昭和63年)に選考・授与が開始された[2]。
三島由紀夫は新潮社と付き合いが深く、『愛の渇き』『潮騒』をはじめ、書き下ろしの小説を何冊も出し、晩年は『豊饒の海』四部作を雑誌『新潮』に連載した。没後は新潮社から全集が出され、小説と戯曲の多くが新潮文庫に収録された。新潮社が芥川賞・直木賞と同種のカテゴリーを要求しつつ新しい才能を求めるべく打ち出したのが、三島由紀夫賞と山本周五郎賞である。
選考 編集
対象は小説、評論、詩歌、戯曲の「文学の前途を拓く新鋭の作品一篇に授与する」としている[1][3]。2013年(平成25年)時点では、候補作・受賞作のほとんどは小説作品である。
選考会は5月中旬頃(前年の4月1日から選考年の3月31日までの発表作品が選考対象)。受賞作家には、記念品および副賞100万円が授与される。選考委員は任期制で4年ごとに入れ替わることになっているが、再任が可能である。このため、宮本輝は20年の長期にわたり選考することになり、同一人物が長期間審査する批判を免れることはなかった。
純文学以外のジャンル出身作家からの受賞がある(舞城王太郎、古川日出男、岡田利規など)。中堅作家やベテランが受賞することがある(矢作俊彦、蓮實重彦など)。落選した多和田葉子はクライスト賞ほか海外の文学賞を次々と受賞しており、また、受賞者の蓮實重彦がいしいしんじを推すなど賞の選考に波乱がある[4]。
受賞作 編集
第1期 編集
第1回(1988年)
- 受賞作:高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』
- 候補作:井口時男『物語論/破局論』、朝吹亮二『OPUS』、松浦理英子『ナチュラル・ウーマン』、小林恭二『ゼウスガーデン衰亡史』、中沢新一『虹の理論』、佐伯一麦『雛の棲家』、岩森道子『雪迎え』、高瀬千図『嵐の家』、島田雅彦『未確認尾行物体』、山田詠美『風葬の教室』、吉本ばなな『キッチン』(海燕新人文学賞、芸術選奨新人賞受賞)
- 解説:最終候補に全12作が残る大混戦で花々しく幕が開け、票はばらけた。大江と江藤が高橋に入れる。高橋は賞金の100万円を全額日本ダービーにつぎ込み、一瞬にして使い果たす。
第2回(1989年)
- 受賞作:大岡玲『黄昏のストーム・シーディング』
- 候補作:富岡幸一郎『内村鑑三 偉大なる罪人の生涯』、いとうせいこう『ノーライフキング』、中村和恵「内陸へ」(『新潮』昭和63年/1988年12月号)、長野まゆみ『少年アリス』、島弘之『感想というジャンル』、佐藤泰志『そこのみて光り輝く』
第3回(1990年)
- 受賞作:久間十義『世紀末鯨鯢記』
- 候補作:荻野アンナ「ドアを閉めるな」(『遊機体』に所収)、島田雅彦『夢使い レンタルチャイルドの新二都物語』、鷺沢萠『果実の船を川に流して』、奥泉光『滝』、比留間久夫『YES・YES・YES』(文藝賞受賞作)
第4回(1991年)
- 受賞作:佐伯一麦『ア・ルース・ボーイ』
- 候補作:松村栄子『僕はかぐや姫』、矢作俊彦『スズキさんの休息と遍歴』、いとうせいこう『ワールズ・エンド・ガーデン』、芦原すなお『青春デンデケデケデケ』(文藝賞受賞作)、奥泉光『葦と百合』
- 解説:同年7月、芦原は『青春デンデケデケデケ』で直木賞を受賞した。
第2期 編集
選考委員:石原慎太郎、江藤淳、高橋源一郎、筒井康隆、宮本輝(中上健次は1992年死去)
第5回(1992年)
- 受賞作:なし
- 候補作:伊井直行『雷山からの下山』、小林恭二『瓶の中の旅愁』、魚住陽子『公園』、野中柊『アンダーソン家のヨメ』、盛田隆二『サウダージ』、鷺沢萠『ほんとうの夏』、多和田葉子『三人関係』
- 解説:唯一の受賞なし。ただし、ノミネートされた作家が他の国内文学賞や国際文学賞を受賞したことにより、取りこぼしが批判された。
第6回(1993年)
- 受賞作:車谷長吉『鹽壺の匙』、福田和也『日本の家郷』
- 候補作:伊藤比呂美『家族アート』、奥泉光『ノヴァーリスの引用』(野間文芸新人賞受賞)、楡井亜木子『チューリップの誕生日』、保坂和志『草の上の朝食』
第7回(1994年)
- 受賞作:笙野頼子『二百回忌』
- 候補作:伊達一行『妖言集』、松浦理英子『親指Pの修業時代』(女流文学賞受賞)、別唐晶司『メタリック』、島弘之『小林秀雄 悪を許す神を赦せるか』、柳美里『Green Bench』
第8回(1995年)
- 受賞作:山本昌代『緑色の濁ったお茶あるいは幸福の散歩道』
- 候補作:飯嶋和一『雷電本紀』、保坂和志『猫に時間の流れる』、阿部和重『アメリカの夜』(群像新人文学賞受賞作)、三浦俊彦『蜜林レース』、山城むつみ『文学のプログラム』
第3期 編集
選考委員:青野聰、石原慎太郎、江藤淳(第10回は欠席。第10回まで)、筒井康隆、宮本輝
第9回(1996年)
- 受賞作:松浦寿輝『折口信夫論』
- 候補作:石黒達昌『94627』、水村美苗『私小説 from left to right』(野間文芸新人賞受賞)、角田光代『学校の青空』、辻仁成『アンチノイズ』、野中柊『ダリア』
第10回(1997年)
- 受賞作:樋口覚『三絃の誘惑 近代日本精神史覚え書』
- 候補作:茂田真理子『タルホ/未来派』、阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』、赤坂真理『蝶の皮膚の下』、町田康『くっすん大黒』(ドゥマゴ文学賞、野間文芸新人賞受賞)
- 解説:茂田は江藤の弟子であり修士論文だったため江藤は欠席した。
第11回(1998年)
- 受賞作:小林恭二『カブキの日』(『群像』1998年4月号)
- 候補作:飯嶋和一『神無き月十番目の夜』、見沢知廉『調律の帝国』、角田光代『草の巣』、町田康『夫婦茶碗』、リービ英雄『国民のうた』
- 解説:珍しく、全会一致で受賞が決定。
第12回(1999年)
- 受賞作:鈴木清剛『ロックンロールミシン』(河出書房新社)、堀江敏幸『おぱらばん』(青土社)
- 候補作:東浩紀『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』(サントリー学芸賞受賞)、大塚銀悦「久遠」(『濁世』に所収)、辻征夫『ぼくたちの(俎板のような)拳銃』、赤坂真理『ヴァニーユ』
第4期 編集
選考委員:島田雅彦、高樹のぶ子、筒井康隆、福田和也、宮本輝
第13回(2000年)
- 受賞作:星野智幸『目覚めよと人魚は歌う』(『新潮』2000年4月号)
- 候補作:角田光代『東京ゲスト・ハウス』、デビット・ゾペティ『アレグリア』、伊井直行『服部さんの幸福な日』、宮沢章夫『サーチエンジン・システムクラッシュ』
第14回(2001年)
- 受賞作:青山真治『ユリイカ EUREKA』(角川書店)、中原昌也『あらゆる場所に花束が……』(『新潮』2001年4月号)
- 候補作:大鋸一正『緑ノ鳥』、佐川光晴『生活の設計』(新潮新人賞受賞作)、黒川創『もどろき』、堂垣園江『ベラクルス』(『群像』2001年2月号)
- 解説:高樹のぶ子が中原昌也へ×を付けたが、他の選考委員の〇により多数決で受賞が決定。
第15回(2002年)
- 受賞作:小野正嗣『にぎやかな湾に背負われた船』(朝日新聞社、『小説トリッパー』2001年秋号)
- 候補作:横田創『裸のカフェ』(『群像』2001年8月号)、舞城王太郎『熊の場所』(『群像』2001年9月号)、阿部和重『ニッポニアニッポン』、平出隆『猫の客』、綿矢りさ『インストール』(河出書房新社 文藝賞受賞作)
- 解説:受賞作には福田和也一人だけが×を付けたが、他の選考委員の〇により受賞が決定。福田は「この作品にだけは受賞はないと思っていたが、受賞した以上今後の活躍に期待する」と述べた。
第16回(2003年)
- 受賞作:舞城王太郎『阿修羅ガール』(新潮社)
- 候補作:嶽本野ばら『エミリー』、有吉玉青『キャベツの新生活』、黒田晶『世界がはじまる朝』、佐藤智加『壊れるほど近くにある心臓』、野中柊『ジャンピング・ベイビー』(『新潮』2003年4月号)
第5期 編集
選考委員:第4期と同じ
第17回(2004年)
- 受賞作:矢作俊彦『ららら科學の子』(文藝春秋、『文學界』連載)
- 候補作:いしいしんじ『プラネタリウムのふたご』、安達千夏『おはなしの日』(『すばる』2003年12月号)、嶽本野ばら『ロリヰタ。』、鹿島田真希『白バラ四姉妹殺人事件』(『新潮』2004年3月号)
- 解説:「レベルが違う」「近代日本文学の傑作」と賞賛され、矢作が満場一致で受賞。「新人賞である筈の三島賞に、なぜベテランの矢作が候補に挙がるのか」との疑問も出た。受賞の記者会見で矢作は「文学に新人やベテランとの区分は、特に重要ではない」と答える[6]。
第18回(2005年)
- 受賞作:鹿島田真希『六〇〇〇度の愛』(新潮社、『新潮』2005年2月号)
- 候補作:中村文則『悪意の手記』(『新潮』2004年5月号)、青木淳悟『クレーターのほとりで』(『新潮』2004年10月号)、本谷有希子『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(講談社、『群像』2004年12月号)、三崎亜記 『となり町戦争』(集英社、小説すばる新人賞受賞作)、黒川創『明るい夜』(『文學界』2005年4月号[7])
第19回(2006年)
- 受賞作:古川日出男『LOVE』(祥伝社)
- 候補作:いしいしんじ 『ポーの話』、西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』、宮崎誉子『少女@ロボット』、前田司郎『恋愛の解体と北区の滅亡』(『群像』2006年3月号)
- 解説:筒井は「見せかけの新しさ」と古川を批判し、「もっとも面白く読めた」といしいを推した。福田は「退屈の一言」といしいを最も低く評価、「頭一つ抜けている」と前田を推した。その前田には福田以外、全員が×をつけた。票が割れ、最後に福田、島田、宮本が古川を推し受賞。前田は戯曲の世界で華麗なデビューを飾ったことで、取りこぼしが選考委員や取材者からも批判された[8]。
第20回(2007年)
- 受賞作:佐藤友哉『1000の小説とバックベアード』(新潮社)
- 候補作:西川美和 『ゆれる』(自作脚本を小説化したもの)、本谷有希子『生きてるだけで、愛。』、柴崎友香『また会う日まで』、いしいしんじ『みずうみ』
第6期 編集
第21回(2008年)
- 受賞作:田中慎弥『切れた鎖』(新潮社)
- 候補作:本谷有希子『遭難、』、藤谷治『いつか棺桶はやってくる』、日和聡子『おのごろじま』、前田司郎『誰かが手を、握っているような気がしてならない』、黒川創『かもめの日』(読売文学賞受賞[10])
第22回(2009年)
- 受賞作:前田司郎『夏の水の半魚人』(扶桑社)
- 候補作:村田沙耶香『ギンイロノウタ』(野間文芸新人賞受賞)、天埜裕文『灰色猫のフィルム』、いしいしんじ『四とそれ以上の国』、青木淳悟『このあいだ東京でね』
第23回(2010年)
- 受賞作:東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)
- 候補作:長島有里枝『背中の記憶』(講談社エッセイ賞受賞)、円城塔『烏有此譚』(野間文芸新人賞受賞)、山崎ナオコーラ『この世は二人組ではできあがらない』、村田沙耶香『星が吸う水』
- 解説:エッセイが候補になった。
第24回(2011年)
- 受賞作:今村夏子『こちらあみ子』(筑摩書房)
- 候補作:伊佐山ひろ子『海と川の匂い』、中森明夫『アナーキー・イン・ザ・JP』、大澤信亮『神的批評』、柴崎友香『ビリジアン』、本谷有希子『ぬるい毒』(野間文芸新人賞受賞)
第7期 編集
選考委員:川上弘美、高村薫、辻原登、平野啓一郎、町田康
第25回(2012年)
第26回(2013年)
- 受賞作:村田沙耶香『しろいろの街の、その骨の体温の』(朝日新聞出版)
- 候補作:松田青子『スタッキング可能』、黒川創『暗殺者たち』、いとうせいこう『想像ラジオ』(野間文芸新人賞受賞)、小山田浩子『工場』(織田作之助賞受賞)
第27回(2014年)
第28回(2015年)
- 受賞作:上田岳弘『私の恋人』(「新潮」4月号)
- 候補作:岡田利規『現在地』、高橋弘希『指の骨』、滝口悠生『愛と人生』(野間文芸新人賞受賞)、又吉直樹『火花』(芥川龍之介賞受賞)
- 解説:受賞を逃した『火花』が芥川賞を、『愛と人生』が野間文芸新人賞を受賞する。劇作家である岡田利規以外の作家4人全員が後に芥川賞を受賞している。
第8期 編集
選考委員:第7期と同じ
第29回(2016年)
第30回(2017年)
第31回(2018年)
- 受賞作:古谷田奈月『無限の玄』(「早稲田文学」増刊女性号、2017年9月)
- 候補作:服部文祥『息子と狩猟に』、古川真人『四時過ぎの船』、高橋弘希『日曜日の人々(サンデー・ピープル)』、飴屋法水『彼の娘』
第32回(2019年)
- 受賞作:三国美千子『いかれころ』(「新潮」2018年11月号、第50回新潮新人賞受賞作)
- 候補作:倉数茂『名もなき王国』、岸政彦『図書室』、金子薫『壺中に天あり獣あり』、宮下遼「青痣」(『群像』平成31年/2019年3月号)
第9期 編集
選考委員:川上未映子、高橋源一郎、多和田葉子、中村文則、松家仁之
第33回(2020年)
- 受賞作:宇佐見りん(最年少受賞)『かか』(「文藝」2019年冬季号、第56回文藝賞受賞作)
- 候補作:河﨑秋子『土に贖う』(第39回新田次郎文学賞受賞作)、千葉雅也『デッドライン』(第41回野間文芸新人賞受賞作)、崔実『pray human』、高山羽根子『首里の馬』(第163回芥川龍之介賞受賞)
第34回(2021年)
- 受賞作:乗代雄介『旅する練習』(第37回坪田譲治文学賞受賞)
- 候補作:藤原無雨『水と礫』、岸政彦『リリアン』(第38回織田作之助賞受賞)、李琴峰『彼岸花が咲く島』(第165回芥川龍之介賞受賞)、佐藤厚志『象の皮膚』
第35回(2022年)
- 受賞作:岡田利規『ブロッコリー・レボリューション』
- 候補作:金子薫『道化むさぼる揚羽の夢の』、川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(第73回読売文学賞受賞)、九段理江『Schoolgirl』(第73回芸術選奨新人賞受賞)、永井みみ『ミシンと金魚』(第45回すばる文学賞受賞作)
第36回(2023年)
脚注 編集
- ^ a b c 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)
- ^ 三島由紀夫賞・過去の受賞作品
- ^ 三島由紀夫賞規定
- ^ “蓮實重彦さん、報道陣に「馬鹿な質問はやめていただけますか」 三島由紀夫賞を受賞”. ハフポスト (ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパン株式会社). (2016年5月17日) 2019年4月20日閲覧。
- ^ “――ええかげんにせえや。宮本輝サンはそういって、×をつけた。”. uraaozora.jpn.org. uraaozora.jpn.org. 2023年6月14日閲覧。
- ^ “第17回三島賞受賞作”. uraaozora.jpn.org. uraaozora.jpn.org. 2021年4月1日閲覧。
- ^ “第18回三島賞受賞作”. uraaozora.jpn.org. uraaozora.jpn.org. 2021年4月1日閲覧。
- ^ “第19回三島賞受賞作”. uraaozora.jpn.org. uraaozora.jpn.org. 2021年4月1日閲覧。
- ^ “第20回三島賞受賞作”. uraaozora.jpn.org. uraaozora.jpn.org. 2021年4月1日閲覧。
- ^ “第21回三島賞受賞作”. uraaozora.jpn.org. uraaozora.jpn.org. 2021年4月1日閲覧。
- ^ “三島由紀夫賞に80歳の蓮實重彦さんの「伯爵夫人」”. NHKニュース. (2016年5月16日). オリジナルの2016年5月16日時点におけるアーカイブ。 2019年4月20日閲覧。
- ^ “三島賞に蓮実重彦さん、山本賞に湊かなえさん”. 産経ニュース (産経デジタル). (2016年5月16日) 2019年4月20日閲覧。
参考文献 編集
- 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)
関連項目 編集
外部リンク 編集
- 三島由紀夫賞 - 新潮社