三浦 氏満(みうら うじみつ、天文17年(1548年)―寛永7年(1630年))は戦国時代の武士。三浦氏員の子で、母は伊勢宗瑞(北条早雲)の娘・長松院とされている。

駿河三浦氏は代々今川氏に仕え、氏満も今川氏真に仕えた。永禄10年(1568年)頃から行われる今川氏と上杉謙信の交渉において朝比奈泰朝と共に取次を務めるなど、今川氏没落まで朝比奈氏と共に同氏の筆頭家老であったと推定されている。今川氏の滅亡後は、武田氏徳川氏に仕え、天正13年(1585年)頃までには出家した。寛永7年(1630年)に83歳で死去した(『寛永伝』)。

参考文献編集

  • 丸島和洋「今川氏家臣団論」黒田基樹 編『シリーズ・戦国大名の新研究 第1巻 今川義元』(戎光祥出版、2019年6月) ISBN 978-4-86403-322-0 P135-136.