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三留理男(みとめ ただお、1938年12月1日[1] - )は日本報道写真家国連から恒久IDカードを発行された世界でも数少ないジャーナリストの一人。

みとめ ただお
三留理男
生誕 (1938-12-01) 1938年12月1日(81歳)
朝鮮北部・沙里院(現・北朝鮮黄海北道沙里院市)
国籍 日本の旗 日本
職業 報道写真家

来歴・人物編集

1938年、日本統治下朝鮮北部・沙里院(現在は北朝鮮黄海北道沙里院市)に生まれる[2]。1948年に長崎県佐世保市引き揚げる。山口県立萩高等学校在学中に、元朝日新聞カメラマンであった角川政治に師事、写真を学ぶ。

1958年に日本大学藝術学部写真学科に入学。在学中の1961年には写真集「Document 小児マヒの記録」(法政大学出版局)を出版した。同年には初の個展「どんづまり―筑豊の女たち」を開催し、各方面より高い評価を得る[2]

その後、日本大学藝術学部写真学科を中退。1960年代半ばより報道写真家としてアフリカギニアの部族を取材する。また、パレスチナインドシナ三国の国際紛争を取材する。

三里塚闘争成田空港問題)の活動にも参加しており、1968年3月31日に成田市街地で機動隊とデモ隊が激しく衝突した第3次成田デモ事件などを取材している[3]三里塚芝山連合空港反対同盟(反対同盟)も制作に参加した映画『襤褸の旗』では制作にも携わった[4]。2017年現在でも反対同盟の北原派[5]主催の映画上映会で話をすることがある。アジア・アフリカを中心に70カ国以上を取材しているが[2]成田空港の使用は避けている[6]

1981年に『アコロ「食うものをくれ!!」』(集英社)を出版。ケニアの西北部、トルカナ地方で飢餓に苦しむ人々の姿をルポルタージュした写真は人々に大きな衝撃を与えた。同年、毎日新聞で発表した「ケニア飢餓前線」は東アフリカ救済キャンペーンの契機となった。

『国境を越えた子供たち』(集英社)をはじめとする一連の作品で、世界の様々な国境線上の状況を、強い問題意識と共感を持って取材した作品は反響を呼んだ。この功績が認められ、1982年に第一回土門拳賞を受賞した[6]

1988年、長年のアジア・アフリカでの取材活動に対し、第4回アジア・アフリカ賞受賞を受賞[6]

1997年、『辺境の民—アジアの近代化と少数民族』で第9回アジア・太平洋賞特別賞受賞[6]

略歴編集

受賞歴編集

作品リスト編集

  • 『Document 小児マヒの記録』(法政大学出版局)
  • 『アコロ「食うものをくれ!!」』(集英社)
  • 『辺境の民—アジアの近代化と少数民族』(弘文堂)
  • 『飢餓』(光文社)
  • 『サラーム』(毎日新聞社)
  • 『チュイポン』(小学館)
  • 『望郷』(東京書籍)
  • 『満州棄民』(東京書籍)
  • 『カンボジア0からの出発 サバイ! サバイ!』(集英社)
  • 『地雷』(草の根出版会
  • 『国境を越えた子供たち』(集英社)
  • 『悲しきアンコール・ワット』(集英社)
  • 『望郷-皇軍兵士いまだ帰還せず』(ミリオン出版)
  • 『辺境の民—アジアの近代化と少数民族』(弘文堂)
  • 『シャッター切ってアジアを食す』(講談社)
  • 『地雷:1億1000万個の悪魔 アジアを歩く』
  • 『ジミーとジョージ—海を越えた国際児たち』
  • 『チュイ・ポン—助けて!』
  • 『記録抗日戦—生きている証人 三留理男・中国からの報告』
  • 『サラーム—平和を!』
  • 『見る。書く。写す。—天下縦横無尽』
  • 『華僑—海水の至る所に華僑あり』
  • 『麻薬(ヘロイン)』
  • 『カンボジア 希望の川 子供たちの詩』
  • 『国語事件殺人辞典』
  • 『大木よね—三里塚の婆の記憶』
  • 『三里塚-成田闘争の記憶』
  • 『Document中国—三留理男・写真報告』
  • 『カメラはなにを見たか—国をおわれた子どもたち』
  • 『パレスチナ』
  • 『愛は地球を救う—Africa 24時間テレビ・チャリティ写真集』 他

出典・脚注編集

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  1. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.492
  2. ^ a b c 三留理男(みとめ ただお)とは”. コトバンク. 2019年2月11日閲覧。
  3. ^ 三留理男さんに聞く 50年前の激突を撮る”. 週刊『三里塚』. 革命的共産主義者同盟全国委員会 (2018年4月9日). 2019年2月13日閲覧。
  4. ^ レンズが見た鉱毒事件の地”. 読売オンライン (2013年12月27日). 2017年10月15日閲覧。
  5. ^ 反対同盟は「北原派」「旧熱田派」「小川派」などに分裂している。
  6. ^ a b c d e 三留理男 (2008). 三里塚-成田闘争の記憶. 新泉社. p. 127.