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三谷 博(みたに ひろし、1950年1月1日 - )は、日本の歴史学者東京大学名誉教授跡見学園女子大学教授。専門は日本近代史。博士文学、東京大学、1997年)。

三谷 博
(みたに ひろし)
人物情報
生誕 (1950-01-01) 1950年1月1日
広島県福山市[1]
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程修了
学問
研究分野 日本近世・近代史
研究機関 学習院女子短期大学
東京大学
跡見学園女子大学
主な業績 [明治維新および東アジア近代史の研究]
影響を
受けた人物
伊藤隆
佐藤誠三郎
主な受賞歴 サントリー学芸賞(1997年)[1]
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目次

略歴編集

広島県福山市生まれ。1972年東京大学文学部国史学科卒業。1978年同大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程単位取得退学、東京大学文学部助手1979年学習院女子短期大学専任講師1982年助教授1988年東京大学教養学部助教授、1995年教授。1996年総合文化研究科地域文化研究専攻教授(アジア・環太平洋地域文化大講座アジア太平洋文化交流論専攻)。2015年定年退職、名誉教授、跡見学園女子大学教授。

人物編集

共産党から離脱した反共産主義保守派の論客の伊藤隆佐藤誠三郎に師事する[2]。このことから「岩波書店東京大学出版会などの講座ものに執筆を依頼されることは、ついぞなかった」としている[2]

主張編集

文革について「20世紀中国人が中国人を殺した数も決して少なくはなかった」「現代の中国では日本人による加害だけが語られ、同国人の間に生じた悲劇は語られない。なぜだろうか。いま文革を経験した中国人が当時について公然と語り始めたら、中国社会の秩序は維持できないに違いない。当時、誰が何をしたか、全員が記憶している。当時の子供を含め、誰もが加害者であり、同時に被害者でもあった。したがって、中国社会の秩序を維持するには、その内部に住む人は全員が沈黙を守らざるを得ない」「日本人による外国人殺害について敢えて厳正な研究を行い、国籍を超えた人道という価値観を基準に批判を行ったところで、それは外国人が暴露を望まぬ事実の究明を正当化しない。日本人は先祖による加害責任をある程度は継承せざるを得ないゆえ、自ら慎しむことが必要となる」と主張している[3]

楊海英は、このような主張は古い単純な文革史観であると批判し、文革は単純な中国人が中国人を殺したという類のものではなく、文革を通して支持基盤の共産党を破壊し、社会全体、国民一人一人の思考を作り替えようとした毛沢東が起こしたイデオロギー闘争であること、スターリンの死後、共産主義のリーダーになることを妄想した毛沢東が世界に革命を輸出しようしたこと、その毛沢東が妄想する世界革命の凄惨な結果、インドネシアでは100万人以上の華僑華人が虐殺されたこと、中国では、文革の研究も反省も禁止されており、文革に関する研究ができない中国の研究者はアメリカに避難しており、アメリカで南北戦争の研究ができず、アメリカ人が北京に避難して南北戦争の研究をするようなことはあり得ないこと、宗主国の中国からの独立の獲得を目指したウイグル人モンゴル人は、文革で全員殺害され、共産党は文革を利用して民族自決を粛正することに利用し、文革の犠牲者が最も多かったのは少数民族地域であり、文革は共産党が満州モンゴルチベット新疆などの辺境を植民地化する過程でおこなったジェノサイドであること、漢民族による抑圧がモンゴル人ジェノサイドの原因であり、モンゴル人と漢民族の和解が成立しないのは、究明が進まず、漢民族に問題を解決する真摯な態度が欠如し、責任を回避していること、チベットでは、文革は民族のルーツを根こそぎ掘り返し、伝統、文化、信仰、価値などを喪失させ、貧困に突き落とし、抵抗すれば残酷に鎮圧し、チベット人は物質的にも精神的にも追い詰められ、再叛乱を起こさざるを得なくなったこと、少数民族地域で何が起こったのかは総括されず、文革は少数民族地域では民族間紛争として発生したことから、過去のジェノサイドを総括しない限り、現在の民族問題の解決にもつながらないこと、新疆では同化政策・抑圧が強まるなど、文革に対する徹底的な否定と徹底的な反省がなければ再びジェノサイドが繰り返されないこと、1000万人に上る膨大な文革の被害者家族らは真相の解明を嫌がるどころか期待しているが、加害者である共産党が抑圧し、歴史的事実の掘り起こしと犠牲者への謝罪・補償は封じられたままであるとして、加々美光行ツェリン・オーセル宋永毅中国語版カリフォルニア大学ロサンゼルス校)、ペリー・リンク英語版プリンストン大学)、フェリックス・ウェンホワー(ケルン大学)、谷川真一神戸大学)、金野純学習院女子大学)、啓之(元北京電影学院)、馬場公彦(岩波書店社員)、福岡愛子(社会学者)、ハスチムガ(宇都宮大学)、ロデリック・マックファーカー英語版ハーバード大学)といった他の文革研究者からの批判もあると述べている[4]

著書編集

単著編集

  • 『明治維新とナショナリズム 幕末の外交と政治変動』山川出版社、1997年1月。ISBN 4-634-61180-5 - 巻末:参考文献。
    • 『明治維新とナショナリズム 幕末の外交と政治変動』山川出版社、2009年3月、並製版。ISBN 978-4-634-61181-8 - 文献・索引あり。
  • 『ペリー来航』日本歴史学会 編、吉川弘文館〈日本歴史叢書〉、2003年10月、新装版。ISBN 4-642-06661-6 - 文献あり。
  • 『明治維新を考える』有志舎、2006年8月。ISBN 4-903426-03-3
  • 『危機が生んだ挙国一致』NHK出版〈NHKさかのぼり日本史 5〉、2011年12月。ISBN 978-4-14-081489-5 - 年表あり。
  • 『愛国・革命・民主 日本史から世界を考える』筑摩書房〈筑摩選書 0072〉、2013年8月。ISBN 978-4-480-01577-8
  • 『維新史再考 公議・王政から集権・脱身分化へ』NHK出版NHKブックス 1248〉、2017年12月。ISBN 978-4-14-091248-5

共著編集

教科書編集

  • 鳥海靖渡邉昭夫 共著『現代の日本史-A-文部科学省検定済教科書』山川出版社〈現代の日本史〉、2006年、改訂版。ISBN 978-4-634-70250-9
    • 鳥海靖、渡邉昭夫 共著『現代の日本史A 81 山川 日A303 文部科学省検定済教科書 高等学校 地理歴史科用』山川出版社、2013年。ISBN 978-4-634-70007-9
  • 三谷博 ほか9名『新中学校 歴史 日本の歴史と世界 文部科学省検定済教科書』清水書院、2012年。ISBN 978-4-389-60019-8

編著編集

共編著編集

監修編集

  • 『明治維新の研究 封建時代から統一国家への道』三谷博 監修、ポプラ社〈調べ学習日本の歴史 7〉、2000年4月。ISBN 4-591-06382-8 - 索引あり。

翻訳編集

  • Mitani Hiroshi (2006-3), edited by Nihon Rekishi Gakkai, ed., Escape from impasse: the decision to open Japan, LTCB International Library selection no. 20, translated by David Noble, International House of Japan, ISBN 4-924971-19-7  - 原タイトル:Perii raiko三谷 (2003)の英語版。
    • Mitani Hiroshi (2008-8), Escape from impasse: the decision to open Japan, LTCB International Library selection no. 20, translated by David Noble (Rev and expanded ed. ed.), I-House Press, ISBN 978-4-903452-06-7  - 原タイトル:Perii raiko

脚注編集

参考文献編集

  • 「駒場」1991』東京大学「年報」編集委員会 編、東京大学教養学部、1992年3月。
  • 『「駒場」2001』東京大学「年報」編集委員会 編、東京大学教養学部、2002年3月。

外部リンク編集