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初代 三遊亭 圓生(さんゆうてい えんしょう、1768年明和5年) - 1838年4月15日天保9年3月21日)は、落語家。通名、橘屋 松五郎

初代 三遊亭さんゆうてい 圓生えんしょう
初代 .mw-parser-output ruby>rt,.mw-parser-output ruby>rtc{font-feature-settings:"ruby"1}.mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}三遊亭(さんゆうてい) .mw-parser-output ruby>rt,.mw-parser-output ruby>rtc{font-feature-settings:"ruby"1}.mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}圓生(えんしょう)
初代から4代目までの墓(全生庵
別名 橘屋松五郎
生年月日 1768年
没年月日 1838年4月15日
出身地 日本の旗 日本
師匠 東亭八子
初代三笑亭可楽
初代東亭鬼丸
初代烏亭焉馬
名跡 1. 東亭多子
2. 東生亭世楽
3. 山遊亭猿松
4. 立川焉笑
5. 初代三遊亭圓生
活動期間 ? - 1838年
所属 三遊派

多くの同業者から尊敬され浅草堂前に住んでいたために「堂前の師匠」「堂前のおじさん」などと呼ばれた。

来歴編集

江戸神田の生まれ、元は芝居の木戸芸者。最初は東亭八子門下で多子、のちに初代三笑亭可楽門下で東生亭世楽となったとされる。1797年4月に初代東亭鬼丸の門下で山遊亭猿松、初代烏亭焉馬(立川焉馬)の門下で立川焉笑を経て、三遊亭圓生と名乗った。

鳴り物入りの芝居の台詞回しや声色を得意とした。

門下には初代三升亭小勝2代目圓生初代古今亭志ん生花枝房圓馬初代山松亭圓喬、圓桂(のちの初代坂東政吉)、三遊亭圓遊(のちの初代金原亭馬生)、三遊亭圓盛(のちの初代司馬龍生)、初代三遊亭三生、初代三遊亭南生、傳生(のちの初代司馬龍斎)、2代目竹林亭虎生らがいた。

出典編集


関連項目編集