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画像提供依頼:顔写真の画像提供をお願いします。2014年9月

三遊亭小円・木村栄子(さんゆうてい こえん・きむら えいこ)は、昭和期に活躍した夫婦漫才のコンビ。

目次

メンバー編集

詳細はリンク先参照。大阪府出身。落語家出身で、晩年は落語も披露していた。
徳島県小松島市出身。7歳の時に徳島県から大阪に出て、水商売などの仕事を転々とする。新世界の小料理屋で仲居をしていた頃に妻子持ちだった小円に出会い、一目惚れする。小円の妻が死去したのち、小円と結婚。

コンビ略歴編集

1937年7月コンビ結成。同年に神戸の漫才専門の寄席千代廼座で初舞台。戦後は松竹芸能に専属し、長らく道頓堀角座をホームグラウンドにしていた。

栄子は小円の死後、5代目平和日佐丸(夜久秀二郎)と組む。1977年6月に5代目日佐丸とのコンビを解消し、漫談を経験したのち、1978年10月より島ひろしと組んだ。

弟子には木村透・好江(元 荒川ラジオ・テレビ)、木村リップ・チップ(後に廃業)らがいる。

芸風編集

しゃべくりの合間に小円が三味線を弾き、栄子が歌謡曲を歌ったり、新内義太夫縁かいな節を語ったりする。

栄子の美人とはいえない容姿を活かしたギャグがあった。

  • 「顔見んと着物見ておくんなはれ」と言って、体を一回転させる。
  • 歌っているときに、ふたりの目が合うと、小円が栄子に「あっちゃ(=あっち)向いて歌い」と言う。館内爆笑となり、栄子は苦笑しながら歌い続ける。

エピソード編集

  • 師匠を持たず、歌以外の芸を持たなかった栄子は、先輩芸人や興行主に「ギャラ泥棒」と呼ばれ、いじめられたという。
  • 若井はんじ・けんじとは家族のような付き合いがあった。小円が肺がんになった際は、すでにがんに侵されていたはんじが、苦しむそぶりを見せず毎日病院に通い看病したという。

受賞歴編集

音源・映像編集

参考文献編集

  • 現代上方演芸人名鑑(1980年、少年社)