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上市町立上市中央小学校

沿革編集

  • 1873年(明治6年): 興文小学校設立
  • 1895年(明治29年): 上市尋常高等小学校に改称
  • 1941年(昭和16年): 上市国民学校に改称
  • 1947年(昭和22年): 上市小学校に改称
  • 1958年(昭和33年): 音杉小学校と統合、上市中央小学校に改称
  • 1961年(昭和36年): 横法音寺地内へ移転

通学区域編集

東町、神明町、上中町、錦町、西中町、新町、熊野町、鍵町、南町、森元町、石浦町、旭町、松和町、幸町、柳町(一部)、西町、栄町、天神町、北島、湯上野、上法音寺、法音寺、横法音寺、大坪、稗田、正印、上正、上経田(音杉)、正印新、川原田、三日市、横越、神田、新村、和合、野福[2]

進学先編集

昭和天皇北陸巡幸編集

戦後巡幸の一環で、昭和天皇の上市町への巡幸が1947年11月1日に決定。上市小学校の校庭(現在のNTT上市交換場付近)が奉迎場となった。奉迎場の御野立場は、熊野町と神明町の山車(いずれも後に町の文化財に指定)を並べて板を渡した上に絨毯を敷いたものとなった。当日は、15,000人収容の校庭がいっぱいになった[3]

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 上市町立学校設置条例 別表第1
  2. ^ 上市町立小中学校の通学区域の設定に関する規則 別表
  3. ^ 上市町誌編集委員会編「上市町誌」p583 1970年

外部リンク編集