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上杉 義長(うえすぎ よしなが)は、江戸時代中期から後期にかけての高家旗本

 
上杉義長
時代 江戸時代中期 - 後期
生誕 安永2年(1773年
死没 不明
改名 義長→総山(号)
別名 喜次郎、通称:兵部
官位 従五位下侍従中務大輔
幕府 江戸幕府 高家旗本
主君 徳川家治家斉
氏族 上条上杉家
父母 父:上杉義寿
正室:久世広民
義達

略歴編集

安永2年(1773年)、上杉義寿の長男として誕生した。天明4年(1784年12月26日、父の死去により家督を相続する。寛政3年(1791年10月15日、10代将軍徳川家治に拝謁する。

文化6年(1809年4月24日、高家職に就き、従五位下・侍従、中務大輔に叙位・任官する。文化11年(1814年3月19日、辞職。文政7年(1824年11月27日、隠居、子の義達に家督を譲る。隠居後、総山と号する。