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上田 亮三郎(うえだ りょうざぶろう、1936年7月26日 - )は、愛媛県出身のサッカー指導者。現大阪商業大学サッカー部総監督。

来歴・人物編集

1936年、愛媛県に生まれる。父の影響で松山南高でサッカーを始め、愛媛大学から東京教育大学に編入した。2学年後輩に勝澤要、3学年後輩に今西和男坂田信久がいる。

1961年に、当時3部だった大阪商業大学サッカー部の監督となり、1965年には1部へ昇格させた。以降、同部を関西学生選手権優勝11回、同リーグ戦優勝18回、全日本大学選手権優勝4回、総理大臣杯優勝2回の強豪に育て上げた。

1969年、加茂周大橋謙三清水泰男中村義喜らとともに、千葉県で行われた第1回FIFAコーチング・スクールに参加(サッカーに関するすべての理論と実技の教官はデットマール・クラマー)。同スクールで助手を務めた長沼健岡野俊一郎平木隆三八重樫茂生とともに、世界初のFIFAコーチ・ライセンスを受けた。

2002年からは大商大サッカー部総監督に就任。全日本大学サッカー連盟副会長・関西学生サッカー連盟特任理事などを歴任し、現在も大学サッカー界の重鎮として活躍している。また、KBS京都テレビにてサッカー解説者もつとめている。

大阪商業大学サッカー部での教え子として、小嶺忠敏小林伸二西村昭宏松永英機加藤好男勝矢寿延本並健治高木琢也らがいる。